第34話 最終決戦の幕開けへの序章 下

 目の前に居るアリッサとタイロンの息遣いが感じられる、その息遣いに同調するように息を遣うと…、音が後ろに流れて行く感覚にとらわれた、その時、最後にアサトを通り過ぎた音、言葉がタイロンの言葉であった。


 「行くぞ!!」


 その言葉が流れて行くと、すべての景色が『淡い蒼』に変わった。

 それは…あの時…『ウルラ』の村で感じた事と同じ状況の世界に変わったのだ。


 呼吸…呼吸を感じる…。


 その動きは、タイロン、アリッサ…そして、大剣を振り上げるガックバム。

 大剣を振り下ろしてタイロンの盾を弾く、物凄い衝撃音が一気にアサトの後方へ走り抜けた。

 再び、大きく振り構えて振り下ろす、今度はアリッサの盾を弾く、物凄い衝撃音が、薄い蒼の煌めきと共にアサトの後方へと走り抜けた。


 再び振り上げるガックバム。


 ガックバムから発せられる薄い蒼の揺らめきは、小さく収まっている、それは、体から発せられる呼吸…はっきりとわかる…。


 それが…呼吸だと…、今は斬れない。


 ガックバムの大剣が、体勢を直し盾を両手で持ち直した瞬間のタイロンの盾を弾くと、その盾ごとにタイロンが右側に大きく弾かれ、よろけながら前のめりで倒れると次は、アリッサだ。


 歯を食いしばり、弾かれた盾を手前に持ってこようとしているが、ガックバムの大剣が振りかぶる方が早い…間に合わない…が、アサトは冷静だった。


 なぜか…なぜなんだろう…、これは、この空間を支配した事なのか…守れる、大丈夫…誰も死なない。


 と、アサトはアリッサの背中を左側へ小さく押した。

 アリッサはその感覚を捉えると、持ち直した盾を上げながら左側に移動をする。


 アサトは、よけるアリッサの背後からガックバムに対峙する、と小さく前に飛び込んだ。

 ガックバムの大剣は、アリッサの盾を捉えたが衝撃は小さく、大剣を片手の状態で頭上まで回し上げると、もう片方の手で大剣の柄を掴もうとした瞬間であった。


 ガックバムの筋肉の呼吸が吐き出され、筋肉が緩んでいる…淡い蒼の揺らめきが立ち上がっている…。

 アサトは長太刀の柄を掴む、握るのではない、掴んで鞘から抜くと刃が鞘に当たっている感覚、その感覚が消えた瞬間に力を入れるのではない、刃を走らせる…力を入れて叩き斬るではない…刃を、刃が走る場所、走るべき…その場所に走らせるだけで…


 「…斬れる!」と言葉を発した瞬間!。


 シュパッと、空気を斬る音と肉が切れる音がその場に広がった。


 アサトは、飛び込んだ勢いのままに、肩からガックバムの体にぶつかると、頭上から右の腕、左の腕…そして、目を見開き、口を開け、鼻孔を広げたガックバムの頭が目の前を下へと向かって落ちて行った。


 ガックバムの体を下にして倒れ込むと、肉の塊と化した両腕と頭が、さっきまでガックバムが立っていた場所に小さく跳ねて落ち、その場で塊と化していた。


 「マスター!」とオークの首を切断している場所にいたアセルバンに、ギルドメンバーが声をかける。

 アセルバンは、その瞬間を見ていた。

 「…マスター!」と再び声をかけると、「…分かっている!」と言い、歯ぎしりをした。

 そこには、『ゲルヘルム』の街から女や食料を奪い、そして、住民や狩猟者を殺し、好き勝手に暴れていたオークが一撃で切断されていた。

 そして、切断された瞬間が見えた。


 その瞬間は、雄々しい思いが体を駆け巡り、その場にいない自分を呪うと共に、何故か感謝の心があった。

 しかし、現実を見ると、この場は自分が制圧している訳では無い、自分が先導をして討伐している戦場ではない。

 それどころか、手柄を我が物にしようと言うあさましい思いを持つ自分が、戦の渦中をはなれてこの場で、こんな姑息な事を…と思うが…。

 結果がよければそれでいい…あいつらは、確かにこの有志連合について来たのだ…なら、あいつらの手柄は…わたしの手柄だ…と言い聞かせていた。


 「…クラウトさん」と、その瞬間を見ていたシスティナが言葉にすると、小さく笑みを見せた、「…あれ…アサト君…ですよね…」と言い、クラウトを見ると、小さく頷いて、「…そう、僕らのリーダーだよ」と言葉にした。

 「急ごう…そろそろチェックメイトだ!」と言い、先を急ぐ。


 大きな体が倒れた瞬間に、戦場には狩猟者らや衛兵ら、そして、国王軍。獣人の亜人らやゴブリンらが大きな歓声を上げた。

 すると、ガックバムの配下のオークが武器を下ろし始め、拓けた場所の外に近いオークらが逃げ始めていた。


 大きく倒れたガックバムの体から大量の血が噴き出る、その血の流れの先にダザビッシャがいた。

 大きな剣を背中に携えて、険しい顔で足元まで流れてくる血を見ている。と、ゆっくりと視線をガックバムの上にいるアサトへと向けた。

 その向こうでは、『オークプリンス』が素知らぬ顔で、兎の亜人の股にイチモツを捩じり込み腰を振り始めていた。


 その感覚…軽く振っていたが、何かが違った…少しだが抵抗があった…呼吸の抵抗…。


 ガックバムの上で刃を見た、その刃には血が付いている。


 いまのは【ZAN】ではない、切断である。だが、あの感覚は、肉を斬る感覚とは違う、なにか…空気の重さを感じた。

 それが、あの【ZAN】なら…、もしかして…。


 アサトは、刃の血を布で拭きとっていると、ケイティが手を差し伸べて来た。

 その手を掴み立ち上がると、タイロンが兜を直しながら近づいてくる。

 そして、アリッサは小さく笑いながら頷き、そして「ありがとう」と言葉にする。

 アサトは少し顔を赤らめて小さく頷くと振り返り、ダザビッシャへと視線を移した。


 ダザビッシャは背中の剣の柄に手を当てると握り、そして背中から外した。

 「さぁ~チェックメイトまで…あと1つだ。行くぞ!」とタイロンが言葉にすると、盾を持つ手を確認してから、さらに握りなおして進み始めた。


 アリッサも剣を盾に仕舞い、両手で盾を持ち直す。


 ケイティはアサトを先に行かせて、腰にある短剣へと手を差し伸べ、アサトは太刀の剣先を横に向けて、タイロン、アリッサの後ろについて行く。


 ダザビッシャは大きな剣を背中から外すと、ニヤリと笑い、両手で柄を持つと手前に構えた。


 いよいよ…最終決戦の幕開けである!

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