第36話 死を覚悟した瞬間 下
肩口から胸まで長太刀の切り裂いた傷があり、胸の辺りで長太刀の刃先が小さく揺れていた。
確かに、右の肩から胸の真ん中あたりまで、『オークプリンス』を切り裂いていたが、『オークプリンス』はまだ事に興じている。
「…なんで…」と言葉を漏らすアサト、すると、『オークプリンス』は女の腰を掴むと激しく腰を振り、そして、上を向き大きな声を上げ、女に腰を突き立てて小さく痙攣をする。
アサトは長太刀を抜こうとしたが抜けない、筋肉と筋肉に挟まっているような状態に感じた。
どんなに力を入れても動かない。
『オークプリンス』は、イチモツから女をはずすと、石の台に女を投げ捨て大きく振り返った。
その力にアサトは振り飛ばされる。
アサトを見ながら嘲笑していると、胸から出ている刃を見る、そして、アサトを再び見て、一層大きな嘲笑を浮かばせ、その刃を掴みゆっくりと上げて体から外した。
その刃を見て『オークプリンス』は後ろへと投げ捨てると、アサトを見下ろす。
「おまえ、よくやった」と言葉にする。
「…えぇ?」倒れているアサトを見下ろす『オークプリンス』は、はっきりとした口調で言葉にした。
「おまえら…よくやった、だが…相手が悪かった。…お前らここで死ぬ。この広場の者、全部おれが始末する。」と言い、拓けた場所を見た。
そしてゆっくりアサトを見ると、左の手を大きく振り上げて払った。
その握った拳は、アサトの拳の何倍もある拳であり、振り下ろされる音も凄まじい音であった。
とっさに腕をたたんで顔の前で防御をするが…。
ガグッゥと言う音と共に数メートル先の場所へ、なんどか跳ねながら転がり仰向けで横になった。
遠のく意識の中に、こちらに歩いて来る気配と足音がわかる。
自分の体が言う事を聞かない。
心の中で逃げなければ…と言う言葉が走っているが、体が言うことをきかない。
もう既に、体の大事な何かの骨が折れてしまっているという感覚があった。
クラウトの3層の防御は2時間効くと言っていたが、もしかしたら、それが無ければ即死だったのかもしれない。
何てことをしたんだろう、何がレアだ…スーパーレアだ…。
これはまずい、なにがなんだかわからないけど…もう無理かもしれない。
相手が違い過ぎた。
タイロンが言っていた、アルベルトも言っていた…『…後悔するくらいなら、最初から言うな…』って…ほんとだ。
今、凄く後悔している。
なんで言ったんだろう、『狩りましょう』だなんて…、無理でしょう、こんなの…どうやって倒せばいいの…。
ガックバムは切断できた…なんで…あれは出来なかったんだろう…。
なんで…、なんで…
『戦いにおいて、焦った方が負けだ…』とアルベルトの言葉を思い出す。
…あぁ、そうなんだ。簡単に背後を取った、あの時、こうすれば…ではダメなんだ。
体が勝手に動かなければ、これは狩れないんだ…。
勢いとかじゃない…確実に戦う事に真正面で対峙しなければ…これも狩れない、それに…あの女、クレアシアンも狩れない…。
まだまだ…弱いな…でも。
もう…終わりだ…いたいんだろうな…できれば…気づいたら死んでいたってのが、…いいんだけどな…。
視界に入ってくる空はすでに暗くなりかけ、夜が近付いていた。
足音はすぐそばに来ていた。
うっすら開けた目に『オークプリンス』の姿がぼやけて見える。
どうやら、斧で殺すつもりなんだろう、振りかぶっている…。
これは…死ぬな…、あぁ~~どうしたんだろう、怖いな、死にたくないな…、あんな大きな斧…痛いって思う間もないな…即死だな……、ごめんなさい、みんな…ぼく……。
さぁ~、覚悟はまだ決まっていないけど…、一気にお願いします。
振りかぶって………さぁ…あぁ~~~?
と思った瞬間だった。
ズボッォっと言う音と共に、ぼやけた視界に見える鋼の体の真ん中に、突き出た両刃剣の刃。
鋭い刃の先に真っ赤な水滴が見え、そして、一滴落ちるのが見えたと思った瞬間、先ほどの、ズボッォっと言う音が絶え間なしに聞こえ、体から突き出てくる刃の数が増えた。
…あぁ…どうなったんだ……これ…なにが?……と思いながら意識が薄れて行く、その途切れ途切れに、消えそうな意識の中で聞こえた声。
「『オークプリンス』の首を取れ!国王軍!」と言う大きな声。
その大きな声と共に『オークプリンス』の体に無数の刃が突き立ち、体から真っ赤な血があふれ出てきている。
アサトの顏にもその血が降り注がれている。
振りかぶったままで『オークプリンス』は、振り返り斧を振り下ろすが、その動きは遅く、それ以降も『オークプリンス』に突き立てられる刃の数は増えて行く。
視界が白くなり、なにも聞こえなくなる…刃の音も、兵士らの声、息遣いも…すべてが遠のく、そして…真っ暗な底へと沈んでゆく感覚で気を失った…。
…………………………
目を開けてみると、そこはいつも修行をしていた牧場、風が心地よく流れている。
上体を起こすと、チャ子が蝶と戯れていた。
それを見ているインシュア、そして、アルベルトが見ている。
ふと、横に立っている影に気付き、見上げると、そこにはナガミチが立っていた。
「…あっ」と声を出す、すると、ゆっくりと見下ろして小さく微笑んだ。
「…ぼく…死んだんですか?」と問うと、「いや」と答える。
「…じゃ…」と、言葉にすると、
「安心しろ、チャ子も、インシュアも、アルも、ちゃんと生きている。」と言い、チャ子の方へと視線を移した。
アサトもチャ子を見ると、3人がこちらを見ている
「…ッチ…、あんな無様な勝ち方を教えた訳じゃないぞ」とアルベルトが言うと、「…いいじゃないか…勝てば」と言い、大きくインシュアが笑った。
そして、チャ子が駆け寄ってくると膝を折って座り、「アサト頑張った!強くなったね」と言い、頭に何かを置いた。
その感覚は冠…多分花冠だろう…。
「あぁ…お前は大丈夫だ。ちゃんとこれからも狩れる…、おれが保証する…」と、小さく笑う。
「…ッチ…、ったく、ここで眠っている暇は無いぞ」と冷ややかな視線を送りながらアルベルトが言葉にした。その言葉に、「…あぁ…そうだな。そろそろ行け!」とインシュアがニカニカしながら言葉にする。
「…ぼく…まだ…弱いですね…」とつぶやくと、その言葉にナガミチが見下ろして、「何言っているんだ…?弱い?…当たり前だろう。みんな…弱いんだよ。だから、」
「お前らしく勝てばいいんだ」とアルベルトが言う、その言葉に大きく笑うインシュア。
そして「アサト…チャ子ね……聞いている?アサト?…アサト?……アサト………」
…………………………
と目が覚めた。
そこには、夜空に無数の星が広がっていた。
うっすらと開けた視界には、心配そうに見ているシスティナの顏があった。
そして、タイロンがのぞき込んできた。
体は動かない…でも…これって………。
…ぼく…いきているよね………。
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