十、火星適合者

◇◇◇


 やれやれ、VR空間はどうも居心地が悪い。

 魔元素マギアスティを入れて使用できるようにしたとは言え、元が低次元の使用する道具。

 魔導との親和性は高いが、あまり行きたくは無いニャ。

 ふう、とため息が出る。

 最近は考え事にも語尾にニャが付く。

 ちょっとイヤニャン。あっ、まただ。


 魔主人マギカルナサマには悪いけれど、さっさと実験も引継ぎも終わらせて、転職したいんニャ!

 あ~……。まただ。

 気晴らしに、透明球ガラスドーム内のマタタビをダース買いニャン!もう気にしないニャンニャーン!!!



◆◆◆



 火星への移住計画のため、火星適合者判別法が確立されて、十五年経つ。


 月への有人飛行の次は、火星、という話が出たのはずいぶん昔だ。火星を題材にした作品もたくさん出て、盛り上がった時期があったらしい。


 とは言え、盛り上がったのは最初だけ。


 長い計画で、有人飛行を成功させる、その次は地球化テラフォーミング、実際に移り住むのは孫の代よりも後、ひ孫以降になるだろう。

 もしかしたら、期待だけさせて、成功しないかもしれない。

 そんな予感も世界中に広がっていた頃には、火星適合者判別は、義務教育中に一回受ける、予防接種的な扱いになっていた。


 実際、体育館で予防接種と同時に受けたしな。


 地球と異なる星に住む。

 環境適応能力について、火星適合因子の研究が進んだのは自分が生まれる前。

 そこから、次代の宇宙飛行士はこの因子があるものから選ぼう、などという議論もあり、宇宙飛行士選別試験時には、【適合因子有】【無】のチェック欄が出来た。

 もちろん、無のものは従来通り、宇宙ステーションや月担当になるだけだ。


 適合者の割合は、二千人に一人程度。

 同級生に、殺人者の割合だな、とからかわれたものだ。


 VRアプリ内のマンションの部屋に置いてある、青いLEDで育てる植物。あれも、火星で育てられます! を売り文句にしていた。今の自分の部屋にもあった気がする。端末操作で見飽きたからか、インテリアの一部の認識でいるな。

 壁と一緒だ。勝手に育つもんな。



 すっかりフリーズして、考え込んでいたようだ。

 ウィルディスが紅茶を飲み終わっている。


 「ウィルディス、自分は火星適合因子を持つ、適合者だ。それと、標本候補者がイコール関係だと言いたいのか?」

 「……その通りです。現在は推測のため、ニアリーイコールだとは思いますが。大いに、勘が働いてますよ」


 蛍石の力。他の石も力があると言っていた。そして、VR空間内なら石の力を使っても構わなさそうなことも。


 「……僕も火星適合者です。宇宙飛行士に、憧れたこともありました。虫歯があって、諦めましたけどね」

 「ウィルディスも、か」


 新しい紅茶が運ばれてくる。いつの間にか、ウィルディスがお代わりを頼んでいたらしい。


 「……さらに推測を、話しても良いですか」


 ウィルディスの持つ、八角形の蛍石の光が強まる。


 「……僕は結構ファンタジー作品が好きで、原作はもちろん読んで、映像化された作品も見てきました。そのせいでしょうか。標本体は、錬金術の秘術に似ていると思うのです。なんらかの条件の一致があり、蘇るーー。僕らの場合、いわゆる魂と身体、時と場の条件が重なり、標本体となったのでは……」


 急に蛍石の光が弱々しくなり、やがて消える。


 「……僕は、何を……頭が……重い……」


 「ウィルディス?!」


 ウィルディスがカフェテーブルに突っ伏した。

 ウィルディスが右手に握っている蛍石。

 ひびが入ったのに気付くと、一瞬で砂状になり、消えた。



◇◇◇



 『魔導は無いが、空想作品が普及している』


 旧管理者の関与があったのは間違いない。

ただ、いつ頃から管理放棄して、このような事態になっているか、だ。


 『標本体になる条件については、彼らの方が気付きが良いな』


 もう少し検証したい。三人目の標本体も同じ条件だとしたら。


 『シャキーラとの話を合わせると、私と元の魂の偏り方が似ているものを、地球では火星適合者と言うのか』


 各委託管理者によって、集まりやすい魂の種類に違いがあるのはこのためか。


 『そろそろユーモレックスにも報告が必要か』


 透明球ガラスドームと馴染ませるのが難しい。この方法でのは、火星適合者であり、VR端末があり、そして、元の魂の希み。


 『どうにか、標本体を増やしたいものだ』


 多少、強引な手段を使っても。



◆◆◆



 ウィルディスを運び、自分の部屋まで戻る。今こそ、蛍石の力で空を飛びたかった。意識の無い人間を背負うのは重い。とりあえずウィルディスをベッドに寝かせる。


 おそらく、石の力を使い切ったんだろう。

 なんて幻想的ファンタスティック


 そんな事を考えながら、腕を組んで上に伸ばす。疲れがほぐれていくのがわかる。

 ここに来てから、運動をしていないな。標本体になる前は、筋トレとストレッチ、軽めのランニングをしていた。いわゆる朝活というやつだ。久しぶりにストレッチをしてみる。意外とすんなり身体が反応し、伸びる。


 身体がリセットされてるとか?


 ストレッチを終え、自分の部屋に置いてある、飾り棚の石を見る。石の力で、出来ること。薔薇石英、日長石、燐灰石、紫水晶。どれも磨かれているものたち。ショッピングモールにしては、なかなかだと思う。


 そして、店の飾りとして配置されていた、水晶クラスターも購入した。インテリアとして、真ん中に据えた。


 もう少し緑色が欲しい。緑は蛍石で揃えようか。さまざまな色合いを並べ、グラデーションにするのも良い。


 自分も、蛍石を購入して、閃きを高めたい。

 まずはウィルディスが起きてから、使用感を聞いてみよう。



 ーー青い色の石が欲しい。

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