十三、標本少女

◇◇◇



 最初にたおれたのは、二分の一成人式の日だった。


 この日のために、どれくらいじゅんびをしただろう。

 あたしは、とにかく、このクラスになってからは、毎日きちんと朝の会に間に合うように、ちこくしないように、それだけを気を付けて登校していた。


 学校はさわがしい。


 みんなの声が、バラバラに大きく小さく動いて、反しゃして、でも全部同時に聞こえてくる。

 うるさくてかなわないから、あたしは耳あてを着けている。

 これがないとちょっとムリ。


 うすいピンク色のーーパッケージにはナデシコ色と書いてあったけどーー耳あては、最新のぼう音こう果が使われていて、必要な音をふり分けてくれている、そうだ。


 そうだ、っていうのは、たしかに音が聞こえやすくなるんだけど、聞こうとしてない音までひろってるようなことがたびたびあって、あたしのはしょ理しきれてないみたい。

 三時間目の終わりには、つかれ切ってしまう。


 それでも、ずいぶんマシになった。


 小さいころはわけがわからないままだった。

 毎日大音量にうるさくて、サイケデリックな色が目につきささる世界。

 そういう時、あたしはその場でくるくる回る。回る。

 そうすると、音も色もくるくるとまざって、スムージーみたいになって、あたしが世界をつかまえている気がする。



 あたしが回って、世界をつかまえる。



 それはすごく良い考えだと思えた。

 ママがよく言う、ってことみたい。

 だから、音楽がなって、ダンスをおどらなければいけない体育の時間も、あたしが回って世界をつかまえるのだから、と思えば、大きすぎて不かいなスピーカーの音も、ざわざわとあれこれしゃべりながら動くクラスの子も、ゲームのてきをよけるような気持ちでいられた。


 ただね。

 たくさん回ったからなのか、頭がくらくらすることがふえてきた。

 小さい頃から、くるくる回ってきたから、回るのは大好きだし、得意なの。

 ママは、成長してるからよって言うんだけど。

 四年生になってから急に身長がのびた時があって、その時はミシミシというきしむ感じがした。

 いくつか栄養が足りてないとかで、ママは健康ドリンクを毎週注文してくれたの。毎日飲んでた。


 ……なんかのどかわいてきちゃった。ちょっと紅茶を飲みます。

 ふう。 ……つづけるね。


 ええと。

 二分の一成人式の日に、ママが見に来てくれたの。

 未来への自分へと、親への感しゃをこめて作文を読むんだけど、そろそろあたしの順番になるなって思って、きんちょうしてた。

 この日は耳あてをはずしてて、そのせいか教室の、みんながしずかにしているんだけどざわざわしてて、人がたくさんいる空気があたしのしんけいを高ぶらせていて、すっごく心ぞうがばくばくいってた。


 あたしの番になって、その場で立って作文を読みはじめると、さーっとつめたくなる感じがして、ぷつんって目の前がまっくらになった。

 次におきたら、ほけん室のベッドにいたの。イスにすわったママがあたしを見て、よかった、あなたはきんちょうしてたおれたのよって言ったわ。その日はクラスの先生と話して、そのまま帰ったの。


 何日かして、またあたしはたおれた。

 今度は登校中。友だちと待ち合わせして、いっしょに小学校へ向かってたから、友だちがびっくりしちゃったってあとから聞いた。

 さすがにおかしいから、近くの病院へ行くと大学病院をしょうかいするからって言われて、トーワン大学病院へ行ったの。

 そこでいろんな検査をして、あたしが血えきの病気だってこと、大人になるまでに生きられるかわからないこと、火星てきごう者だってことがわかった。


 あたしには、特別なことが多いわねって、とってもがまんしているような顔でママが言ってた。


 トーワン大学病院に入院してから、あたしは良くなってるのか、わるくなってるのかわからなかった。

 ふわふわとただよってるような日がつづいたある日、トイレにむかってたら急に立っていられなくなって、そのままたおれてしまったの。

 とってもくるしくて、きづいたらステラミラさんがいたわ。


 あっこれってゆめかな? っておもったら、あたしはもう死んでるって聞いて、それがもういちどたおれたの。


 また目がさめたら、まじょ、じゃなくって、ええと、まどうしって言うのが正しいんだっけ? まどうしのステラミラさんがいて、あたしに赤いきれいな石の中に入って、名前をさがしてきてほしいっていわれたわ。


 赤い石はレッドスピネルって言って、あたしは中に入った。赤くすける光の中、くるくる、くるくると回りながらダンスする。あたしのほんとうの名前を探しにくるくる回る。


 ……うん、そう、あたしのほんとうの名前って聞いたわ。

 宇宙?宇宙じゃなくて、石の中よ。たぶん石の真ん中あたり、色が特別こくなってるところ。長い銀の金ぞくがあって、手にしたらへんなうねうねとした、国語の時間で見た、しょうけい文字みたいなのが光ったの。それが、ルーフスって読めるようになって、そうしたら石の中から外に出てたの。


 ステラミラさんが、あたしの部屋があるから休んでって言って、目をぱちぱちする間に、あの部屋にいたの。



 ……お腹空いてきちゃったな。




◆◆◆




 月曜の朝になった。VR空間とはいえ、朝昼夕夜と、時間変化はある。

 花火は何で静止画のままなんだろうな。


 少女ーールーフスは、眠れたのだろうか。


 何歳かはわからないが、いきなり親と離されて、不安だったかもしれない。


 ウィルディスに声をかけてみるか。


 彼も誘って、二人で隣人宅に行ってみる方が良いかもしれない。

 自分は朝飯を食べ、隣の部屋のウィルディスに声をかけた。


 「ウィルディス、ルーフスに会いに行こう」

 「……ルーフス、ですか?」

 「ああ。隣の部屋に来た少女だ。いきなり知らない場所に来たんだ。こっちから声をかけてみようと思ったんだが、二人で行ったら怖がるか?」


 昨夜は変なテンションのせいで、うっかりルーフスの部屋の前まで行ってしまってた。

 ハッピーな粉の影響は大きい。


 「……小さい女の子が、隣に?」


 そんなイヤそうな顔、できるんだな。


 「ウィルディスは子供が苦手なのか?」

 「……得意ではありませんね」

 「自分もだ。まあ、大人二人が来たら、怖がるかもしれないな」

 「……遠慮してもいいですか?」

 「三人目の標本体だぞ?情報交換はした方がいいだろう。自分一人で行ってもいいが、ウィルディス、後で一人で挨拶することになるぞ」

 「……わかりました」


 いかにも渋々、と同意した。


 ルーフスの部屋の前。

 昨夜と同じ、表札には【ルーフス】と書かれている。

 少しためらってから、呼び鈴を鳴らす。

 電子音にしては少し柔らかめの、耳に心地よい音が聞こえる。

 ヴィブラフォンの音源で録られた呼び鈴だ。


 「はーい」


 呼び鈴から返事がした、と思ったら、ドアが開いた。

 

 「ええと。おはようございます。あたしは、【ルーフス】になりました。お兄さんたちも、標本体ですか?」

 

 「はじめまして、ルーフス。そう、自分たちも標本体だ。自分はエルレウス。こっちはウィルディス。挨拶に来たところだよ」


 「……。……。……ウィルディス……です」


 蚊の鳴くような声でウィルディスが言う。かろうじて聞き取り可能だ。


 「エルレウスさんと、ウィルディスさんですね」

 「ああ。これからよろしく。飲み物と食べ物を持ってきたんだが、朝ごはんは食べた?よかったら食べるかい?」


 できるだけ優しく、ゆっくりめに話しかける。笑顔を忘れずに。

 休日の親子連れ向け営業イベントのコツだ。風船は持ってないが。


 「あ!ご飯食べてない!ありがとうございます。良かったら、中にどうぞ?」


 ルーフスの部屋に入れてもらった。

 

 「お邪魔します」

 「……。……お邪魔します」


 中は、A2タイプの1LDKの間取りのようだ。

 おひとり様から若いカップルや老夫婦向けの、コンパクトに暮らしやすくをコンセプトにした、αアルファ棟用の広さだ。

 しかし壁紙が、自分がいるβベータ棟ファミリータイプの部屋の、子供部屋向けの壁紙の色合いだ。リビング全体に使われている。

 とりあえず食べ物と飲み物をダイニングテーブルの上に置く。


 「どうもありがとうございます!いただきます!」


 あっという間に、買ってきたペットボトルのお茶とジュース、惣菜パンとサンドイッチ、おにぎりが無くなる。


 「お腹が空いていたんだな」


 いつのまにかウィルディスがお湯を沸かし、ティーパックの紅茶を淹れてくれた。三人分。用意がいい。


 ルーフスは、ホワイトベージュのパーカーに、淡いピンクが段段重ねのスカートのようなキュロット、濃い紫色のタイツを履いている。

 首にはヘッドフォンのようなものを引っ掛けている。耳当て部分は薄いピンク色で、輪の部分は白い。

 髪は後ろに束ねている。真っ直ぐした髪はツヤがあり、さらさらしていそうだ。


 人心地ついた様子のところで、声をかける。


 「さて、ルーフス。落ち着いたかな?どうして、ステラミラと会って標本体になったのか、話してくれないか」


 「はあ、ごちそうさまでした!エルレウスさん、わかりました。話づらいので、いつもの話し方でもいいですか?」


 「構わない。とりあえず、どうやってここに来たか、話せるかい?」


 ルーフスの話が始まった。




◆◆◆




 ルーフスの話が終わり、くううとルーフスのお腹が鳴いている。


 「……トーワン大学病院。駅近くの病院ですね。透明球ガラスドーム内にあるのですか?」


 「ああ。確か、半分、いや。三分の一程度か?含まれていたはずだ」


 自分は、半径3キロメートルの範囲内を思い起こす。大学病院が途中で切り取られていた。

 

 再び鳴るお腹。ルーフスがさっき食べたはずのものたちは、どこへ消えたのだろうか。


 「ルーフス、近くにフードコートがある。食べに行こう」

 「はい!」

 

 自分は考えることを中断し、ルーフスを誘う。ウィルディスも行くか?


 「ウィルディスはどうする?」

 「……少し、考えをまとめたいですね。昨晩僕が考えてた事と、また違うようですし。買い物には行きたいので、ショッピングモールにはご一緒します」


 三人でルーフスの部屋を出る。昼頃の太陽高度。空は晴天だ。季節はいつ頃を映しているのだろうか。透明球ガラスドームの中のVR空間。レッドスピネルの標本体。

 

 「なんだか、ワクワクしますね!」


 ルーフスは楽しそうだ。粉の影響だと思う。


 「……何にワクワクしているのですか?」

 「あたしたちは、 ステラミラさんのお人形で、ここはお人形の家みたいだなって。ひまつぶしに、いろんな映像を病院でみてたから。お人形用のショッピングモールに行って、フードコートでご飯を食べる。そんな動画があったよ」

 「……なるほど。お人形セットということですか」


 お人形。お人形か。自分はアリの観察実験のように感じていたが。確かにそうだな。


 ルーフスはショッピングモールも、フードコートも楽しそうにしていた。ウィルディスも別行動のはずが、興味深そうにルーフスを見ている。おいしそうにバーガーセットをほおばる様子に、穏やかな笑みを浮かべている。


 その後、三人で買い物を済ませ、明日からの生活について話をする。自分とウィルディスは会社だろう。ルーフスはどうなるのだろうか。また病院生活か?


 「あたしはどうなるんだろう?今元気だし。久しぶりにこんなに動いて、たくさん食べた。それにね。このショッピングモールは、ざわざわしたふんいきはあるけど、うるさくはないのね。あたし、耳当て使わなかったの」


 

 ショッピングモールの空間に、光が集まってくる。



 〈それはよかったニャ〜。なんとニャく、関連性が見えてきて何よりニャ!〉


 「シャキーラ?!どうした?」

 「ピンクのネコがしゃべってる?!」

 「……驚きました」


 〈ちょっと今回の標本体の件は特殊なやり方になってしまったニャン。その事で、近々魔法使いサマがお越し下さるニャ〜。ニャので、明日からの通常生活の予定はキャンセルニャン。仕方にゃいね〉


 猫が顔を洗う様子を見せながら話すシャキーラ。ルーフスがうずうずしている。


 「さ、さわっていいですか!」

 〈撫でてくれるニャ?ちょっとお話が終わるまで待つニャ。今回のやり方は、魔主人マギカルナサマがちょっとだけ先走った結果ニャ。全員関わるから話とくけど、魔法使いサマの魔導裁定が行われるニャ〉


 「魔導裁定?なんだそれは」


 〈通称、裁魔ニャ。前に、魔法使いは裁判官の意味にニャるって話をしたニャン?ルーフスの標本体のやり方は、違反行為に当たるかもしれにゃいニャン。もともと、魔主人マギカルナサマは魔法使いユーモレックスサマに依頼されて、実験を行いながら、ある調査をしていたニャン。ちょっと時間的な事情で、差し迫った状況と判断したため、ルーフスを鉱物にて標本化したニャン。あっ、撫でていいニャンよ〜〉

 「わーい!」


 そっとシャキーラの頭を撫で始めるルーフス。なんだこれ。


 〈なかなかうまいニャンね。喉もいいニャンよ?あ〜そこニャーン〉

 「……ステラミラ様に依頼した裁判官、ユーモレックスという方が来て、魔導の裁判が始まるということですか?」

 〈そうニャーン。ここで言う警察というものが無いニャーん。怪しければ即、裁魔ニャン。審理で判断するニャーンゴロゴロ〉


 ルーフスに転がされてるシャキーラ。


 「いつ来るんだ?」

 〈おそらく明日かニャ?ルーフスのナデナデは上手にゃん!しっかりそこは証言したいニャン!ユーモレックスサマも、シャキーラの証言は重視してくれるはずニャン!〉

 「もしかしてシャキーラは、ユーモレックスサマとやらに仕えてたのか?」

 〈そうニャンよ?魔主人マギカルナサマへの依頼時に、派遣契約を結んでここにいるニャン。あ〜気持ち良かったニャン!ルーフスに不利な証言はしにゃいにゃんね!〉



 ルーフスもシャキーラも満足そうだ。

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