第41話 行きましょう『グルヘルム』へ! 上

 翌日の街は、祭り騒ぎもともらいの静けさも無く、通常通りの『ゲルヘルム』の街になっていた。


 馬車小屋に泊まったアサトは、通常通りに朝早くから修行をしていた。

 ほかの3人は宿屋に泊まっている。

 アサトもそうしたかったが、あの日の夜の事を考えれば、行きたい気もあったが、自制する面を持ってもいたかった。

 大きな波の中で色々な方向へ傾く心を精一杯揺らした結果、ここに泊まる事にした。

 ここに泊まっているのにシスティナが来たら、それはそれでしょうがない、やっちゃおう!って言う、なんか、卑怯な気持ちでいた。


 …最低だ…。


 だが、おかげで色々考えさせてもらった。

 あのガックバムを斬った瞬間の事や、『オークプリンス』を斬ったが最後まで至らなかった事、何があって、何が無かったのか…。

 判明したものは無いが、うっすらとその瞬間を思い出す事は出来た、前にアルベルトが言っていた、今は薄っすらでいい…それに甘んじる訳では無いが、今は、その言葉を受け入れ、そして、これからは、経験を積んではっきりしたものにしようと思った。


 2の鐘が鳴ると共にシスティナが食事を持ってきてくれた、それを食べているとクラウトとタイロンが現れた。

 「…さて、これからどうするかな…」と、クラウトが馬車小屋の前で空を見ながら言葉にすると、馬に飼い葉をやりながらタイロンが、「…あぁ…そうだな…」と言葉にした。

 大きな事が終わった達成感で、各々の気分がなんか飛んでいるような感じであった。


 「…もう少しここに居てもいいが…一応、少しは余裕を取っているからな…」とアサトを見る。

 「…そうですね…もう少しいてもいいかな…、狩りをする事は出来そうにないけど、なんか、たまっている修行の課題があるような気がします。」と言葉にした。

 飼い葉を与え終ったタイロンがアサトの傍に来ると、「…なら付き合うぞ」と言葉にする。


 「…わたしは…」とシスティナが顎に手を当てて少し考えると、クラウトを見て、「気力のアップをしたいです、クラウトさんにお願いしてもいいですか?」といいクラウトを見た、クラウトはメガネのブリッジを上げて、「構わんが…僕は優しくないぞ」と鋭い目でシスティナを見た。


 あの目は…アルベルト?


 各々のやりたい事を三日間やる事にした。

 アサトはタイロンを相手に修行をして、システィナはクラウトを先生に、気力アップの修行を行う事にした。

 長太刀の扱いを、じっくり訓練できる時間がほしいと思っていたアサトにとって、とても有意義な時間となった。


 少々足りない感じがしたが、基礎修行を終えると、長太刀を使ってタイロンと打ち合いをした、長さや重さになれる事や刃の状態などもしっかりと体に叩き込み、動の修行を休む間もなく行う。


 システィナは、何故か走っていた。


 大きな胸が上がるところまであがると下に降りてくる。

 それが延々と続いている、たまにアサトとタイロンの近くを走ると、なぜか二人で見入っていた、と言うか、見ない方が変でしょう!って感じであった。

 その度に、メガネのブリッジを上げ、アルベルト並の冷ややかな視線を送るクラウトに修行の続きを始める。


 日に何度もそう走られれば修行にならない…、精神の統一訓練が必要だと思うが、やはり二人は男の子、システィナが来れば自然と手が止まり凝視してしまう、と、また、クラウトの冷ややかな視線で修行を始める…こんな感じで時間は3日…あっと言う間に過ぎて行った。


 システィナは体力が少し付いた分、気力も上がったみたいである。

 アサトもそれなりに長太刀を振り、形は出来上っていたが、やっぱり時間が足りないようである。

 ただ、今すぐに使う訳では無く、また、このように何日か時間を取れるかもしれないとの事で、いよいよ『グルヘルム』へと向かう事にした。


 出発の日。

 2の鐘が鳴ると、クラウトを先頭にシスティナとタイロンが現れ、出発の準備を始めた。

 そういえば、ここに戻って来てからアリッサやケイティと会う事が無かった。


 またクラウトが得た情報では、ギルド【スパリアント】は、どうやら解散したようであった。

 ギルドメンバーが、マスターの愚行に呆れたようである。

 その内容は定かでないが、どうやらクラウトが思っていたような計画で、討伐戦を行うつもりだったらしい。


 また、戦の勝利宣言をする為に、オークの死体から首を切り取り、『オークプリンス』が討伐されたらすぐに『ゲルヘルム』へ、首を持って馬で走り、勝利宣言をするつもりだったようだったが、途中でやめ、その場でギルドを解散したような話であった。


 まっ。アサトらには関係ない話だが…、その話でクラウトは少し考えている表情を見せていた。

 その意味は分からないが…。


 昨夜は、アリッサとケイティに挨拶に行こうと言う事で酒場を訪れたがいなく、他の酒場でも姿を確認できていなかった。

 彼女らの宿泊場所も分からず、仕方ないので帰る事にした。

 一応、アサトは朝の修行で走る時に、アリッサに会った壁に行ってみたが、やはりそこには姿は無かった。


 「そろそろ…行きましょうか」とアサトが言うと、手綱を引いてタイロンが歩き出す。

 荷馬車と同じ速さで先頭をアサト、続いてクラウトとシスティナが進む、正面門の広場で出門の手続きをして、門を潜り壁の外に出た。

 一度馬車を止めると、『ゲルヘルム』を囲っている壁を見て、その壁の大きさを目の当たりにして小さく笑う。


 「…なんか、そんなにいなかったけど…色々あったような感じがします」と言葉にすると、「…そうだな。」とタイロンが言い、その言葉にシスティナがロッドを胸に押し当て大きく深呼吸をしていた。

 クラウトがメガネのブリッジを上げ、「…来る気になればいつでも来られる、ここは、『デルヘルム』からは、そんな距離の所にある」と言いながら荷馬車の前席に座った。


 「…ったく、旅情ってのがないのか?メガネ!」と言いながらタイロンが手綱を持って馬車の前席、クラウトの横に座ると、システィナが何かに気付いた。


 「…アサト君…あれ…」と小さく指を指すと、門から出てくるパーティーが見えた。

 先頭を、見た事がある自然の赤みがかった髪の色で、耳元までパーマ…というか天然パーマの髪形…その後には、きれいでまっすぐなストレートの金髪を一つに束ね、肩から前にたらしている盾を持った女性。


 ケイティとアリッサだった。


 その後ろにアサシンのような身軽な装備の男と、魔法使いのローブを着た男、そして、剣を背中に携えた男が歩いていた。

 「…仲間に会えたんだね」と、システィナが少し寂しそうに言葉にした。


 それを見たアサトは小さな笑みをみせた。

 システィナも小さく笑みをみせてから、荷馬車の後ろに向かって歩みだす。

 その背中がなんだか悲しそうに見えた、『パイセル』でスカンのメンバーと別れた時も同じような顔をしていた。


 仲間は女性がいいなと言う言葉は忘れてはいないが、この旅は、そんなに簡単に仲間をふやせる旅でない事を、『オークプリンス』との戦いで実感していた。

 クラウトの3層の防御が無ければ即死していたと言われた時、そして、『オークプリンス』に見下ろされ、攻撃をされそうになった時に感じた死への恐怖。

 それは、メンバーの誰にでも起こる可能性のある出来事である、覚悟してついて来たと言ってくれているのはうれしいが、その結果、本当に死にましたでは、シャレにならない。


 システィナには悪いが、仲間は時間を掛けて納得してくれる者でなければ、簡単に誘えないと実感していた。


 アサトは前を向き、走り始めようと思った瞬間。

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