二、黄昏は逢魔が時

 小さい頃、家族と親戚で海に行った。

小学校へ上がる前、もうすぐ六歳の誕生日の夏だ。普段会わない親戚のおじさんや、従兄弟、そして祖父母もいた。母方の集まりで、なぜかみんなで旅行に行く事になったのだ。



 初めて行く海。

 気持ち良く晴れた日で、雲一つ無い空、どこまでも青く広がる海、みんなの笑顔。従兄弟達との水掛け合いや、ただ走ったり、貝を探して飽きたら砂で山や城を作ったり、じいちゃんを砂で埋めたり。大人も子供も、みんな楽しんでいた。

 帰宅後に、あんまり楽しかったから、おえかきちょうに絵を描いた。当時こども園のあじさい組で、担任の先生が、折り紙や工作、特にお絵描きに力を入れていた。



 『楽しかったこと、面白かったことを絵にしましょう』と、毎学期に二冊、園で使う用と家用におえかきちょうを買わされたのよ、と後に母が笑いながら言っていた。

 青い海と、空と、みんなの笑顔と、砂に埋めたじいちゃん。青も、ただの青じゃつまらないなって思って、クレヨンと、色鉛筆と、絵の具と、マジックと、合わせてみたんだ。色とりどりの青を使った絵は、六歳とは思えないほど、なかなか良く出来たと思う。父も母もよく描けてるねと褒めてくれた。


 ちょうどその時期、母がよく行くスーパーで、子供の絵画コンクールの募集のポスターが貼ってあった。母がこれに応募しようかと言って、うん!とうなずいた。

その時の青を組み合わせた絵が、絵画コンクールで銀賞を受賞した。


 ―――描くことが特別になったことの始まり、だった。



◆◆◆



 『今回も---か』


 誰かの声が聞こえる。幼い頃の夢を見ていたようだが、どれくらい眠っていたのだろうか。

 ゆっくりと目を開ける。


 『驚いたな。初めて成功した』


 青い瞳の魔導士ステラミラ。何故か脳裏に名前が浮かぶ。

 実際に、目の前に浮かんでいる。人が。

 女性??

 頭がツキリと痛む。そう。あの時。横断歩道を渡ろうと。車が突然。ひしゃげたガードレール。ひしゃげた自分の体。曲がった骨、せり上がる温かい赤いもの……。


 「死んだはずだ」

 『そう。君は死んだ。あの場所で。さっき死んだことを思い出し、もう一度死んだだろう?』

 「ここは死後の世界か?」

 『そうとも言えるし、そうでないとも言える』


 混乱する。もう一度死んだ?言葉を反芻し、納得する。自分が死んだことを確かに思い出した今、起きる前のあれは、二度目の死を体験したということか。

  死後の世界にしては、街並みもそのままで、自分が幽霊となっているかのような感じがする。

 残留思念がうんぬんと言ってなかったか……?


 「魔導士ステラミラ、さん?と呼べば宜しいでしょうか……?残留思念とはなんでしょう。ここはどこでしょうか」


 わからないことは聞いてみようと、とりあえず現状を全て把握してそうな人物に問う。


 『混乱状態からの立ち直りが早いのは残留思念の特徴だ。ここは君たちが地球と呼ぶ星の国の一つ、区域の一つから記録を読み込み、復元した場だ。外側から見ると透明な球に入っている。死んだ者の記録を復元すると、稀に残留思念として甦る』

 

 ますますわからない。

 いっぺんにたくさん話された情報を頭で整理するのは、営業で慣れてきたところで、営業成績を考えると、むしろ得意な方では、と思う。

 しかし、一つ一つの言葉の意味が飲み込めない。総じて、わからない。だが、感情は不思議と波立たない。なんだこれは。


  「すみません、もう少しわかりやすくご説明お願いします」

 『ふむ。実験協力にあたって、契約前の説明が必要か。シャキーラ』


 ぱちんと指を弾くと、魔導士の隣が光りだす。光りが集まってーーー。


 〈お呼びですか魔主人マギカルナサマ〉

 躑躅つつじ色の猫らしき光る生き物が、浮いていた。


 『例の契約について、説明してくれ』


 〈畏まりました!ついに実験体が現れましたか!喜ばしい限りです!〉


 躑躅色の物体は、ふるふると震え、光りが乱反射している。


 〈では、早速お名前から頂戴します!生前のお名前は忘れ、標本名を頂きたく思います。ご自分で付けられるか、こちらにお任せ頂けるか。お選びください!〉


 『大丈夫そうだな。あとは任せる』

 そう言って、ステラミラは入ってきた場所へと、浮かびながら消えて行った




 なんだかよくわからないままに、何かが始まろうとしている。


 ふと空を見ると、黄昏色ーーー逢う魔が時に変わっていた。

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