八、ウィルディスとの会話

◆◆◆



 「……良かったらこちらへどうぞ」



 ウィルディスに勧められて、彼の部屋に入る。



 中は自分の部屋と同じ、3LDKの間取りだ。

 自分の部屋とは壁紙が異なっている。

 カタログから、お値段そのままで選べるパターンがあったのだが、そのうちの一つのようだ。

 ダークブラウンの木目調の色合いが、落ち着いた雰囲気を醸し出してますーー。


 またも宣伝文句が浮かぶ。営業のかがみかもしれない。


 心で自画自賛していると、ウィルディスがお茶を淹れてくれた。ティーパックの紅茶だ。


 ……いつの間に部屋の備品を把握していたのだろう。

 よく考えたら、自分が寝てる間に時間が経っていたのか。部屋の窓から見える外は薄暗い。夜の帳が下り始める頃だ。


 ……お腹が空いてきたな。


 紅茶を飲みながら、買い物をどうするか考えていると、ウィルディスが話しかけてきた。



 「……エルレウスさん、とお呼びした方がこちらはよろしいのですよね。先程聞いた話を擦り合わせしたいのですが、よろしいでしょうか」

 「エルレウス、で構わない。自分もウィルディスと呼んで良いだろうか。ステラミラからも言われるだろうが、今後、敬語は一切不要だ。翻訳に支障が出るそうだ」

 「……構いません。支障が出る、とはどういうことですか?」



 この透明球ガラスドーム内にかかっている翻訳の魔導について説明する。

 ステラミラ達に敬語を使うとおかしな翻訳になるかもしれないと伝えた。



 「……なるほど。わかりました。あなたとお話する時は、この話し方のままでも良いですか?どうも、馴染みが無い話し方をするのは落ち着かないのです」

 「構わない」



 いきなり死んで、わけがわからないのに、さらに言葉遣いを変えろと言うのは酷だろう。

 ……そういえば、どうして彼は復元体になったのだろう?



 「ウィルディスはどうやって復元体になったかわかるか?」

 「……どうやって、とはどういうことでしょう」

 


 さて、どこまで話したら良いものか。まだステラミラには教えたくない。ここで彼に話して、伝わってしまうと困る。



 「自分は仕事の移動中、車の事故で死んだ。その後、復元体として復活した。ステラミラとの魔導的な親和性が高いものが選ばれて、復元候補者となるそうだ。ここまでは聞いてるか?」

 「……初めて聞く部分もありましたが、概ねは聞きました」



 ウィルディスを観察すると、初めてトーワンビルで会った時と同じ格好をしている。


 ……復元体として蘇る時に、着てた服も再生されるのか。そういや、自分の時もそうだったな。一個確認。


 灰色のカーディガンにベージュのパンツ。中は白シャツだ。髪の毛は染めずに、ワックスでアレンジしている。首にI.D.カードがかかっているのは、取り忘れだろう。二十代後半から、三十代前半に見える。堅い喋り方なのは、本人の性格か。


 ぐ〜〜〜。

 ダメだ。お腹が音を上げた。


 「ウィルディス、お互いに情報交換したいとこだが、後にしよう。先に生活の仕方と買い物の仕方を説明する」


 ティーカップを下げ、玄関に出るように促す。自分が先に出て、空を見た。


 ……なんだこれ?


 夜空には花火大会の花火が静止している。打ちあがる途中の白い煙玉、打ちあがって花開き、これから消える途中の花火。


 そっか、ここはVR端末の中の空間なんだっけ?


 ……え?じゃあ、外にはどうやって出るんだ?


 「……外には出れませんが、中の施設で買い物できるそうですよ」


 疑問が顔に出ていたのか、彼が答えた。


 「そうなのか?あれ、中の施設って、大型複合施設?」

 「……その通りです。フードコート有りのショッピングモールとスーパー、シネマも付いてました」


 なにそれすごい便利。

 家の近くにそんなのがあったら、通い詰めそうだ。

 ……ということは、


 「買い物も経験済みか?」

 「……VR空間に限るなら、です」


 モデルルームの備品だと思った紅茶がある理由がわかった。


 「買い物はこちらが教えてもらうことになりそうだ。ウィルディス、フードコートへ案内してくれるか?場所はアプリでは知ってるが、VR空間内を移動するのは初めてだから、一応頼む」

 「……僕もフードコートは初めて行きます。ここに来たのは、昼ですから」


 時計は時間通りに機能してるっぽい。空は昼から夕方、そして夜にかけてと、特に不自然な様子はなく、日が暮れていったとか。


 花火だけ、今見たら出てきたそうだ。

 変な感じだな、と言いながら、マンションの外へ出た。



◆◆◆


 ウィルディスに案内してもらい、マンションからショッピングモールのフードコートへ向かう。


 肉の焼けるいい匂いがしてきた。

 スパイスの効いた肉が食べたい。

 どうしても!食べたい!食べ!たい!!


 「ウィルディス、肉は正義だ。時に暴力的なまでの香りが食欲を刺激する」

 「……ステーキ定食が食べたい、ということですね」


 このテンションが上がる感じ。肉の魅力もあるが、おそらく、コーヒー切れだ。

 ステーキ定食を注文し、席に着く。


 「いただき!ます!」

 「……いただきます」


 ステーキ、ステーキ、肉がうまい。

 ガリバタ風味の肉を食し、セットについてた薄いコーヒーを飲む。


 「はあ。すまない、マタタビが効いていた」

 「……マタタビ、ですか?」


 彼は知らないのか? この空間に、不思議なマタタビの粉が、精神安定剤代わりにかけられてることを。

 

 ウィルディスの様子を見ると落ち着いている。まさか常に香りの強い何かを鼻に突っ込んでるとかじゃないだろうな。


 「ウィルディス、この透明球ガラスドーム内には、いくつかの魔導がかけられている。一つは翻訳。もう一つは興奮ーーーテンション上がる系の、ヤバめのお薬だ。実験体の精神安定のためにかけられてる」

 「……納得しました」


 そう言って、セットの紅茶を一口。


 「……仕事以外で、人と向き合って話すことなど、ほとんど無いのです。不思議な世界に来て、現実感が無いせいかと思ってたのですが。そんな効果もあったのですね」


 ぽつり、ぽつりと呟くように話す。


 ウィルディスは、普段は人見知りで、人と話すのも緊張するタイプらしい。ここに来て、ほぼ初対面の自分とこれだけ話せるのも内心驚くほど、テンションが上がってるそうだ(本人談)


 仕事用の喋り方でないと落ち着かないのも、普段プライベートでほとんど人と話さないからとか。


 ある意味マタタビの粉があって助かった。話しかけてもリアクション無しの人と、お隣さんとかちょっとつらい。


 お腹もふくれ、とりあえずVR空間の過ごし方と、透明球ガラスドームでの生活の仕方を話す。



 「そういえば、ウィルディスの会社はどんな会社なんだ?撮影の会社だったと思うが」

 「……はい、主に企業VPやPR用の映像を作る会社です。朝早くから、夜遅くまで、泊まり込み作業もあります」

 「それって、労働基準的に……」

 「双方納得済みの、納品ベース契約といいますか。法的には抵触しません、だそうです」


 ううむ。いろんな会社があるな。


 「それで、ステラミラから、ここでの生活が変わる話は聞いたか?おそらく、ウィルディスの会社の就業時間や休日も、ステラミラがウィルディスの良いように変えてくれるはずだ」

 「……特には伺ってないですね」

 「ということは、ウィルディスの今後の生活時間と、このVR空間から外に出る方法がとりあえず不明、だな」


 土日月はとりあえず休みで、火曜から出勤だ。詳しくは来週の金曜に説明するって言ってたな。


 「連絡手段とか、わからないものな。まあ、上から覗かれてるんだろうが」

 「……覗かれてるんですか?」

 「自分たちは、ステラミラの実験用の標本だ。何らかの方法で、観察されているだろう」

 

 空を見上げても、もう巨大な部屋は見えないから、あちら側から覗けても、こちら側からは見えないようなことをしているはずだ。


 「……そういえば。ここのVR空間は、入らなければ見えないのが残念だ、と言ってました」


 ……ん?


 「本当か?!」


 ということは!外から覗かれない空間内に、プライバシーが確保できる自室がある!しかも3LDK!


 「心置きなくいろいろ捗るな!」

 「……なんの心配ですか」


 思わず、顔をほころばせる。こんな笑顔、久しぶりに出た。


 「……広い部屋なので、趣味のモノをたくさん置けるのは、ありがたいですね」


 「なあ、ウィルディス、お腹も満たされたし、今日解散して、また明日、話さないか?ウィルディスも落ち着きたいだろう?」

 「……確かに、僕も疲れました。エルレウスさんと話して、緊張がほぐれたようです」


 

 また明日会うことを約束して、フードコートで別れた。




◆◆◆



 ステラミラの望みは、標本を増やして実験をすること。


 今回、VR端末が標本作りに関わってると思い、動いたが、やはり観察されていた。

 ステラミラが標本候補に近付いたのは、確信があったからだろうか?


 ウィルディスーー彼の望みが、ステラミラに関することなのかどうか。


 まあ、この推測が合ってるとは限らない。



 あの眼を手に入れたい。その望みだけが、今の自分を形作っているのだから。

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