第6話 二日目からの日常

 長幹ながよしに日記を記す習慣はないが、はっきりと覚えている。

 二日目は昼近くに起きだし、台所で何か缶詰でも食べようかと思って立っていたら、通りに居る人に見られた気がしてすぐにしゃがみこんだ。

 昼間、姿を見られてはいけないのだ。赤井さんは昼間仕事をしているのだから、自分は息をひそめていないといけないのだ。

 この条件に置いて、汲み取りのぼっとん便所はよかった。水を流す音を出す必要がなかったからだ。

 できる限りガラス窓の側に近づかず、和室の部屋で、外にテレビの音と光が漏れないように気を付けながら過ごした。

 飽きなかったのは、ギャンブルチャンネルがすべて入っているテレビのおかげだった。あまり詳しくは知らないが、これほど複数のギャンブルチャンネルを有すると月々の支払いが大変だと思われた。

「人の金、人の家で優雅に暮らし、そのうえで、ギャンブルできるなんて、全く俺はついている。……三流大学しか出てないからリストラされるんだ。といった元妻あいつに、今の優雅な暮らしを見せてやりたいぜ」

 とはいっても、赤井の母親が死んだなら出て行かないといけないだろうが、あの二人の口ぶりからいって、なかなか死にそうにないから、まぁ、しばらくはこの生活を楽しみ、日当の金を少しずつため、追い出されるときには新しい生活を送るための資金にはなるだろう。と、軽く思っていた。

 その日の夜。田村がやって来て日当の一万と、ビール、つまみの差し入れをしてくれた。

 発泡酒ではないそれは胃にたまり、上機嫌に飲みながらテレビを見る。

 その間、田村は赤井に頼まれたと言われた忘れ物を探しに隣の部屋に入ったが、

「ダメだ光が外に漏れる……、ここの開け閉め面倒なんですけど、いったん閉めますね」

 そう言って戸を閉め、隣の部屋でごそごそしていたが、

「ったく、無いじゃないか。赤井さんの記憶違いだと思うんですよ」

 文句を言いながら埃がついた手を叩く。

「なんか大事なもんですか?」

「アルバムぐらいは持っていようと思うってことでね、あったはずなんだというけど」

「無いんですか? 俺が明日探しておきましょうか?」

「いやいや多分、二階でしょう。まぁ、良介さんにちゃんと思い出してもらってまた探しますよ。探してもらうにしても、あの戸、」

「あ、あぁ。建付けが相当悪いですね、よく家として成り立つ」

「まったくです。あ、不動産業者の言葉ではないですね」

 田村はそう言って笑いながら帰っていった。これが二日目。


 三日目以降も同じようなやり取りが行われた。

 田村は同じように隣の和室で探すけれど、電気が漏れて自分が外に見られると困るから、と懐中電灯一個持って部屋にこもる。昼間探そうかと提案するけど、昼間探している姿が見つかると言われるし、そもそも探す気などないので、一応社交辞令的に聞くことを繰り返していた。


 四日目も、五日目も同じだった。


 六日目、夜の八時に風呂に入る。

 長幹は湯船につかり、体の芯から熱くなっていき、大きな息を吐いた。

 風呂から上がって、ビールがないのを悔しく思っていたころ、田村がビールを持ってやってきた。

 ビールは少し振られていたが、無いよりはましなのでありがたく受け取った。

 田村は今日も隣の部屋へ行き、襖を閉めた。

 長幹は大好物のサバのみそ煮缶の下に今日の分の日当をはさみ置き、それを見ながら、味付イワシの缶詰を肴にビールを飲んだ。やっぱり、ビールはうまかった。

 だが、昨日あたりから、今まで三本買ってきてくれていたビールが一本になっていたので、もう飲み干してしまい、不服な顔をしているころ、田村が古そうなアルバムを手にして出てきた。

「ありました、ありました。もう、奥の方に、いやぁ、すみません。すごい埃ですね」

 と言いながら服を叩こうとするので顔をしかめる。

 いくらホームレスだったとはいえ、今はので、その埃は勘弁ならなかった。それを察したのか田村は首をすくめ、

「外ではたきますよ。あぁ、そうだ。明日は良介さん来るそうですよ」

「じゃぁ、通帳作らないとな」

「……そうですね。では俺はこれで、さようなら」

 さようなら? いつもは「」だが、依頼人の大事なアルバムを見つけ出して上機嫌なだけだろう。長幹は首をすくめ、布団に埃が落ちてないかを確認してから、上着を羽織ってコンビニにビールを買いに出た。

 帰ってきてから、金を勘定する。七万二千八百円。七万二千を大好きなサバの味噌煮間の下に置き、八百円はその横に並べておいた。いい眺めだ。金持ちだ。ホームレスじゃない。

 長幹は今日も気持ちよく布団に入った。

 だが、今日に限って妙に眠れなかった。風の音がうるさかったのもあるし、不意に「さようなら」を思い出すのだ。

「別に、別れの言葉だ」

 と言い聞かせたが、妙に引っかかる。

 風の音が妙に規則正しく、どことなく人の声にも聞こえたが、長幹は頭を振り、無理やりに眠った。


 これが昨日までのできことだった。

 長幹は今朝早くに家を出て、今は、警察署の「取調室」で取り調べを受けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る