第14話全員集合実験
土曜日曜祝祭日は自分たちは休みである。でも硬貨たちに休みはない。彼らのことを考えると全員で休むということは少しおかしいことと思えた。警察消防のように、一人くらいは待機をするのではと思ったが、何故かその点は
「大丈夫だろう」ということになり、この調査を始める前と変わりはしない。
みどりちゃんがいるときはまあ、何となくではあるが安心していたが、彼女がフランスへ行ってからは、別のみどりちゃんが、という話もない。
「緊急事態が土日に起こったら・・・」というのはみんなの心のどこかにはあった。
その日は木曜日だった。毎日毎日、仕事終わりですぐに満員電車は嫌なので、途中の駅の改札内にある本屋で立ち読みをするということを、菊さんは楽しみにしていた。でも人間は同じことを考えるもので、いかにも自分と全く同じ考えの人間が、男性も女性も本屋にはあふれかえっていた。とくに何か目的があって寄っているわけではないから、気楽に時間をつぶし、そろそろ帰るかと本屋を出た。夕方でそれを見ている人がほとんどいない、改札近くの映像広告は、近くに行かないと聞こえないようなスピーカーを使っている。駅の乗り換えの案内を一切邪魔することもしない。それだからなのか、映像はなるべく印象に残るようにと、トーキー映画のようなコミカルなものから、思わず目を奪われるような美しさを持った女優男優を使ったものが多かった。決してそれを注視していなかったのだが、白黒の上、いや、そうだからなおさら美しく見えるような男性が、コミカルに動いているものが映ったので立ち止まって見ていた。男性が演じるのはマッドサイエンティストで、実験に失敗して、というちょっとお決まりだったが、それが少年少女向けの科学実験ショーの広告であることに驚いた。
「ああ、あのハンサムな男はどこかで見たと思ったら、俳優じゃない、科学実験の人間か」
最近は羨ましいほどの、天から二物も三物も与えられた人間が多いと思う。自分がそうじゃないことを痛烈に嘆いていた時期はもう過ぎたので、今は素直に受け入れることもできる。
「へえ、科学館でねえ、大規模な広告」彼の人気は子供からお母さん、おばあちゃんまで幅広い。このイケメンの追っかけ科学女子も多数いるという。菊さんはぼーっと見ていたが、最後にバンと映ったのはそのショーの日時
「今度の土日、科学館・・・土日・・・科学館、科学館! しまった! 」
菊さんは一目散に職場へと戻っていった。
「どうしたね、 忘れ物かね」
「はい、すいません、また入ります」守衛という職業は不思議と無くならない。
「どうぞ、時間が長くなるならまた連絡して」
「ハイ」菊さんは走った。
「大変だね、仕事の忘れ物は」ぽつりと守衛は言った。
「ばかだ、どうして気付かなかった! 」部屋に入るなり、菊さんは乱暴にそういった。もちろん部屋には誰もいない、自分に言っているのだ。パソコンに電源を入れながら、
「数日科学館に止まったままだった。おかしいなと思っていたんだ。何らかの動きはあるはずなんだ。なんできちんと調べなかった!」と例のシステムを作動させた。あっという間に五十円玉のいる場所が分かった。
「ああ・・・やっぱり、準備室だ・・・何かの実験に使うつもりか。まあ五十円玉だからビュンビュンゴマくらいだろうけれど、万が一液体窒素なんかがかかったら・・・まずいぞ、どうしよう、考えすぎ、なんてだれもいわないだろうな、だって子供は・・・思いもよらないことをする。それにあの男は可愛い顔して結構過激なこともやるらしいから・・・」
とにかく科学実験の内容を調べた。ビュンビュンゴマ、トルネード空気砲、水中リニア、
そして「みんながびっくりするような特別なものもあるよ」
と書いてあった。
「明日、みんなに報告か」
一人で考えられるだけのことは考えようと思った。
「危険度は少ないがばれてしまったら大変だ、しばらくワイドショーはこれだけになる」
部長の言う通りで、何とかするには入り込むしかない。多方面に当たってみると、みどりちゃん開発部の友人がその実験チームの一員だった。
「彼らだってボランティアは大歓迎です、子供にはたくさんの目があった方がいいでしょうから。僕も何度か行ったことがあります。一緒に行きましょう」ということになった。
彼と、六人全員、部長、発信機の責任者、かかわっている人間全員で行くことになった。
「初めてですね、外にみんなで出るのは」その時自分たちは日陰者なのかなと思った。
部長と七人で集まって準備をし、計画を練った。
「電波の受信器も持ってゆくから、とにかく準備段階で五十円を救出しよう。始まったら人の目も多くなる。子供が「おじちゃん、五十円玉盗った! 」なんて言われたら最後だ」部長も乗っている。すると一本の電話がかかってきた。菊さんがとった。
「はい、みどりちゃんの・・・どうも明日はよろしくお願いします。え! 今から科学館ですか? もちろん行けるのならば行きたいです。下見にちょうどいいですから、ハイ、よろしくお願いします、それでは」
「と、言うことですので、部長、今から行ってよろしいでしょうか? 」
「当然だ、がんばってくれ」
「菊さん、救出出来たらやったらいい」
「できればね、でも今日は偵察が主になるかも」
「無理は禁物だ」上司らしいなとみんな思った。
「助かります、今日行けて」
「いえ、友達にちょっと見てきてもいいかって言ったら、二つ返事で、できればちょっと準備もしてほしいとまで言われてしまって。忙しいですからね、あいつ今」
「じゃあ、友達っていうのは、あのイケメン君本人ですか? 」
「そうです、意外でしょう? 」そこからは突っ込めなかったが、とにかく科学館に着き、公務員の指紋認証システムをクリアーして、学芸員に案内されて準備室に入った。
案外大きな部屋だった。二十畳ほどあるだろうか。まるでテレビのスタジオのようにがらんとしていて、台が十台ほど置いてあり、そこに色々なものがあった。まだ段ボールに入っているものもあった。学芸員はすぐにかえったので、好都合ではある。
「結構たくさん持ってきているんですね」
「大変ですよ、何度か手伝いましたが。僕はちょっと、薬品の簡単な調合をしていますから、何となく見て回ってください」
最近の防犯システムは音声なども高性能なので、何にも言えない。
菊さんは片手に電話を持っているように、電波の受信器をもっていた。
「強いよな、そりゃそうだ、五メートル以内にあるんだから」時間はそうない、五時過ぎには出なければいけないかもしれない。彼は少し離れた所で薬品を扱っている。
「薬品は薬品である程度まとめているはず、とすれば、ビュンビュンゴマは違うところにあるだろうな」と彼と対角線をなすようにゆっくりと菊さんは動いた。数値を見ながら自然に、警備員に首を傾げられないようにと思いながら。
一方、警備室では、一人の男性が二人の行動をモニターで見ていた。科学館もそろそろしまるので、監視する客もいない。テレビを見るようにずっと菊さんたちを見ていた。
「一人は薬品、一人は・・・ありゃ何してんだ? まあどこの世界にも働かない奴はいるけどな。ん? 箱を開けて何かを取り出し始めたぞ。動作がのろいな・・・何やってんだろう、手伝ってやった方がいいかな? まあ、薬品とか入っているとは言ってたから、それはしょうがないか。まあ、一つ一つ確認しながら。ああ、これだけ見ているわけにもいかないか」と彼はしばらく本来の仕事に戻ることにした。
菊さんは一番電波の強く感じる箱を開けて中のものを確認していた。
「これは違う、これも違う、これも」
大部分がクリアーケースに入っていて、簡単に何が入っているのかがわかる。
「結構入っているな、そう、順番もある程度覚えて直しておかないと」と菊さんは慎重にその作業を続けていると、一番底に入っている箱が急に重くなった。
「これだ! 」急いで取り出した。
重いものは下に、荷物を運ぶ時の鉄則を守っているのだ。
「見つけました」と、小さな声で菊さんが言うと
「よかったですね、もう少しで終わりますから、そちらに行きます」
箱の中には五十円玉が三十個ほどあった。菊さんはケースごと何も置いてない台へ移動して受信機を横に置き、一ずつ確かめ始めた。だがそうしながら、やはり監視カメラが気になった。五十円玉を一個一個確認しているなんて変だ。なので
「ビュンビュンゴマってどうするんでしたっけ」とやってきた彼と五十円の独楽っぷりを確認することにした。
「うわ、すごい、今のひもはこんなに伸びるんですか?」
「独楽用に見つけたんですって、凄いでしょう? 」と楽しそうな二人の姿は、もちろん警備員室にも届いていた。
「何やってんだ? 前日にビュンビュンゴマか? ああ、でもニュースであったなあ、これやっているときに、ひもが切れてケガしたって子がいるって、その保証がどうどか、まあ、その確認か・・・大変だな、細かいことまで」と好意的に見てくれていた。ここに古くからいる人間の好意というのはやっぱりよいものなのだろう。そのあとすぐに
「これだ! これだ! 」と菊さんは叫んだ。
「ほら! 見てください」独楽をしているふりをして、五十円を順々に受信機に乗せていた。その五十円だった。
「すごい、ほんとだ、これ百だ、他はゼロ、見つかった! あ!」
その声を警備員は聞いていたが、もう映像は見ていなかった。閉館時間だ、彼は確認に行かなければならない。
「悪い紐が見つかって良かったなあ」と彼はつぶやいて部屋を出た。
菊さんはすぐに五十円玉を絶対に落とさないようなところにしまって、ケースたちを段ボールに戻し始めた。
「あ! 」そういえば五十円を回収したのは良いが、補充していない。それに気づいてまた同じようにケースを外に出さなければならなかった。
「すいません、ぬけていて・・・」
「いえいえ、いいじゃないですか、今日のうちに全部終えておく方がいいでしょう? でも、明日はどうします? 」そう、自分たちはこれが目的だったのだが、色々手配してボランティアで潜り込めるようにしてくれたのは彼だ。
「お手伝いしますよ、もちろん、部長も引っ張って」
「お願いします、ホントに人手が欲しいんですって」気分よく手伝いが出来そうだ。
職場に戻ると、部長も一緒にお祝いムード一色になった。
「すごいですね! 一時間とかからなかった! 」
「そりゃ、どこにあるかもきちんとわかっていたから、若さん。モニターを見ている警備員を上手くだますことの方が気を使ったよ。帰りに言われたんだ
「大変だねえ、紐の強度も確認しないといけないなんて」ってさ。それを聞いて二人で、ただ五十円を探さなくてよかったって話したんだ。そうだ、これはお願いなんだけど、悪いけど、明日、やっぱり手伝いに一緒に行ってくれないかな。こちらの仕事が無事済んだのも彼のお陰だし、あのイケメン先生と友達なんだって、だから」
ちょっと言葉に詰まりながら菊さんがそう言うと、みんな決めたように押し黙った。やっと部長が
「当然だ、手伝わなければならない。恩がある、義理もある。君たちは私を冷たい人間と思っていないか? 命令とはいかないが、行くように、できれば全員」
「はい! 」とみんなで返事をしたが、発信機のメーカーの人間は行く必要もないだろうと連絡すると
「丁度良い機会です、その五十円を検査したいんです。明日渡して下さると助かります。それに・・・うちの子供が行くことになっていまして、女房が申込していたらしいんです、今日知った事実ですがね」という返事だった。部長が帰った後でみんなで言った。
「今までずっと土日が休みだったんだ、明日は硬貨のためにも頑張ろう! 」
おーさんとは思えないテンションだった。何かあるのかと思った。
次の日、指定された時間にみんなは集まっていた。こちらは総勢九人、
「どうも有難うございます。お休みの所、ボランティアに来てくださって」
イケメン先生はテレビで見るような感じではなかった。落ち着いた、穏やかなというより、少々疲れ切っているようにも感じた。
「何をしましょうか? 」イーサンが早速聞くと
「じゃあ、これを皆さんで運んでいただけますか? 」と手慣れた指示を彼の助手とともに出していた。思っていたより早く済んだので
「ありがとうございます、これだけ人がいると早いですね」
先生は疲れが飛んだのか、徐々に気合を入れ始めたのか、明るくなった。
「フアンが多いと色々大変みたいで、有名になったから、週刊誌とかも・・・」
友人にはぼやいているのだろう、そろそろ始まる時間だ。
「みんな! こんにちは! たくさん来てくれてうれしいよ」
あまりの人の多さに、大人は入場制限がされた。
「よかった、昨日救出出来て。この多さじゃどうにもならなかった」始まると本当に忙しく自分たちも動き回った。子供の工作の手伝い、完成した時の写真撮影、そして先生のショーが始まった。実験はとても面白かった。やはり液体窒素を使うこともあって
「あれの中だったらどうなりますか? 」」と小声で発信機の責任者に聞いたら
「しばらくは大丈夫なんです、穴の開け方が皆さんの考えているものとは違うんですよ、詳しくは言えないんですが」と聞かされた。
一方、硬貨担当者はみんなで取り決めたことがあった。
基本、あまりしゃべらないこと。
なぜなら絶対に普段の呼び方になってしまうからだ。だと言って苗字ではもう呼べない。どうしてもというときは、急遽作った各自の名札を見て呼ぶことにした。それなので、部長も苗字、プラス、さん、づけだ。でもさすがに呼びにくく、子供がふざけて彼を苗字で呼んでいるのを、笑って聞いていた。
おーさんは、聞けば「こういうことが好き」なのだそうで、ずっと一緒に子供たちといた。イーサンは力仕事専門になり、部長は思った以上に子供受けが良く、驚いた。
「父親だからね」当然のように言った。
「君たちも、結婚して子供が出来たら、自治会とかに入らなきゃだめだぞ、ちゃんと頭下げて。親が頭下げて子供が健全に育つのなら、こんなに簡単なことはない」
と普段の部長を自分たちは誤解していたのかと思うことを言った。その日はそれで恙なく終わったが明日もある、一人は自分の子供と一緒に来るので、実質手伝いは八人になるけれど、今日とほとんど同じことをやるので大丈夫だろうと安心していた。だが帰りに部長が
「すまん、明日・・・うちの末の子が来ることになっている」プライベートのことはほとんど知らないので、みんなきょとんとしてしまった。
「成人したお子さんがいらっしゃいますよね」
「そう、十五違う」
「すごい! 」面白い話だが、あしたが終わってから聞こうと思った。
二日目の朝、みんなは手慣れた感じで作業をした。子供を連れてくる二人は、準備に来る必要はないとみんなで決めてしまった。
「どんな子なんだろう」
「尊大だったりして」
と親の悪口を言ってすまなかったと思った。やってきたのは素直そうな、いかにもみんなから可愛がられて育ちました、という元気で明るい子供だった。おーさんはどこかで見たような子と思ったら、偶然とは怖いもの、その「似た子」がやってきた。
「おじちゃん! 」みんなも部長の子供に雰囲気もよく似ていると思った。
「こんにちは! 元気だったかい? 」
と言うと彼はおーさんに小さく耳打ちして
「みどりちゃんから手紙が来た、警察の人が持ってきてくれたんだ」と話した。今日はお兄ちゃんとお父さんだけがやってきていて、小学生の高学年用の工作の所に行った。子供特有の能力で、三十分ほどの間に、気が付いたら部長の子供と仲良くなっていた。
「私と君との関係は言うのはよそう」と部長もおーさんに耳打ちしてきたので、それに従うことにした。
みんなに、みどりちゃんのことをこっそり伝えたおーさんは
「全員勢ぞろいかな・・・」と何故かしみじみ思った。
だがその感傷はほんの一瞬のことで、そのあとはばたばたと最後まで手伝わなければならなかった。
「大成功でした、こんなに子供たちが喜んでいたのは初めて見ました」科学館の人間もそういってくれて、心地よい疲れが気分よく残った。
開発部の人間がすまなさそうに聞いた
「できればまた手伝っていただけないかと言うんですが・・・」
「毎週は困りますが、たまにはいいですよ。そして、僕たちは一人一人の方がいい」
「どうしてですか? 」
「コードネームで呼んでしまうんで、もう苗字も忘れかけてる」
「ははは、それは大変ですね、じゃあ。またいつかお願いします」
「喜んで」力持ちイーサンはとても子供から人気だった。
帰り道、そういえば何かを忘れていると思った、開発部の人間にあったら何かを聞かないといけないと
「あ! みどりちゃんのスカーフの予算」
唐さんは責任感の強い人だ。
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