絡繰舞台・玖


 鴉取と三毛縞が八咫烏館へと帰る頃には、もうすっかり夜も更けていた。

 東都駅周辺は昼間の賑わいが嘘のように人一人歩いておらず、ガス灯の灯りが照らす道は不気味なほどに静まり返っている。


「すっかり遅くなってしまったな。体は大丈夫か」

「逆に元気になってきたよ。もう一晩くらいなら徹夜できる気がするよ」


 徹夜で倦怠感を覚えていたはずの体は限界を超えたらしく、三毛縞は逆に元気になっていた。

 まるで酒に酔ったような高揚感を覚えつつ、鴉取の前を歩く。


「これは駄目だな……帰ったらすぐに寝床に放り込まないと」


 明らかに様子がおかしい友人の姿を見て鴉取はやれやれと息をつく。

 アパートへ向かう最後の曲がり角を先行した三毛縞がぴたと足を止めた。


「——————」


 あの高揚感はどこへやら。三毛縞は一点を見つめたまま固まっている。


「どうかしたのか?」

「……鴉取、これ」


 まるで頭から冷水でも浴びたかのように、我に帰った三毛縞は声を震わせ前方を指差していた。

 鴉取は急ぎ足で彼のもとに駆け寄り、その大きな背中を追い越して示された方を見た。 

 ガス灯が照らす道。烏が鳴いている。

 その足元の石畳を濡らすのは、赤の水たまり。

 その中心に倒れているのは洋装の女。髪が乱され、髪飾りが真っ二つに破れている。首元には大きな噛み跡。そこから血が滴り大きな血溜まりを作っていた。

 仰向けに、顔を横に向いて倒れている。その目は虚空を見つめていた。

 呆然としている三毛縞の横を通り、鴉取は血溜まりを踏みながらその女のもとにひざまずく。右手を首元に置いた。


「——ミケ、交番からお巡りを呼んできてくれないか」

「……医者じゃなくていいのか」


 三毛縞の震えた声に鴉取は立ち上がり頷いた。


「——嗚呼。彼女はもう、死んでいるよ」


 ひゅっ、と三毛縞は息を飲んだ。


「連続通り魔か」

「とうとう、死人が出たな」


 とうとう最初の死者が出た。鴉取は当たりを見回してどこかおかしげにくくくと笑う。


「鴉取?」

「もはやこれは怪異ではないよ。三毛縞。これは、化物の仕業だ」


 警察が近づいてくるまで、彼はくくくと笑っていた。

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