六、契約の条件

 金曜日はステラミラ達との実験協力日だ。



 ステラミラは二人目の標本契約者を出したいが、今までの候補者たちは軒並み契約に至らずである。

 これまでに何度も聞いた。


 何か、標本契約に至るための条件があるのでは無いか、そう思う。




◆◆◆




 『実験場である透明球ガラスドームは、魔元素マギアスティに満たされた空間だ。標本とは言え、生育環境の管理は大事だろう』


 〈その通りですニャ〜!感情面が接続リンクしましたし、まるで生きてるようですニャ!大事をとって損はないですニャ!〉


 これまでと同じ、標本体本人の前であれこれと話し始めるステラミラとシャキーラ。


 再生に選ばれたこの区域には、魔元素マギアスティが無い。

 無いそうだ。

 魔元素マギアスティの無い地に生まれた人間を標本にし、いくつかの実験をする。


 それがステラミラの目的の一つのようだ。


 魔元素マギアスティが無い地だからこそ、実験場である透明球ガラスドーム内の魔元素マギアスティの環境を整えなければならない。


 また、ステラミラとの親和性が高い標本候補者を選ぶ必要がある。

 だからこそ、この区域が選ばれたそうだ。

 親和性の高い候補者が見つかる可能性が高い地であるらしい。


 ちなみに、親和性とは、魔導との馴染みやすさのことを指す。

 

 強大な魔導士であるステラミラは、魔導の制限をかけなければ透明球ガラスドーム内に入れない。


 そのままの状態で入ると、透明球ガラスドームは魔導の圧力に耐えきれず、割れてしまうそうだ。

 まだ充分な数が揃ってなく、自分がこの地の最初の標本体のため、力加減なども含め、いろいろ探りながら、らしい。


 実験と言えば、生物学系の大学に進んだ友人は、卒論の時期までに何度も実験をしたと言っていた。

 植物種子の研究だったと聞いたが、それでも何百シャーレもあり、毎度消毒と保存の手順だけで時間がかかるとぼやいていたのを思い出す。


 当然、ステラミラも標本体を増やし、個々に条件を変えて実験を行いたいそうだ。

 が、まず標本契約を結ぶまでに辿り着けていない。

 さてどうするか、というところで話がループしている。



 『いずれは仮の宿ではなく、個々の住居のようなものを利用し、標本体それぞれに割り振りたいのだが……』


 〈この区域内には個々の住居になる建物はありませんでしたニャア〉


 『全く、制約があるとは言え、実験用地の条件が限られてるのは如何なものか。n次元の干渉波の測定にはまだまだ遠い道のりだ』


 なにやら実験の目的は遠そうだ。

 n次元とか言われても、さっぱりんりんである。

 ……ちょっとハッピーなお粉の影響があるな。

 コーヒーを一口飲む。



 透明球ガラスドームの中で復元体として再生された時、まだ自分の死を認識していなかった。

 ことが理解できた時、透明球ガラスドーム内で二度目の死を迎える。

 魔元素マギアスティにこの区域の復元体が馴染めないから、だそうだ。


 自分が二度目の死から蘇ったのは、魔元素マギアスティーーステラミラの魔導によって満たされた、五次元空間の魔力元素というらしいーーとの親和性が高いためのようだ。


 それとは別に、自分はこのVR端末を怪しんでいる。


 会社で支給された端末だが、金属プレートの標本ラベルはアプリ内の、そして実物カタログのマンションの表札そのものだ。

 それに銀色のカードはVR内の買い物カードだし。アイウェアを装着して、VR空間にいる時の空の雰囲気と、透明球ガラスドーム内は酷似している。



 「ステラミラ、話の途中で済まない。この、VR端末というものがあるのだが、ここの魔導による空間と、何か関係があるのだろうか」


 最初に、ステラミラへと丁寧にしていた話し方は、すっかり無くしてしまっている。

 立場を考えると、シャキーラのように話をするべきなのかとは思う。

 標本契約でステラミラが魔主人マジカルナとなったのだし。

 が、魔導での同時翻訳が行われる際、丁寧な言葉遣いだと、いくつかの言葉の意味が伝わりにくくなるということがわかった。


 例えば魔法使い。


 魔導士、魔導と言われるので、魔法使いはいないのかと聞いてみた。

 すると、何故だかあらゆる問題を法律的に裁定する権限を持つ者の話をされた。 

 つまり、ステラミラ達が意味するところの魔法使いとは、魔導関係の法律を学び、修め、務める者ーーー裁判官を意味するのだ。


 魔導による言語同時翻訳アンド通訳はかなり優秀で、もう、翻訳様とお呼びしたいくらいだ。

 語尾の変化まで翻訳可能だが、おおもとの母語は、ステラミラ達の世界に合わせてある。

 ステラミラ達から見れば、自分など良くて実験動物モルモット、下手すれば蟻塚のアリを外側から見ているくらいの差があると思う。


 ならば、当然同じ言葉でも違う意味の言葉などたくさんあるだろうが、母語の方の意味が優先されているはずだ。つまり、丁寧語などの敬語を入れてしまうと、翻訳、通訳時に意味が伝わりにくくなるようだ。


 ……もし自分が、アリの言語を翻訳できる装置を発明しても、意味の通らない言葉とかたくさん出てきそうだな。


 そう考えると、ステラミラは、ずいぶんと研究対象の標本を、大事に扱っているものだ。



 『ほう。……エルレウス。そのぶいあーるたんまつとやらを見せてくれないか?』


 シャキーラとの話を途中で切り上げたステラミラがこちらを向いた。

 なぜだろう、発音が不思議な感じになっている。ちょっと可愛い。


 自分は、鞄から出した端末を立ち上げ、VRアプリを起動した。


 「これだ。このような画面で、向きを変えると、透明球ガラスドームの空と似ている。……あとはこれだ、マンションの表札だが、標本ラベルの金属プレートに似ていないか?これはいくつか種類があるのだが」


 そう言って、端末のホーム画面に戻り、カタログを立ち上げる。型番423-86の表札を表示する。


 『……ふむ。魔導の概念と異なる技術で進化しているのか。……だが、親和性が非常に高い。しばらく借りて良いか?』


 興味を引いたようだ。


 しかし、長く貸すとなると不都合が出るな。会社からの支給品で、仕事に使うものだ。理由を付けて、再度会社に言えば良いのだろうが、ただ記録を再現してる区域で、新しい支給品を貰えるのだろうか?在庫あるのか?

 

 そのままステラミラに疑問を聞く。


 「ステラミラ、それは区域内で支給された品だが、仕事に使っている。日常的に頻度が高い物だ。……よくわからないが、貸してしまって問題無いのだろうか?」


 『……ふむ。今日借りて、日曜の昼に返そう。返す時はシャキーラを寄越す』


 それなら事なきを得そうだ。


 日常生活は、復元体ではなく、区域の記録データの読み込みと再現だ。録画された動画を再生する感じ、と言えばよいだろうか。起こった事柄を再生しているだけだ。


 プラスアルファ、復元体に影響の無いよう、想定パターンの範囲内での会話や、仕事の進捗が発生する。ただし、あまりに先の未来の事柄は起こらない。予測できなくなるからだ。


 また、一定の範囲内の車やバイク、自転車の走行は見られない。再生されないとでもいえばよいのだろうか。


 標本契約中は、生きているとも言えないが、死んでいるとも言えない状態だ。


 それでも可能性としては事故や怪我、他に、自分はやらないが、自傷行為は考えられる。

 ……そこも見越してのハッピーなお粉かもしれない。



 『シャキーラ、少し長くいた。エルレウスへの説明を頼む。今回は見るだけだ。私はこの端末とやらを持ち帰り、調べる』

 

 そう言い置くと、上へと光りながら戻って行った。

 ……今日は長めに滞在していたな。

 魔導の制御は順調のようだ。



 〈では、説明するニャ~。時刻は明日の正午、場所は空間座標の認識齟齬があるから仕方ニャい、案内するニャ。四次元の軸はズレがニャいのに不思議ニャ~〉


 自分が住所や建物名を伝えると、本当は三次元の空間座標ーーX、Y、Z軸に当たる点ーーが、翻訳されるらしい。が、自分が空間認識能力が足りてない為、多分Z軸の概念が住所に無いからだと思うが、変な風に伝わるようだ。逆もまた、そうなる。


 ステラミラが謎の古代言語のような不思議な言葉を、歌う感じで話し、驚いたら、住所を伝えていたようだ。


 時間軸ーー四次元空間のことらしいーーは、ズレが無いそうである。もう、さっぱりんりんである。はあ。


 〈適当に暇を潰して、少し前に迎えに行くニャ〜。では明日ニャ!〉


 躑躅色の物体は、光りながらふよふよ浮かび、しばらくしてどこか曲がっていった。

 本当にウロついてるつもりだな。

 ペットショップに行くつもりだろうか。


 見送った後、ホテルから出て、コーヒーショップに向かう。情報を整理しないといけない。




◆◆◆




 ステラミラ達に伝えていないことがある。


 二度目の死から蘇る条件。


 推測だが、自分の場合は青い色への執着……この場合、ステラミラの青い瞳に執着したのだが……とにかく、理想の青色を手に入れて描くまでは、という思いが何かしら作用したのでは、と思う。



 ステラミラよりも上位の存在に会いたいのも、なんとかしてあの青色の瞳を手に入れられないかと、漠然とだが、強く求めたからだ。



 ――宝石そのものの瞳。


 水宝玉アクアマリンのように、藍方石アウイン蒼玉サファイアのように、色が移り変わり、きらめく。


 多色性という言葉を思い出す。


 多色性のある石といえば黝簾石タンザナイトだ。

 光で色が変わる性質の石と同じような瞳は、魔導の光でくるくる、きらきらと色が変わる。

 ただの青ではなく、あらゆる青色の宝石の結晶が、カットを変え、角度を変えながら瞬いているのだ。


 自宅に置いてある鉱物コレクションを思う。

 絵の具の中でも、岩絵の具は石から色を作っていることを知り、自分でも作りたいと思い石を集め出した。

 やがて、天然の石そのものや、磨き出されカットされた宝石の輝きにも、魅せられるようになった。


 ……海もそうだが、アラビアンナイトの絵本の装飾が原点とも言えるな。

 きらきらしく彩られた宝石と剣、指輪とランプの精。


 ともかく、順調にお絵描き児童として邁進していた自分は、絵の具の材料にも興味を持つ。青い素材を集め、砕き、絵の具作りをする。その過程をするうちに、石そのものにも興味を持つように至った。


 社会人になってからは、休みの日に絵を描くか、ミネラルショーの日には石を探しに行っている。


 どうしようもないほどの青色の石への希求力は、少し危険な方向へ傾いている気がする。

 ……まさか、魔導士の眼が欲しいなんて。


 そう言えば、眼球の中の成分は、硝子体と言うんだっけ。

 眼の中にガラスが入ってるなんて、と知った時は衝撃だった。しかも、ガラスなのにゼリー状なのだ。


 ステラミラの眼は、宝石だとしたら硬度いくつだろうか。



 手の中のVR端末をいじりながら、とりとめなく思う。


 明日、どのように接触するか。


 もしかしたら、二人目の契約者ができるかもな、そう呟いてコーヒーを飲んだ。

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