十二、太陽と母の夢
◆◆◆
消えた少女の行先はVR空間のマンションだろう。
ウィルディスの隣の部屋か?戻って見てみないと。
意識がマンションの部屋に移ったせいか、自分の限界が来たせいか、頭がくらくらしてきた。
手のひらに乗せた、水晶クラスターの感覚が戻ってくる。
自分の眼球の水晶体と呼応しているはずだがこれで、多分……戻ってしまう。
ステラミラの部屋がぼやけて見える。
焦点が合わない双眼鏡、顕微鏡、望遠鏡……。
鏡が合わないんじゃない、自分のレンズが合わないんだ。
頭がどんどんくたびれてくる。
気付いたら、自分をウィルディスが覗き込んでいた。
さっきまでウィルディスが寝ていたはずの自分のベッド。
そこに自分が寝かされていた。
「ウィルディス。マンションの隣人ができた」
「……どういうことですか?」
「三人目の標本体だ。レッドスピネルーー鉱物に入り、標本名を取っていた」
「……僕達とは違うやり方ですね」
「ああ。ステラミラはいったい何をしようとしているんだ……」
頭が重い。瞼が閉じようとしてくる。
「……エルレウスさん、眠ってください。僕は回復しましたから」
ウィルディスの言葉に後押しされ、すぐに夢の世界へ行ってしまった。
✴︎✴︎✴︎
紅茶、緑茶、烏龍茶、
夢の世界で、母がいた。
今度はお茶会が開催されている。
そう思う程、よくわからない形のティーカップに、なみなみと注がれた様々なお茶たち。
お茶の種類が様々で、お菓子がない。
アフタヌーン・ティー形式では無さそうだ。
ねえ、ハーブティーは草の匂いが強いから苦手なのよね?そしたら紅茶を淹れるわね。
母さん、どうして……?
わからない? どうして私に繋がるのか。
旧管理者の
何を……?
わかるはずよ。そうでないと困るわ。
イメージが力になる。魔導の世界の掟よ。
契約なんて、
母の声、母の姿の夢の住人。
これは、何者かの意思……?
その理解でだいたい合ってるわ。
ねえ、死後の世界の解釈が、国や民族、環境によって違いがあるのは、どうしてだと思う?
またずいぶん話が飛ぶな。
……環境の例えで言えば太陽とか。
この国にとっては国旗にするくらい信仰が深い。
砂漠の民においては無慈悲な神ともされる。
赤道直下と北極寄りの国では太陽のありがたみが異なるし、当然神話も異なる。
そこから派生して、宗教の基が生まれたんじゃないか?
まあ、ざっくりと言えば。
なるほどね。では、その太陽が寿命だと言えばどうなるかしら?
太陽の寿命……?
まあ、他の惑星はわからないが、この星は生き物が死滅するだろうな。
まさか……?
さて、正解はいつわかるでしょう? 明日? 来週? それとも千年後?
◆◆◆
目覚めると汗をかいていた。
部屋の中は暗くなっている。
ウィルディスは部屋にいないようだ。電気を点けると、テーブルの上に、メモがある。部屋に戻ってます、とのことだ。
インテリアの鉱物たちに目を向ける。水晶クラスターはもう無い。
汗かきついでだ。自分の体の動きを確認する。
まずは軽いストレッチ、そして筋トレ。朝活でやっていた、クランチ、逆クランチ、腕立て。
負荷がかかる。本当なら、もう息が上がっているはずだ。
スクワット、ジャンプランジ、バックキック。適当に速さを上げ、回数を重ねていく。
疲れを感じない。以前の体よりも、動きが良くなっている?
契約は何も意味を成さない。
標本契約は無意味なのか?
三人目の契約者が気になる。
が、今日はもう遅い。
明日の朝、表札を見てみようか。
夕飯の支度をする。
パスタを茹でる。
茹で上がったパスタに、レンチンしたミートソースを絡め、粉チーズをかける。
ショッピングモールに売っていた、少しお高めのソース。コクのあるソースは、赤ワインの風味がする。
行ってみるか。
ふいに、そんな考えが湧き起こった。
満腹の高揚感と、素敵なお粉の効果なのか? これは、自分の意思なのか?
ガチャリとドアを開ける。
空には下弦の月と、花火の静止画像。
花火は消えていない。
風が当たり、ふと、夜に家の前に立つ男って我ながら怖いと思った。
表札をチラ見して、すぐ帰ろう。
果たしてウィルディスの隣の部屋の表札は、【ルーフス】の名前があった。
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