第13話引っ越しジグソー



 随分前の話、そう、唐さんが一円を泥棒したと思われてしまったので、家を引っ越さざるを得なくなったということを、覚えている方がいただろうか。これはその時のお話。



「唐さん、大丈夫なのかな、今日さっそく引っ越しの準備だろう? 」

「一昨日事件があってだから、精神的にもまいっているだろうに」

「でも変な噂が瞬く間に広がる前に公務員宿舎にということらしいよ」

「国家機密だからね、確かに広がったらまずい」

「明日の夜らしいじゃないか」

「平日の夜?」

「最近多いらしいよ、仕事が終わってって」

「俺は無理、でも手伝いに行った方がいいだろう?」

「僕もそう思う、ほら、この人は犯罪者じゃないんですよ」という感じで手伝って

方がいいんじゃないかな」

「賛成! 」と誰が何を言っても問い詰められるようなことはない、基本的に考え方は一緒なの、でみんな部長に相談することにした。

「そうだな、公務員宿舎に優先的に入れてもらった関係上、みんなで行く方がいいだろう」

との決定で、何も問題が起こっていない硬貨たちには悪いが、引っ越しの手伝いのため早退となった。唐さんに至急連絡すると

「ああ、ごめん、引っ越し今夜なんだ」

「今夜? 」

「業者のいろいろな手違いで、今夜にならないかって言ってきたので、いいですよって答えたから」

「もう準備できたってこと? 」

「そんなに荷物がなくてね。でも人間その気になったらできるもんだね、一日で何とか」

「唐さんすごい、じゃあ行っても無駄? 」

「いや・・・もし来てくれるのなら、手伝ってほしいことがあるんだ、できれば大人数の方がいいけど・・・」

なんだかよそよそしい感じだったが、みんなで行くことにした。しかし、電話での感じが気になったので、例えばとみんなで話してみた。

「マニアックなものがある」とか

「本が多くて重い」

「隣人がうるさい」

「絶対に触られたくないものがある(変わった趣味)」

「親が来ている」

「恋人が手伝っている」


「親が来ているが有力じゃないか? 」

という結論に達したが、それだったら何か言うだろうと思った。とにかく急いだほうが良いので唐さんの住んでいるところに行った。


 変わっているがカワイイ家だった。マンションの一室で、六畳の居間は部屋の中央の一段高い所にあって、窓の下に学校のロッカーのような棚があった。

「学生時代から住んでいるんだ、気に入っていたんだ」

造りから見て、もともとは事務所のような感じだったのかもしれない。その六畳の下の段の所に段ボールがきれいに重ねてあった。掃除も普段からきちんとしているのか、古いがそんなに汚れているようには見えなかった。

「これ・・・あと何年かしたら取り壊すって聞いたんだ。それまでは、結構汚くしてたんだけど、それを聞くと、なんだかきれいにしてやりたくて。俺が出たら、誰もいれないって大家さんが言ってたけどね」

思い出がたくさんあるのだろう、でもすべては運び出すだけになっているのに、六畳の、その居間の中央には何かがあった。ごみのようなごちゃごちゃしたものだった。

「とりあえずみんなここに上がって」上がってみてやっと気づいた。

「ジグソーパズル? 」

引っ越しとは全く似つかわしくないものがあった。



「どうしたの? こんな時に、疲れた? 」精神的なストレスを、桐さんはじめ皆は心配した。すると唐さんは笑って

「違うよ、飾ってあったんだ。とても好きなものだったんで、糊も付けていなかった。額の金具が壊れているのを知らなくて昨日外した途端、この状態。でもよかった、これを一番最後に外そうと思っていたから。そうじゃなかったら、ピースがいろんなところに紛れ込んで必死で探さなきゃならなかった。無くなったら、大変なんだ。一般に製造されているものじゃないし」

「え? これそんなに特別なものなの?」

「そう、家で一番高価なものだろうと思う、電化製品を除いて」

「いくらするの・・・」

「五万、以上・・・」

「えー!ジグソーパズルが? 」

「わかった! これチェイスジグソーだ!」

「菊さんご名答!」

「ああ、家の女房もちょっと興味があるって言っていたっけ」

「奥さん好きなんですか?」

「好きは好きだよ、俺も。新婚時代はよく一緒にしてた」

「うらやましい、で、チェイスジグソーって何ですか? 唐さん」


「おーさん知らない? 意外な感じ。簡単に言えば、古いジグソーパズルの復刻版だよ。今のジグソーパズルってどうしても画一化した感じがあるんだ。昔の方が色々な絵があったらしい。ここにあるのも俺のばあちゃん家に飾ってあったものと同じなんだ。ばあちゃんはジグソーパズルが好きで得意だった。小さい頃は良く一緒にやったよ。でもこれの元のものはずっと額に入れて飾ってあった。

「これが好きなんだけど、もう古くて。一緒にやると埃でのどや目が痛くなったら大変」って言ってさ。俺は小さい頃喘息だったから、やってみたいとは思わなかった。でも大きくなるにつれ、本当に面白そうなんだ。絵も洒落ていた、多分日本人の絵じゃなくてね。バックの色の所なんて難しそうで面白そうで、一度こっそり外そうかと思った。額縁に手をかけた瞬間から、何となく古い紙の匂いにむせてさ、罰が当たったと思ったよ。ばあちゃんもこのジグソーが一番面白かったっていうんだ。大きくなって色々調べたけど、全然情報が出てこなかった。でもどうしてもやりたい、と思っていたらチェイスジグソーがあることを知った。チェイスジグソーは俺みたいに昔の一種類のジグソーを探している人間に、世界中のジグソーマニアから集めた情報を駆使して、追っかけ、チェイスして、探し当てると言うものさ。もちろん写真なんかでもいい。それを正確に色を付けし直して、ジグソーパズルとして販売するんだ。半分オーダーみたいな感じかな」

「でも、五万って高くありません? 」

「ふふふ、唐さん儲かった? 」

「六百円かなあ・・・」

「儲かるんですか? 」

「例えば、一番最初に昔のジグソーを作ってほしいと頼んだ人間が高額を払う。それと同じものを他の人間も欲しいという。調査料は最初に依頼した人間が払っているから、次からは苦労はそんなになくジグソーができる。それでも値段は高いよ。会社は楽をできて、お金が儲かるわけだ。だからもし依頼したのものが後々たくさん頼まれるようになったら、最初の依頼者にお金を少し戻そうということになっているんだよ」

「一時、お金が儲かるとか言われていたよね」

「無理無理、回収は出来ないとおもうよ、何十年越しでもね。遊びだから、それでいい。ばあちゃんにプレゼントしたら、本当に喜んでくれて。久しぶり一緒に作ったよ。二人で二日がかりでさ、できたら「お前の部屋に飾って」って言われたんだ。それはそれでどうしようかと思ったんだけど「これは本当に面白いからもう一度作ったらいいって」また壊して箱に戻した、笑いながら。でさ、これを作るのは三回目になる。大分わかってきたけど、大きいから一人じゃ時間がかかるんだ。だから悪いけど手伝ってもらえないかと思って。ピースをなくしていないかどうか確認がてら」

「結構好きですよ、俺」何故かイーサンの目が光った。



「枠はこっち、黄色はこっち」

「銀はこっち」

「すいません・・・裏にヒントがないもので」

大きなものになれば、大体このあたりという印が裏についているが、本当のジグソー好きはそれをしない人も多いと聞いていた。三千ピース、一メートルの横幅の三分の一は残っているから、大丈夫だと思ったが

「難しい・・・今までやった中でも一番かも」

大きな一つの絵ではなかった。左右に同じような絵が描かれている。でもちょっと違う。まるで間違い探しの様だ。さらにややこしくしてあるのは、その絵の周りの額、枠の中に額があって絵がある。二枚の額縁付きの絵、男六人がかりでも終わらない。

「一時間ぐらいで」とのイーサンの自信はどこへやら。二時間たってもこれといって変わりはなかった。

「よかった、女房は女子会の泊りで」

「おもしろいなあ、ジグソー好きが面白いと言っているんだからそうだろうな」

張本人の唐さんの方が蚊帳の外で

「皆さん食べ物何がいいですか? 」

「任せます」と言われて唐さんが買いに行った。


「見て見て、何となくバックの部分ができた! 」

「おー、イーサン頑張った」

「俺はなんとか頭の部分」

「菊さん、でもこれどっちの? 」

食事をするのが面倒というぐらいにみんな熱中していると、唐さんの電話が鳴った。

「ああ、そうか・・・時間か・・・」

仕上げたかったがどうしようもない、中途半端だから額に入れた方がいいものかどうかとみんなで悩んでいたら

「そうですか、遅くなる、一時間以上、いいですよ、かまいません」

「天が味方してくれた!」とみんなは心機一転頑張り始めた。


「大分できた、でもあと三分の一・・・」一時間でかなり進んだが、片付ける時間のことを大人なので考え始めた。するとまた電話が鳴って

「遅れる、いいですよ」

「ラッキー! 」でまた再開!


「あとちょっと! 」でまた電話

「本当に申し訳ありません・・・明日にした方がよろしいでしょうか?」

「こちらはどちらでもよろしいですが」

「こちらとすれば・・・遅くても今日中にと思ってはいるのですが」

「それならばそうして頂けると助かります。布団も結んであるので」

「では一時間ちょっとすぎるかもしれません・・・申し訳ないです」

ラストスパートとなった。

絵が出来上がっていくたび、みんなもこのパズルが欲しくなったような気がした。

二人の騎士の絵だった。でもゲームで出てくるハンサムな主人公ではなく、ヨーロッパの風刺画のような四頭身ぐらいの、太ったナイトだった。昔のものだから絵の具で描いているのだろう、背景はセピア色のもっと濃いような色で、絵の具特有の濃淡が、一層複雑で、しっとりとした感じを出していた。


「これで終わり、と」

菊さんがピースをはめると、みんなで小さく拍手した。そんな時間になってしまっていたからだ。それからは唐さんが驚くほどに、みんな手際よくジグソーパズルの額縁を梱包した。あっという間に終わり、外から何人かの足音がした。ゆっくりドアを開け

「速攻やりますんで、本当に申し訳ない」

みんながやったのはジグソーパズルだけ、そうした方が絶対に早いと思った。プロの力というのはすごいものだと感じた、引っ越しの二十分だった。


 新居に行くのは唐さんだけにした方が良いと思った。大人数では逆にうるさい時間だろうし、本当に急いでいる彼らの邪魔にはなりたくなかった。すべてが終わり、引っ越し業者から文句を言わなかったことを何度も何度も感謝された唐さんは、

「いいんですよ、お互い様ですから」

と真相を伏せると、猶更頭を下げられた。全員が帰り、一人で部屋を見渡した。そして一番にナイトの位置を決めた。

「楽しかったかい? 初めての大人数だったろうから。でももしかしたら僕に誰かのマージンが入るかもしれないな」


数日後その通りになった。いまだに誰かはわからない。でもイーサンではないかと唐さんはにらんでいる。


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