2.いらっしゃいませ

 さて、君もそろそろ何でも屋の仕事がわかってきたかな。ただ黙って立っている「でくのぼう」じゃないってことぐらいは分かっただろう? ああ、そこは通らない方がいいよ。なにせ小鳥の通り道だからね。毎日、昼になるとそこの木に集まってお昼ご飯を食べるんだ。やあ、小鳥さんこんにちは。今日もいい天気だね。ん? なに驚いてるんだい? 僕は空港の何でも屋だよ。たくさんの言葉を話せるって、さっき教えたじゃないか。もちろん小鳥の言葉だって話せるに決まっているだろう。そうだ、小鳥たちがこの空港の一員になったときのことを話してあげようか。あれはそう、三年前の話だね。

 僕が何でも屋としてデビューして間もないころだった。そのころはみんなツンツンしていてね。なんでかって言うと、鳥が空港の中にってきて大変だったからなんだ。不潔だなんだってお客様の苦情が多かったんだよね。一番イライラしてたのは掃除のおばちゃんたちだね。僕に会うたび、

「あんた空港の何でも屋だろう。何でもしてくれるんだろう。だったら小鳥たちをどうにかしておくれよ。私たちはちゃんと掃除してるっていうのに白い目で見られるんだよ」

なんて言ってため息をついた。

 あと、植木屋のおじさんも怒ってた。今ではこの空港のシンボルとなっているあの大きな木ね、あれを植えたのがちょうど同じころなんだ。その新しい木に小鳥が止まるもんだからおじさんはかんかんだよ。

「俺が一生懸命育てた木に勝手に止まりやがるんだ。あの鳥たちは」

 僕も新人ながら何とかしたいって気持ちになっていた。そこで僕は勇気を出して小鳥に話しかけたんだ。

「やあ。元気かい、小鳥さん」

 小鳥は少しあたりを見回して首をかしげた。空耳とでも思ったのかな。

「小鳥さん、もう少し下だよ。僕、僕」

 小鳥は僕を見て、目を真ん丸にした。

「あれえ。こりゃ驚いた。君、小鳥の言葉が話せるんだね」

「ああ。僕は空港の何でも屋だよ。たくさんの言葉が話せるんだ。もちろん鳥の言葉だって話せるよ。ねえ、もう少し近くで話さそうよ 首が疲れちゃうから」

 小鳥は羽ばたいて、僕の肩にとまった。

「で、なにかぼくに用かい?」

 賢そうなクリクリとした目をめいっぱいに広げて、小鳥は聞いた。

「うん。君たち、どうして空港の中に入ってきちゃったんだい? みんな困っているんだよ」

 僕が聞くと、小鳥はさらに目を大きく広げた。

「ぼくたちが入ってきちゃいけない? ぼくたちはここの近くにある森に住んでたんだ。でも、木が切り倒されて住む場所をなくしちゃった。やっとの思いで見つけたんだよ。新しい家。なんで出て行かなきゃいけないんだ」

小鳥は僕の耳元で一生懸命訴えた。ほかの人にとってはただ鳴いてるようにしか聞こえなかったろうけど。

「それは本当に申し訳ないと思ってる。でも、僕たちも困っているんだ。掃除のおばちゃんとか植木屋のおじさんとか、ほかにも……」

「え、今、植木屋のおじさんて言った?」

 小鳥は、なぜか植木屋さんという言葉にピクリと反応した。そして、さらに声を大きくして僕に話しかけた。

「植木屋のおじさんとお知り合いなら教えてあげてよ。あの木、てっぺんの葉っぱを虫に食われてるよ。ぼくたちも精一杯、虫を退治してるんだけど追いつかなくて。人間なら変な液をかけておわりだろ」

 小鳥の声は必死だった。でも僕は困ったよ。

「あの、ごめんね小鳥さん。僕は確かに百万の言葉が話せて小鳥さんの言葉も話せるけど、人間以外の言葉がわかることは誰にも言ったことがないんだ」

 小鳥はきょとんとしたままだった。それから小さく震え始めた。

「じゃああの木はそのままなの? はやくなんとかしないと死んじゃうよ。やっと伝えることができたのに。そんなあ」

 小鳥はピーピーと鳴き叫ぶ。僕はその時にはとても後悔してた。そうだ。僕はなんのためにここにいるんだ。これは、僕にしかできない仕事なんだ。

 植木屋のおじさんに小鳥に言われた通りのことを教えると、おじさんはすぐさま確認しに行って、青ざめた顔で脚立から降りてきた。おじさんは相当気落ちしているようだった。

「ほんとだ。こんなことにも気づかないなんて植木屋失格だ。それにしても、お前よく気が付いたなあ」

 僕はごくりとツバを飲んでうつむいたまま口を開く。

「植木屋さん、僕、自分で気が付いたんじゃないんです。小鳥さんに教えてもらったんです。小鳥さんがあの木にずっと止まってたのはあの木の虫を食べてあげてたからなんです。嘘だと思うかもしれませんけど、本当なんです」

 一気に言って顔を上げると、おじさんはやっぱりポカーンとしていた。

「僕は、たくさんの言葉が話せる空港の何でも屋です。小鳥の言葉だって話せるんです」

 おじさんはゆっくりと目をつむって、うんうんとうなずいた。

「わかった。信じるよ。木の病気に気づいたのは小鳥なんだな。それなら納得だ。木の病気がお前にわかって俺にわからないわけがないからな」

 おじさんはにやっと笑って白い歯を見せた。僕はほっと胸をなでおろす。

「伝えてくれてありがとう」

 突然おじさんが頭を下げたので僕は慌てて手を振った。

「いいえ。教えてくれたのは小鳥さんです。ありがとうなら、小鳥さんたちに言ってください」

 おじさんはまた少し考え込んでから、大きくうなずいた。

「そうだな。もう小鳥を追い出すなんて言わん。でもお前のおかげで小鳥たちの言葉が俺に届いたんだ。これからもがんばれよ、何でも屋さん」

 手を振って去ったおじさんの背中を見ながら、目頭が熱くなったね。そのときはじめて百万の言葉が話せるっていう特技に誇りを感じたよ。この特技を生かしてずっとこの空港で働こうと思った。なあんて、僕のことはまあいいんだ。

 それからおじさんは宣言したとおりに、小鳥たちを追い出そうと言わなくなった。それどころか、いろんな人に小鳥たちを空港の仲間にしようと声をかけてくれたんだ。最初は嫌な顔をしていた掃除のおばちゃんたちも、いつしか小鳥たちに勝手に名前を付けるほど可愛がるようになった。それで、この空港のシンボルはホームにある大きな木と小鳥たちってことになったんだ。

 やあ、こんにちは。羽の調子はいいみたいだね。ああそうか。空港の中は雨が降らないもんね。うん? 君は空港を出ていくのか。それは残念だな。まあ旅はいいものだからね。思い切り楽しんできて。あははっ、そうだね。空であったら、君の方が飛行機をよけてくれよ。うん。それじゃあ。

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