チートスキルで世界樹ガチャを引きまくれ!

山田 マイク

第1章 『はじまりの国の世界樹』

第1話 プロローグ 転生



 ◆


 気が付くと、俺は不思議な場所にいた。



 本当はこんな曖昧な言い方はしたくないんだけど、そうとしか言いようがない。

 なにしろ、ここは俺の価値観では測りしれず、とても表現しきれない空間なんだ。


 温かくもないし寒くもない。

 明るくもないし暗くもない。

 何の臭いもしないし、何の音もしない。


 そして奇妙なことに。

 なんというか――時間の感覚ってやつもなかった。

 何十年もここにいた気がするし、ついさっきたどり着いたような気もする。

 今すぐここを出てもいいし、永遠に居続けても構わない。


 そんな場所だ。


「……モロタ。……モロタよ」


 どれくらいそうしていただろう。

 ふと、声がした。


 うっとりするような美声だ。

 脳がとろけそうな、甘くて透き通るような声。


 ただ。

 声がしたところで、俺にはできることがない。

 正直、自分の体がある、という実感もないのだ。

 うまく言えないけど――今の俺には、意識だけがあるような感覚しかない。


 そして。 

 何もなかった場所に、ぼう、と光の玉が浮かんだ。

 やがてそれはぼんやりと、しかし確実に、人の形へと変化していった。


 天使だ、と思った。

 いや、天使なんてみたこと無いんだから、あくまで天使っぽい感じってだけなんだけど。

 けど、たしかに彼女は『神の使い』に見えたんだ。


 すごい美人。

 背中には、体よりも大きな羽が――6枚も生えている。


 

「お前は、モロタ・ユウスケ、だな」

 と、天使が喋った。


「……ええ、そうですけど」

 と、俺はどきどきしながら答えた。

 (あ、俺の名前は諸田雄介もろたゆうすけって言います)


 手に汗がにじんでいる。

 このとき、俺は初めて自分の肉体を意識した。


 ああ、体がある。

 体が――動く。


 天使は優雅に羽を羽ばたかせながら、柱と柱の間に舞い降りた。

「では、まずは我と手を合わせよ」

 そう言って、ほっそりとした、陶器のように白いしなやかな手を俺の方に突き出してくる。


 俺はごくりと喉を鳴らした。

 緊張する。

 いや、別に女の子と手を触れ合わせるのが緊張するとかじゃねーけど。

 そう思い(言い訳し)ながら、女神をちらりと見る。


 完璧なるシンメトリーの瞳。

 ツンと高く、すっと上品に伸びる鼻。

 細くて形の良い輪郭。


 美人過ぎて、直視できない。


 ……ごめん。

 やっぱ超緊張する。

 つか、俺って今までろくに女と手も繋いだことないし――。

 

「さあ……早く手を」


 天使がせかす。

 俺は覚悟を決め、汗ばむ掌をズボンでごしごし拭いて、もう一度つばを飲み込んでから、彼女に手を合わせた。

 すると――。

 ぼぼぅ、という聞いたこともないような音がして、見たこともない色の光が漏れた。



「はーい御苦労さま~」

 その儀式(?)が終わると、急に女神は砕けた口調になった。

 それから何やらA4サイズの紙を取り出して、

「それじゃ、ここにサインしてね。あ、ここにもお願い。そんで最後に、そこに拇印を押してね。あ、大丈夫大丈夫。朱肉はあるから。え? この長い文面はなんだって? まあ、色々書いてあるけど、別に読む必要ないから。ほら、スマホとかパソコンとかでなんかインストールする時に色々規約が書いてあるじゃん? んで、同意しろって言ってくるじゃん? それと一緒。だから読み飛ばしてオッケー。え? パソコンなんてつついたことない? 最近はタブレットだって? うるさいわね。私が年増だっていいたいの? ったく、これだから最近のガキは。いい? 私の時代はね、エロゲーだってフロッピーディスクでやってたんだから。ちょっと進むとすぐに入れ替えてたんだから――って、何言わすのよ。そんなことはどうでもいいの。ごちゃごちゃいわず、さっさと指示に従ってね」

 一息に喋って、天使はにこりと笑った。(一目で営業的と分かる、作り笑いだ)


 俺はとりあえず、指示通りにサインをして、拇印を押した。

「はーい、お疲れ様」

 天使はそういいながら、ティッシュで俺の指を拭いた。

「じゃ、早速『転生』はいりま~す」


「て、転生?」

 俺は思わず顎を突き出した。

「え? 聞いて無いの?」

「え、あ、はい、何も聞いてませんけど」

「なによそれー。ウリエルちゃん、まったサボってんのね」

 天使ははあ、と息を吐いた。

「あなたはね、『本来死ぬべき人じゃなかった人』なわけ」

「本来――死ぬべきじゃなかった?」

 どきりとした。

 そうじゃないかと思ってはいたが……やはり俺は死んでしまったのか。


「そ」

 と、天使。

「ま、一言で言えば、あなたは神様もびっくりするくらい『運がない人』ってわけ」

「運がないって――あの、俺、なんで死んだんです?」

「えーっと」

 天使は書類をパラパラめくりながら言った。

「たしか、そうそう、蟻んこくらいの大きさの隕石が脳を貫いたのね」

「い、隕石?」

「そ」

 天使は俺を指差し、にやりと口の端を上げた。

「いやー、君、すごい低い確率で死んでるよ。もう億とか兆とかそう言うレベルじゃないから。不運ってレベルじゃねーから。神様も大笑いしていたわ。こんな運の悪い奴いんのって」

 俺は眉をひくひくさせた。

 この天使、人の死をえらい軽く言ってくれる。


 だけど――と、俺は自嘲気味に笑った。

 たしかに、俺の人生は本当に不運だった。

 じゃんけんをしたら絶対に負けたし、嫌いな奴とばっかり隣の席になったし、セ○ンイレブンの700円くじは絶対応募券だったし、ソシャゲでもレアなもんは一回も引けなかったし。

 好きになる女の子には絶対彼氏がいた。

 しかも、その彼氏はいつも俺よりイケメン。


 そして挙句の果てには。

 隕石なんつー、とんでもない不運を引いてしまったわけか。

 あはは。

 自分でも……笑えてくる。

 

「ま、そう肩を落とさなくてもいいわよ」

 と、天使が俺の肩にぽん、と手を置いた。

「あのまま生きてても、あれだけ不運だとどうせろくなもんじゃなかっただろうし」

「く、口悪いっすね。天使のくせに」

 皮肉っぽく言ったつもりだった。

 が、天使は俺を無視して「それにさあ」と言った。

「こうして、転生のチャンスをもらえたんだからさ。普通はもらえないのよー?」

「そうっすか……そうっすよね」

 俺は顔を上げた。


 そうだ。前の人生はもう終わってしまったんだ。

 前を向くしかない。


「で、俺、何に転生するんです?」

「それは、これからルーレットで決めます」

「る、ルーレットぉ?」

 俺は素っ頓狂な声を出した。

「そ、そんなんで決めるんすか?」

「そんなんとはなによ」

 女神はむ、と口をとがらせた。

「これは神がつくった神様ルーレット(そのまんまでゴメンね!)なの。一切の不正なし。完全確率。まさに神のみぞ知る絶対的な装置なんだから」


「そ、そうすか」

 俺は後頭部を掻いた。

 要するに、そいつは偶然に頼ったただのルーレットじゃないんだろうか。

 それはすごいのかすごくないのか。


「なに難しい顔してるのよ。さっそくいくわよー」

 そういうと、天使は細い指をからめて祈りをささげた。

 すると、いきなりルーレットが現れた。

 

 カジノにあるような、玉をポケットにいれるオーソドックスなルーレットだ。

 ただ、カジノのそれと違うのは、そのポケットの数。

 カジノのポケットは何十とあるが、このルーレットは4つにしか区切られていない。


「じゃ、まずは職業ね」

 と、天使が言う。

「職業?」

「そ。向こうについた時に、あんたがなんの職業になるか、ここで決めておくの」

「お、俺に選択権はないんスか?」

「ないわよ」

 天使はきっぱり言った。


「今から決めることはね、運命ってやつだから」

「う、運命――?」

「そ。人はね、産まれてくる前に、こうやって全て決められているの」

「そ、そうなんスか」

「まあ、ごく稀に、運命を強引に捻じ曲げる者もいるけどね。大体、決められた通りに生きるわね」

 

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 と、いうことは。

 文字通り、このルーレットで俺の運命が決まるわけか。


 おそるおそる、ルーレット内を覗いた。

 すると、ボールが入るポケットは「勇者」「賢者」「村人」「ミジンコ」の4つに区切られていた。


「……あの、俺、これからこの4つのどれかに転生するんですか?」

「そうよ」

「他に選択肢はないんで」

「ないわよ」

 食い気味に遮られた。


 そうか。

 俺はこれから、上記4つのいずれかになるのか。


 …………………………………………。

 って、おいいいいいいいいいいいいいいいいいい!

 俺は焦った。

 焦りまくった。

 1個やべーの入ってんぞ!

 ミジンコに入ったら俺どーなんの? ねえ、どーなんの?

 つか、ミジンコって職業なの!?

 

「じゃ、いっきまーす」

 俺の葛藤をよそに、天使はボールをルーレットに放り込む。

「勇者っ! 賢者っ! い、いや、村人でいい! 村人でいいから!」

 俺はルーレットにすがりついた。


 ボールはころんころんと弾かれながら転がり――。

 「村人」のポケットに入った。


「よかったああああああああああああ」

 俺は口から魂が抜け出るようなため息を吐いた。

 勇者や賢者になれなかったのは残念だったが、そんなことはどうでもいい。

 ミジンコを回避出来たことが嬉しかった。

 あっぶねー。いや、まじあぶねーよ。


「ちっ。面白くないわね」

 ぼそっと天使が言う。

「え? 今、なんて?」

「さ、次は初期ステータスよ!」

 俺を無視して、天使が続ける。


 新しいルーレット内には「体力重視」「魔力重視」「無能」の3つのポケットに区切られていた。

 ……また余計なのが1個ある。


「ほーれ」

 今度も天使はあっさりとボールを放る。


「無能はやめて! 無能はやめて」

 俺は祈った。

 また、祈りまくった。


 だが――無情にもボールは「無能」に入って行った。


「無能は止めてっていったのにぃ……」

 俺はルーレットにすがりついた。

 前世も嫌になるほど凡人だったのに――次の人生も無能なのか。


 ケタケタケタ、と笑い声が聞こえる。

 目をやると、天使が大笑いをしていた。


 今確信した。

 この天使ひと、性格悪い。


「それじゃあ、最後に、特殊スキルを決めましょうか」

「特殊――スキル?」

「うん。これからあなたが転生する世界、魔物とかいてぶっちゃけ結構やばいの。だから、神様からのプレゼントよ」

 まじか。

 どうやら、悪いことばかりじゃないようだ。


「よ、よし」

 俺は拳をぎゅっと握りこんだ。

 ここだ。

 ここが勝負のしどころだ。


「スキルは種類がたくさんあるので、これで決めまーす」

 天使はそう言って、商店街の福引なんかでよく見る「ガラガラ」を取りだした。

「出てきたボールに書かれてあるのが、特殊能力になりまーす」

「……なんか、おざなりな説明っすね」

「そ?」

 そう言って、天使は生あくび。

 この野郎……もう飽きてる。


「さあて、何が出るかなー何が出るかなー」

 天使は唇をぺろりと舐めながら、ガラガラを回し始めた。


 ふと、天使の後ろにいつのまにか貼りだしてあった『スキル一覧』が視界に入る。

 そしてその中の、一等に俺は目を奪われた。

 

 一等 超モテモテオーラ発動スキル


 これだ。

 これを当てるしかない!


 俺は祈った。

 またまたまた、祈りまくった。

 神様。

 前世であれだけ不運だったんだ。

 全くモテなかったんだ。

 頼むから――。


 俺をモテさせてくれっ!

 


 やがて。

 コロン、と一つの玉が出てきた。

「わお。レアなのが出てきた」

 天使が胸の前で手を叩き、目を丸くする。

「はーい、おめでとう。特賞だよー」

 

 俺は玉を受け取り、まじまじと眺めた。


 その玉には、黒い字で『チート=ラック』と刻まれてあった。



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