隠レンボ・伍


「お兄ちゃん、みんな呼んできたよ!」

「ああ、ありがとう少年」


 少年は鴉取の指示で、一緒に遊んで来ていた子供たちを連れて来た。

 女子が二名、男子が三名。行方不明のうめを含め計六人で隠れんぼをしていたようだ。


「遊んでたのはこれで全員だよ」

せーちゃん。そのお兄ちゃんたちはだあれ?」

「うめちゃんが見つかったの?」


 急に召集された先にいた見知らぬ男たちの姿に子供たちは不思議そうに二人を見上げた。


「このお兄ちゃんたちが一緒にうめちゃんを探してくれるって。早く見つけないとうめちゃんが鬼に食べられちゃうかもしれないんだ!」


 少年のたどたどしい説明に子供達は状況が飲み込めていないように首を傾げた。


「詳しい説明は後だ。急がないと日が暮れる」


 真っ赤に染まっていたはずの空は徐々に暗くなり始めていた。

 鴉取は足元に集まる小さな少年少女に視線を下ろし、口を開く。


「さて、少年少女。もう一度隠れんぼをはじめよう。今度は私と私の友人も参加させてもらいたい」


 鴉取が気合いを入れるように手袋をつけ直すと、子供たちは目を瞬かせた。


「今はうめちゃんを探してるんだよ! 隠れんぼをしている暇なんてないよ!」

「そうだよ! うめちゃん早く見つけないと暗くなっちゃうんだ」


 非難轟々の鴉取。けれど顔色変えることなく、子供達を見据え鎮まらせるために人差し指を口元に当て、しーっと低い息を吐く。


「その少女を探すために、隠れんぼをするんだよ。君たちのいうとおり早くしないと暗くなる。さぁ、鬼は俺がするから……早くお逃げ」


 有無を言わせぬように鴉取が顎で合図をすると、子供たちは顔を見合わせた。


「せーちゃんどうする?」

「今はあの黒いお兄ちゃんのいうとおりにしてみようよ!」


 そうして少年の鶴の一声で、子供たちは半信半疑のまま散り散りになった。

 蜘蛛の子を散らすように子供たちは点々ばらばらにどこかに消えていく。残されたのは大の大人が二人。


「ミケ。なにをしている。君も隠れるんだよ」


 隣で突っ立っている三毛縞に鴉取は呆れたように声をかける。


「え……本当に僕もやるのかい?」

「無理して参加しなくてもいいが……やらないと、君だけ蚊帳の外だぞ? ここで一人で待っているというなら構わないが」

「なんだか仲間外れにされる気分で気に食わないな。よし、分かった。久々にやってやる」


 その言葉に三毛縞は無駄にやる気がこもった眼差しを浮かべ小走りで鴉取の傍から離れていった。

 そして一人取り残された鴉取は子供たちの姿が見えなくなると紅い目をゆっくりと閉じる。


「ひとぉつ、ふたつ、みっつ、よっつ……」


 ゆっくりと数を数える。

 目を閉じたことにより、聴覚が研ぎ澄まされていく。

 うめの名を呼びながら探し回る大人の足音。隠れ場所を探す子供たちの足音。そしてそれとは違うもう一つ——なにかを引きずるような重い、鈍い足音。


「————もういいかい」


 低い声音が路地裏に響き渡る。

 返事を待つこと、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ——。


「————もういいよー」


 しばらく間があいて方々から声が聞こえると、鴉取はゆっくりと目を開けた。

 足元を見ると長く伸びる影。それを見下ろしながら、数度瞬きすると夕焼け染まる住宅街の中をゆっくりと歩きまわり始めた。

 忙しなく走ることはない。普段通りの速度で鴉取はゆったり歩いていく。

 隠れている気配は全てで六つ。


「ぼうや、見つけた」


 家の裏に隠れている少年を鴉取はいとも簡単に見つけた。


「お嬢さん。みぃつけた」

「みつかっちゃった!」


 納屋の中、家の影、木の後ろ——鴉取は迷うことなく次々と隠れた子供達を探し当てる。


「にいちゃんすごいな! なんでわかるの?」

「俺は目がいいんでね」


 見つかった少年が悔しげに鴉取を見上げると彼は得意げに前髪に隠れた紅い目を指差す。


「あと見つかっていないのは?」

「異人のにいちゃんと……うめちゃんだけだよ」


 見つかった子供達が鴉取を囲むように集まってくる。

 助手の名前を耳にすると鴉取は可笑しそうにニヤリと笑った。


「ミケは俺でなくとも君たちでも簡単に見つけられるだろう」


 試すように笑うと、子供たちは三毛縞を探しに行った。


「にぃちゃんみぃつけた!」


 間髪入れずに少年の声が聞こえた。

 声のする方向に鴉取が足を進めれば、民家の脇に積まれた薪の陰に三毛縞は隠れていた。

 否、本人は隠れているつもりなのだろうが、蹲っていたとしてもその大きな図体は薪の山からはみ出ており隠れているとはいえたものではない。


「やぁ、ミケ。これが頭隠して尻隠さず、というやつかい」

「この図体じゃ隠れる場所なんてないさ。というか、鴉取。君、わざと僕を最後まで見つけなかっただろう!」

「はて……なんのことやら」


 三毛縞に詰め寄られると、鴉取はしれっと視線を逸らす。


「ははっ、兄ちゃん下手くそー」

「黒い兄ちゃんは見つけるのすごい上手だったよ」


 子供たちはけらけらと笑いながら鴉取や三毛縞の手を掴み揺らす。

 すっかり子供たちと打ち解けられ三毛縞も鴉取も表いつもより表情が柔らかくなっていた。


「——さぁて、残すはお嬢さんだな」


 その言葉に周囲はしんと静まり返った。

 やはりどこを探してもうめの姿は見えない。鴉取がゆっくりと道を歩きだすと全員がその後に続いた。


「鴉取、やはり警察に知らせた方が——」


 三毛縞の言葉を遮るように、鴉取は自身の口元に人差し指を当てた。


「いっただろう。俺たちはもう怪異に巻き込まれている。唯の人間に助けを求めたところで無駄だよ」

「巻き込まれたって、さっきからなにも変わってないだろう」

「本当にそう思うかい? 周りを、見てご覧」


 その言葉に三毛縞と子供達は周囲を見回した。

 一見なにも変わらないように見えるが、一つだけ感じる違和感。


「……僕たち以外の人がいないよ?」

「そうだよ、父ちゃんたちがいない」


 そう。そこには隠れんぼを行っている者たち以外の人間がいなかった。

 先ほどまでうめを呼んで探し回っていた大人たちの姿がなく、辺りは不気味に静まり返っていた。


「ここはもう異界だよ。俺たちは怪異に巻き込まれたんだ」

「……ぼくたち、どうなっちゃうの?」


 先ほどまで楽しげに遊んでいた子供たちの表情が不安で曇りだす。

 気がついてみたら明らかに現実とは異なる異界。三毛縞も不安に駆られ始める。自分が巻き込まれたことに対してではなく、子供達を巻き込んでしまったことに対してだ。 


「鴉取、子供達まで巻き込んでよかったのか!」

「子供は存在自体が特別なんだ。一度にこれほど沢山の子供達が異界に迷い込めば、そこに必ず歪みが生じる」


 三毛縞に叱られても鴉取は一切余裕の表情を崩さなかった。


「心配せずとも君たちは俺が必ず守る。だから、先ほどのように無邪気に楽しんでいればいい。さすれば悪いものなんて寄ってはこないよ」


 子供達を安心させるように鴉取は微笑んだ。


「——さぁ、一緒にうめを迎えに行こう」

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