第15話温故知新の可愛いいものたち
「これが例の記念すべき、第一冊なんだろう? もっと小さいと思ってた」
「本当、思っていたのより大きいね」
「そうだね、あんまり小さいと失くす恐れがあるからじゃないのかな」
「そうか、そりゃそうだ」
みんながおーさんの周りに集まっていた。おーさんの掌には小さな本が載っていたが、しかしその手には白い手袋がはめられていて
「開いてみようか」
おーさんは同じように手袋をはめた反対側の指先で、本をゆっくりと開いた。開いても、その本は大人の掌よりも小さかった。しかしそれはまさしく本だった。紙に、まっすぐな線のように見えるものが印刷されている。
「この極秘計画ぐらいが、一番最初にやりやすいと思ったんだろうか? 」
「それも一理あるとは思うね」
「見て見たいな」
「イーサン、虫メガネ持ってるの?」
「いやカメラならある」
「そうか、顕微鏡機能のついているやつね、やってみようよ」
おーさんは開いていた本を、とてもゆっくり閉じた。まずは表紙、表紙にも黒つぶれしたような模様のようなものがある。小さめのカメラを本にぎりぎりまで近づけ、映像を見てみた。
「見える? イーサン? 」
「んー遠い!」
「遠いってどういうこと?」と若さんが言って、自分も見て見たが、イーサンの表現は間違ってはいなかった。まるで夕焼けの荒野の一番先に、小さな車の点が見えるような感じだった。でもそれはも違いなく文字だった。
「日本・・・だろうね」
「そう思う・・・視力検査の2,0みたいな小ささだな、表紙がこれなら無理だわ、読みたいとも思わない」
「屋外で虫眼鏡で見ようものなら、一瞬で燃えそう」
「そう考えて作っているんだろう」
「でしょうね」
つまりこれは極秘書類をマイクロ化したものだ。今使用している記憶媒体が万が一駄目になった時、これならばと開発された。紙は和紙を極限まで薄くしたもので、強度は十分。インクもそう、江戸時代、火事が多いため帳面を井戸に投げても大丈夫だったということから、墨を、これまた極限までにじまないようにしたものを使っている。文字が書いてはあるが解読には専用の機械か、それが無くなっても最悪、虫眼鏡で見ることができる。しかしそうした場合はどれくらいの時間がかかるのかわからない。だが、電磁波などによる、データーの消失ということにはならない。が、である。
「失くしたら大変だね」という最大の弱点はどうしようもない。だがきちんと装丁された、美しい本だった。
「部長が文句を言っていたんだ、どうして赤にしたんだって、でも試作品で作ったから勘弁してほしいって、業者が頭下げてたよ」
「でもきれいだよね、赤の方が。目立っていいかもしれない」とみんなは好意的だ。
おーさんはその本が入る、これまたしっかりとした造りのケースにスポッといれ、さらに本だけが中央に入る透明なA4サイズの保護ケースにいれ、資料棚にしまった。
「結局、その大きさになるの? 同じじゃない」
「でもこの外側のケースの百倍情報が入るらしいよ」
「へえー、 ミニチュア本復活かな」
時代が変わって、また脚光を浴びるとは面白いものだ。
「そう言えば」と唐さんが言った。
「みどりちゃんのスカーフ、候補が決まったんだけど、誰か、というかできればみんなで見に行ってほしいんだけど、予算内で何とかなると思うから」
「予算って、いくら? 」
「〇万円」
値段を聞いてみんなびっくりした。
「開発部の人間も上の方に話したんだって。お返しだからエ○○スと同じくらいじゃないとおかしいだろうってことで許可がでたらしい。でもとにかく日本的であることが一番だろうから、何となくいいかなと思うものがやっと見つかって。店はそんなに遠くはないから」
「じゃあ、日程は? 桐さん? 」
「いつも僕次第なの? 」
「こちらは独身なので」
「オッケー、確か女房は、金曜日送別会でいないから」
「それでは皆さんみどりちゃんのための、花の金曜日ですが、よろしいでしょうか」
「了解です」それからスカーフの話はしなかった。見てのお楽しみということで。
六人だけで全く一緒の所に買い物に出掛けたのはそういえば初めてだった。食事をするにも店には絶対に監視カメラがあるので、控えていた。手っ取り早く、唐さんの家に行くというのがお決まりで、でもみんな本当にいい人間なのか、最後はきちんと片付けて帰ることにしていた。
「みんなで買い物、初めてか」
「しみじみ言うじゃない、イーサン」
「でもみどりちゃんのものだよ、若い女性にっていうのかな」
「皮肉だよね、若さん」唐さんはなるべく裏通りを通った。カメラのない所、この生活にもだんだん慣れてきた。
「ここだよ」と唐さんは小さいが奥に長い店の前で止まった。和装小物店、だが和柄のスカーフが最近人気で、テレビでもたびたび紹介されていた。夕方だというのに、案外客が多かった。六人でひしめくように店に入り
「これだよ」ちょっと誇らしげに唐さんが言った。
「豆絞り、ああ、可愛いね、色々な赤がある」
「ほんと、ほんと、どの色がいいかな? 」
みんな真剣になった。日本の伝統的な絞り染め、布を糸で小さく結んで染める代表的な模様だ。いろいろな所で後継者不足が嘆かれていたが、このブームで息を吹き返しているという。
「日本の伝統産業のためにもなるからいいだろう?」
「賛成! 大賛成! さすが唐さん! 」静かな店の中で盛り上がってしまった。
そこへ店員の女性がやってきた。
「男性おそろいで、同僚の方にプレセントですか? 」
「おっしゃる通りです」
「本当に失礼で申し訳ないのですが、女性にこういうものをプレゼントするのは難しいんですよね。あの、できればその方のお顔を拝見できませんか? 私、一応、カラーコーディネーターの資格を持っておりまして、お手伝いできればと思うのですが」
「色白で・・・」と言った後、いったん外に出て、みんなで会議となった。
「結局職場に戻っちゃった」
みどりちゃんの映像を見るのにスマホもあるが、念には念をということで絶対危険がない所は、ここしかない、と思うしかない。
「パステルカラーだから逆に難しいな」色選びで難航中だ。
「でも、このスカーフははっきりした色だよね」
「スカーフを先に選んで、あとでみどりちゃんの色を付けてたりして」
「事実は小説よりもだから」と笑ったが、実物がいないので本当に難しい。
「でもやっぱり赤と藍染めじゃないかな、王道で言った方が無難かも」
「予算ギリギリ使う?」
「もちろん! iみどりちゃんのため、オーバー分ぐらいは出すけれど」
「ねえ、みどりちゃんは俺たちのことも恨んでないかな。最初、優しく受け止めてやらなかったから」
「うーん、こればっかりはそうかもしれない」
「それは今後の議題にして、行きましょう! 店が閉まる!」
「おー! 」スカーフを買いに行くために、雄叫びを上げる男たちであった。
無事に買い物を済ませ、プレゼントのラッピングもできるだけ和風にしてもらった。
「海外赴任なので」
「そうなんですね、日本を忘れないようにですか、それでは和紙を使ったラッピングにしましょう」と、やってもらったら、絶対その袋や包装紙を取っておきたくなるようなものばかりを、彼女は使った。
「この紙袋たちはみどりちゃんの同僚に取られるだろうな」とみんな楽しく想像した。
日々は順調に流れていった。今までの硬貨の動きの細かな分析をさらに進めることができた。だがやはり五円の一人は必ず神社にいて、道に落ちては拾われる五百円以外の硬貨たち、という状況は変わらなかった。スカーフを買って一か月以上過ぎた頃、またみどりちゃんからのメールが間接的に送られてきた。
皆さん、お元気ですか?まずはスカーフ本当にありがとうございました。いろいろな種類があって、毎日選ぶのが本当に楽しいです。他の人達も「とても美しい、今度日本に行ったらぜひ買いたい」と言ってくれています。皆さん全員で選んでくださったということですが、その時の姿が目に浮かびます。
いま、とても仕事が忙しいので、このスカーフをすると気持ちが落ち着きます。いつかお返しに皆さんにプレゼントをあげたいと思っています。何がいいかなと今まだ考えていますが、リクエストがあったら是非言ってくださいね。それではお身体に気を付けて。
みどりより
「良かった、本当に喜んでくれていたんだね」
「時間をかけたかいがあったよね」と喜んだが
「仕事、大変なんだろうな・・・」とぽつりとイーサンが言った。イーサンはいや、菊さんも思いは複雑なのかもしれない。
「それじゃあ、イーサン会いに行ってあげたら? 」桐さんがポンと投げかけた。
「インターポールですか? 勘弁してください、許可を取ってる時間に観光ができる」
「でも、誰かが行くんじゃない、フランス、みどりちゃんツアーに」
「うーん、どうかな・・・」誰も自分がとは言わなかった。
でも若さんが
「やっぱり、みどりちゃんはここの一員だったんですよね」
いなくなってそう言われるのも、決して悪い気分ではないと思う。
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