隠レンボ・陸
「鴉取、急がないと日が暮れるぞ」
「まぁまぁ……そう慌てるな」
焦る三毛縞を鴉取は冷静に落ち着けと宥める。そして鴉取は目を細め、地面をじっと凝視した。
「お兄ちゃん、なにを見てるの?」
「地面の影の数を数えてご覧」
鴉取は自分たちの前に伸びる細長い影を指差した。
子供達は言われるがままに影の数を指差し数えはじめる。
「ひとつ、ふたつ、みっつ…………あれ?」
影を数えた子供たちは違和感を覚え、何度か数を数え直す。
「影が八つ……」
影の数を数えた三毛縞が驚き息を飲んだ。
ここにいる人間の数と地面に伸びる影の数が一致していなかった。
今いる人間は全員で七名。そしてその七つの影の中に紛れ、本来あり得ないはずの八つ目の影が伸びていた。
「この影が、鬼だ。私たちに紛れてうめを探そうとしている」
鴉取がその影を指差すと、それ人形からすうっと丸い形に変化して逃げるように前方に移動した。
こちらの様子を伺うかのようにその影は六尺ほど離れたところで止まった。まあるい影はまるで地面にぽっかりと穴が開いているようにも見える。
「こいつがうめを食おうとしてるのか! オイラがやっつけてやる!」
ガキ大将風の大柄な少年が息巻いてその影へと歩み寄る。
足を振り上げ、その影を思い切り踏みつけようとした瞬間——鴉取は少年を後ろから抱え上げた。
「うわっ! なにすんだよ!」
「馬鹿者。あれが鬼だといっただろう。触れたら少年が喰われるぞ」
「ただの影だろ!」
軽々と抱えあげられた少年は手足をじたばたと動かし抵抗する。
注意をしても聞こうとしない少年に鴉取は困ったようにため息をつき、彼を安全な場所へ下ろすと、足元に落ちていた小石を拾い上げ、影の上に放りなげる。
「見てみるんだ。コレがただの影に見えるか?」
「——ひっ」
石が地面に落ちた瞬間、子供たちは息を飲んだ。
鴉取の放った小石は影に当たった瞬間、底なし沼に沈むかのようにとぷん、と飲み込まれていった。
それだけではない。次の瞬間、影の中からぼりぼりと石を食っていると思われるぼりぼりと硬い咀嚼音が聞こえてきたのだ。
「う、うわああっ!」
子供達はあまりの恐怖で腰を抜かし鴉取と三毛縞の足にしがみつく。三毛縞はそんな彼らを宥めるように頭を優しく撫でた。
「怖いよぅ」
「……お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「なぁに。心配することはない。アレは既に鬼役の俺に見つかっている君達に危害を加えることはないよ。触れさえしなければな」
「で、でもっ……うめちゃんがあいつに見つかっちゃったら……」
「——喰われてしまうなぁ」
くつくつと可笑しく笑う鴉取に、少女は口元を押さえ目に涙を浮かべた。
もしあの小石が人間だったらと考えるだけでぞっと身の毛がよだってくる。
「鴉取!」
「嗚呼、すまない。子供達の反応が良くてついうっかり」
子供たちの顔色が蒼白に変わるのを見た三毛縞は脅かしすぎだと鴉取を諌める。しかし当人は悪びれた素ぶりなく口角を上げた。
「そんなに案ずることはないよ。アレより先に俺たちがお嬢さんを見つければ良いだけの話だ」
「でもずっと探していたけど、うめちゃんどこにもいなかったよ!」
「お嬢さんは俺たちより先に怪異に巻き込まれた。だから、彼女は絶対にこの異界にいる……隠れんぼはまだ終わっていない。俺から離れないようについておいで」
鴉取が動き出すと同時に、丸い影も動き出した。
どちらの鬼がうめを見つけ出すが早いか勝負が始まったわけである。
鬼より先に少女を見つけなければいけないというのに、肝心の鴉取は急ぐ素振りを見せずいつもの速度で歩みを進める。
「お兄ちゃん、そんなにのんびりしてて大丈夫なの?」
「ああ。鬼もうめの居場所をわかっていないようだ。うめは余程隠れるのが上手なんだな」
子供達に少女が隠れそうな場所を尋ねながら一つ一つ探していくが、彼女の姿はどこにもない。
「うん。うめちゃん、隠れんぼがとっても得意なんだ。いつも一番最後まで見つからないの」
「それはそれは……鬼も血眼になって探すわけだな」
住宅街の中を一同は歩き回る。
これだけ民家が密集しているというのに、外や家の中に人の気配を一切感じない。
「……家の中にも本当に誰もいないの?」
「ここは俺たちがいる世とは違うからな。俺たち以外の人間は一人もいないよ」
真っ赤な夕焼け空の下。鴉の鳴き声ひとつない。先ほどまで鳴いていたはずのひぐらしの声も聞こえやしなかった。
鴉取を先頭に子供達がそれぞれの服の裾を持って繋がり、その子供達を守るように一番後ろに三毛縞が続いていく。
けれど探せど探せど見つからず、いよいよ子供たちの最後の心当たりの場所に到着した。
「此処だな」
「うん。この辺りで隠れられそうな場所はもうここしかないよ」
そこは祠だった。
ちょうど幼い子供であれば隠れられそうな祠。
「此処は探さなかったのかい?」
「そういえば。誰も探してなかった。僕たちも今祠のことを思い出したんだ」
「祠の結界飲まれたんだろう。そこにはあるが、無意識に君達の認知からこの存在が消されていたのかもしれないな。だが、少女は運がいい……こういう場所は悪い者はおいそれと入り込めないからな」
鴉取は感心しながら左手の手袋をはずした。
中から現れた人間のものとは程遠い鳥の鉤爪に子供達はぎょっとして固唾を飲んだ。
「お兄ちゃん、その手本物なの?」
「作り物だといいたいところだが、残念ながら本物なんだ。さぁ、危ないから離れておいで」
鴉取は子供達に自分から距離を取るように促す。そして左手で祠の扉に手をかけて一気に開いた。
深淵広がる闇の中、確かに少女の気配がひとつ見えた。
「……いた」
鴉取が少女の元に歩み寄ろうと、祠の中に足を踏み入れた時だった。
彼の体が見えない力に引っ張られるように祠の中に入っていく。暗闇の中に飲み込まれるようにし鴉取の姿は消え、そして扉はばたんと閉じる。
「——鴉取!」
目の前で友人が消えたことに三毛縞は驚き目を見開き、慌てて祠にかけよった。
すぐに祠を開けようと全力で扉に力を込めるが、それは硬く閉ざされ開く気配は一切ない。
「鴉取! 鴉取! おい、大丈夫か、鴉取!」
どれほど呼びかけても、扉の向こうから友の声が返ってくることはなかった。
こうして祠は鴉取を飲み込み、その場に三毛縞と子供たちが取り残されたのであった。
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