空港の何でも屋

@miura_umi

1.はじめまして

「いらっしゃいませ」

「ありがとうございました」

「よい旅を」


 様々な声が行き交う空港。そのすみっこに、ただ黙って立っている従業員がいる。

 何をしているのかわからない。そもそも本当に従業員なのかも怪しい。


 それが、この僕。

 もちろん僕はれっきとした空港のスタッフだよ。お客様のサポートをするんだ。正式には「多国籍言語使用お客様案内係」っていうんだけど漢字がいっぱいで難しいから僕は勝手に僕のことをこう呼んでる。「空港の何でも屋」ってね。かっこいいだろ。僕のお仕事は簡単だ。空港内を歩き回って困ってそうなお客様がいたら助けてあげる。ただそれだけ。え? そんなの誰でもできるって? そうだなあ。そうかもしれない。でも、君はきっと僕のような「何でも屋」にはなれないよ。だって僕は誰にも負けない特技を持っているからね。僕は、たくさんの言葉を話すことができるんだ。



 しかたないなあ。そんなに疑うんなら、よしきた。僕の仕事を見せてあげるよ。

 ほら、あそこで行ったり来たりしているおじいさんがいるだろ。僕はああいう人を探して、見つけたら声をかけるんだ。

「お客様、どうかいたしましたか」

 お客様の使う言葉がわからないときは、最初はこの国の言葉。間違ったらマズいからね。

「ゴミ! ゴミ!」

 あれあれ。僕のこと指さしてゴミだって。こんなことされちゃあ、せっかく声をかけた優しいこの国の人もさっさといなくなっちゃうよな。そこで怒らないのがこの国の人のいいところでもあり悪いところでもあると僕は思ってるんだけどね、うん。

 でも今の話し方でだいたいこの人がどこから来た人かわかったぞ。

「お客様、どうかいたしましたか」

 僕はまた同じセリフを繰り返した。今度は違う国の言葉をね。

「ゴミを捨てたのに誰も彼もわしのところにゴミを持ってくるんじゃ。しかも笑顔で。わしをバカにしているのか!」

 とまあ、こういうことをおじいさんは一息で言いのけた。

「お客様、この国ではゴミはゴミ箱という決まった場所に捨てなくてはならないのです」

「なぜじゃ。わしの国ではみんな好きなようにゴミを捨て、それをゴミ拾い屋が拾って歩くのじゃが」

 ほうほう、だからおじいさんはゴミを置いて行ったんだな。ほかの人は、おじいさんが「ものを忘れていった」と思うだろうけど。

「この国には人がたくさんいるので、みんな好き勝手にゴミを捨てていくと、拾って歩くのも追いつかないくらい町にゴミがあふれてしまうのです。だから、ゴミをひとまとめに置いてゴミを拾う手間を省くようにしているのです」

 おじいさんは少しムムムとうなって、それから顔をぱっと明るくさせた。

「なるほど。それは名案じゃ。私の国でもさっそく取り入れよう」

「ありがとうございます。そのゴミは、今回は私が預かり、捨ててきます」

 そう言っておじいさんが手に握りしめていたものを受け取ろうとすると、おじいさんは笑顔で首を振った。

「いやいや、これはやはり捨てるのはやめた。自分の国に帰ってやりたいことを見つけたのでな」

 ゆっくりと開かれたおじいさんの手のひらにはきれいな指輪がちょこんと転がっていた。

「え?」

 僕は首をかしげる。するとその時、向こうの入国ゲートの方から黒服の男たちが猛ダッシュでこちらへ駆けてきた。

「お客様、空港内では走らないで!」

 案内窓口のお姉さんが厳しい声で言うけど黒服たちは止まらない。そしてなんと、僕に突進してきた。

「お前、何をしている!」

 黒服たちは僕の腕を抱え込んでがっちり固め、そう口々に言った。ちょっと、ちょっと待ってよ、僕が何をしたっていうんだ!

「これお前たち。その人を離さんか」

 静かで、でもはっきりとした声が隣から聞こえてきた。おじいさんだ。とたんに黒服たちは僕から手を放してバンザイのかっこうをする。そして言った。

「王様、私たちはなにもしておりません」

 お、王様だって? 僕はおじいさんの顔をまじまじと見た。

「お客様、もしかしてこの方々はお客様のお知り合いですか?」

 僕は丁寧におじいさんに聞いた。慌てていても顔には出さないのが本物の何でも屋ってもんだ。

「ああ、そうじゃ。こいつらはわしのボディーガードじゃ。上手く巻いたと思っていたがどうやらわしの居場所を突き止めたみたいだな」

「王様、はやく国へお戻りください」

 黒服の中の一人が困った様子でおじいさんに言った。

「嫌じゃ」

 黒服の肩が一気にがっくりと下がる。

「と、言おうと思っていたがやめた。わしは国に帰ってゴミバコを作るのじゃ」

 さっき下がった黒服の肩がピンと上がった。

「王様、よくぞ決断してくださいました。さあ帰りましょう。早く帰りましょう」

 歓声を上げた黒服達は嬉しそうにおじいさんを連れて行こうとする。

「まあ、少し待て」

 そう言っておじいさんは僕の方に向きなおった。

「これをあげよう」

 おじいさんが差し出してきたのはさっきの指輪。戸惑っていると、黒服が間に入ってそれを止めた。

「王様、それはわが王家に伝わる宝!」

「いいのじゃ。この者は私にやりたいことを授けてくれた。この者がいなかったらわしはまた逃げるところだったぞ」

 おじいさんの言葉に、黒服はしぶしぶ下がる。おじいさんは僕の手を取って、人差し指に指輪をはめながら言った。

「これをいつもつけていなさい。これはわしからの感謝のしるしだ。きっと君に幸運をもたらすだろう」

 僕の人差し指にはまった指輪はすぐ僕になじみ、ひかえめに輝いた。決して輝きすぎはしない、品の良い輝きだ。

「ありがとうございます。大切にします」

 僕が笑顔で頭を下げると、

「わしからも礼を言う。ありがとう。では、またどこかで会おう」

 おじいさんはにやっと口の端をあげて笑い、黒服に連れられて出国ゲートに消えていった。

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