第12話 八百万



 有機物は生きていて無機物は生きていないと誰が言えるのだろう。動くもの、そうでないもの、でもその両方がなければ世の中は成り立ってゆかない。人が無機物に高熱を与え、有機物、変化しやすいものを極限まで取り除き作ったもの。小さいが、丈夫で、少々の力や風雨にさらされても何ともないもの。その忍耐力の極めて強いものには、きっと何かが宿っていて、彼らなりに何かを考え、行動もしているのではないか。そうではないと誰が言いきれるだろうか。だからすべてのものに神が宿る、と昔の人は考えた、神ならば、言葉も知り声もある。

だったら聞こえるはずなのだ、彼らの声が。家の中、たくさんいる、財布の中から。



「狭いなあ、いつものことだけど」

「仕方がない、こういう運命なんだ、俺たちは。外にちょっとだけ出たと思ったらまた暗い中。昔はもっとたくさん外に出ていた気もするんだけど、年々外に出る回数が減ってきてる、なあ、お前も古いから思うだろう」と百円は横の十円に聞いた。

「うん、確かにそうだ」でも彼は何故か何の不満も感じなかった。現状にとても満足している、というのか、それとも、とても、とてもいいことがあって、そのことが忘れられないのかもしれなかった。するとさらに近くの一円が

「ねえ、君は何か僕らと違っていないかい? 君の側に行くたび、何か震えるような気がするんだけど」

「君は察しがいいね、そう、僕は違うんだ、でも自分が特別とは思わない。そのことがうれしいんじゃない、長年の夢がかなったからうれしいんだ」

「長年の夢? 」

硬貨たちは不思議だった。自分たちに何の夢があるのだろう、人間は自分たちをどちらかというと大事には扱ってくれているようだが、ずっと同じ人間の所にいることはない。飾られたり、大事に保管されたりというものもいるとは聞くが、それは本当にとても少ない数だ。すると

「ああ、わかった! 僕らにはそうだから! 」と他の十円が言うと

「いいな、いいな」と十円のパーティーになった。やっと他の誰かが

「ああ、そうか」と言い

「どうせ、今から夜になる。この中で朝まで一緒だから、お前のその体のことも話してくれよ、話したいだろうから」

「ああ、もちろんいいよ」十円は話し始めた。


「生まれた頃のことはよく覚えている。とにかく、急に目が覚めた感じだった。ガンガンと音がしてすごく痛いと思ったらこの形になっていた。それからはそれ以上の痛みはなかったけれど、押されたり磨かれたりしながら、ピッカピッカになっていた。自分でもちょっと恥ずかしいくらいだったよ。きっとみんなもそうだろう。そして外に出た。

人間たち、とくに子供たちはピカピカの僕たちを喜んで、大事にしてくれる者もいたけど、結局はいろいろな所に行くことになった。僕は随分と古いから本当にいろいろな所に行った。海を渡って何時間もかけて島に着いたこともあった。かと思えば、みんな知らないだろう、公衆電話で十円を入れるタイプのものを。今は本当に少なくなったけど、その中に取り残されるようにずっといたこともある。僕自身はそんな風だった、でもその間いろんな話をたくさん聞いたよ。雪国の道路で春まで凍っていた五十円君や、海の中に漬かっていた五円君とかね。彼らに聞いた話も面白いけど、それを話していたら夜が明けてしまうからやめよう。そしてそう、僕にとっての運命の人に出会った、人って言っても同じ十円だけど。

すごく古い人だった。でもそれよりも更に古く見えたので尋ねてみた。するととても誇らしげに言ったんだ。自分はこの場所にいた、しかも一年近く、ずっといたんだってね」


「どこ?」若めの硬貨たちが聞いた。


「僕たちのこの模様の場所、平等院鳳凰堂っていうところだよ」


「おー」と感嘆のような声がほとんどの十円からあがった。

「他のみんなは花や木の模様だ。きっと百円君たちは美しい桜を見ると嬉しいだろうし、五十円君は菊、ということになるだろう? それは至極当然だと思う。この国の中にその花々は咲いていて、いろいろな種類のものが、時期が少しずつずれているから、長い時間楽しめる。でも・・・僕たちの場合は違う、建物なんだ。その場所に行かなければ見ることができない。何となく似た建物もないことはないらしいけど、でも見るのならやっぱり本物がいい。今まであった何人かは行って、見たことがあるとは聞いた。でもその場所まで行って、見ないまま終わって悔しかったという話の方が多いんだ。それは本当に残念でかわいそうだ。でも今から話す人は別だ。別格なんだ。


 その人は何日も前から平等院に行くことを知っていた。なぜならその時の彼の居場所は中学生の家、その財布の中だったからだ。修学旅行の日程だ、その場所には必ず行くことが決まっていた。でも彼の一番の心配事はそう、行っても見れないまま終わってしまうかもということだ。たとえその近くの土産物屋で移動したって、財布からまたレジに行く可能性がほとんどだったから。彼は考えた。とにかく外に出なければって、そうしなければ絶対に見ることはできないって。本当に祈るような気持ちで彼は旅立ったそうだ。京都についても考えるのはそのことばかり、他の十円達はそれは出来ればそうしたいとは思っていたようだったけれど、あまりにも低い確率に諦めていたんだ。でも彼は違った、諦めなかったんだ。そして平等院に着いた。

 緊張しながら人間の声に耳をすませた。

「すげー、本物だ! 」「大きい! 」「きれいねー」色々な若い声がしたそうだ。すると大人の声で

「十円と比べてみろ、改めてどれだけここも、十円もきれいなのが分かるから」大人の男の声の後、じゃらじゃらと財布の音があちこちからし始めた。そして・・・彼の持ち主の指が伸びてきた。このとき、多分そこにいた十円は全員「選んでくれ! 」と願っていただろう。彼はもちろん、そうだ、そして運命の指は・・・」と少しわざと話を区切った。

「指は? 」

「運命とはそんなもの、と彼は思ったんだって。そう、他の十円を取ったんだ」

「ああ」ため息が漏れた。

「あまりのことに、彼は声も出なかったそうだ、あんなに願って、考えたのに、こんなことになるなんて。でも、神様は、いや仏様になるのかな、彼を見捨ててはいなかったんだ

持ち主とは別の大きな声がした。

「俺、十円玉持ってない、貸して! 」そしてもう一度指が伸びて・・・とうとう・・・」

「出れたんだ! 」

「そう、見ることができた、ちらりとだけ。だって彼らは本物と見比べるように見ているんだ。ひっくり返してみるわけがないだろう?」それでも外に出られた人間は幸運で、幸福だよ。この経験ができただけですごいと思う。でも彼は外に出たのだから、もっと長い時間見たいと思った。だからずっと年々にもわたる計画を実行することにした」

「計画? どうするの? 」

「ジャンプ」

「それは無理だろう! お金たちはじゃらじゃら笑った。札たちからもカサッという音がした。

「そうさ、それはさすがに嘘のような気がするけれど、まあそれはさておき、彼がジャンプしたのか、中学生がぶつかって、彼を落としてしまったのか、わからない。とにかく彼が言うにはジャンプして、なるべく建物全体が見れるような所に行きたかったから、そうしたそうだ。彼曰く「池の手前の木の中に入った」らしい。なるだけ奥の、複雑な所に入り込んだので、彼は見つけられなかった。その上そこは立ち入り禁止の区域だったから、ほとんど気付かれないまま、長い時間を過ごせたそうだ」

「でも木の中に入り込んだら枝が邪魔だろう? 」

「そう、それは正直にそういっていた。真正面から見たかったんだけどそうではなかった。むしろ水面に映ったものの方がよく見えた、ってね。ほとんど一年近く、一緒に過ごすことができたんだって。そのあと植木屋さんに見つけられて、普通の生活に戻ったけれど、あれを見て以来、人や車に間違って踏まれようが、雪の中に何か月か閉じ込められようが平気だと言っていた。それを聞いたら、絶対に行きたくなるだろう? だから僕も絶対に行きたい、行くんだって思っていた。でも長い時間が過ぎて、自分の色も変わり、どんどん仲間も減っていく。そちらの方が悲しくて、そのことは正直言ってみんなと同じように心の片隅にあったままだった。


 そんな日を過ごしていたら、ちょうど一年前になるかな、僕は大人の人間たちから長い時間触られるようになった。ある部屋から全く出ることもなく

「これがやっぱりいいだろう」「そうだな、色の変わり具合といい、最適じゃないか」

「賛成」とか言われて、そう、長い間忘れていた「痛み」を感じた」

「痛み?どんな? 」

「今まで味わったことのない、一点だけに強い力が加わる感じ、でも一瞬だったけど。それから何かを埋め込まれて、今度は何かでそこを埋められて、一か月以上そんなことが続いたかな、それから、今まで入ったことのないケース、フカフカで気持ちいい所で数日過ごした。そのあとどこかに持っていかれて、ケースから出された」

「じゃあ君の体の中には、何か入っているってこと? 」

「発信機って言っていたよ。調査がどうとかも。体をいじくられている間は怖くて何も考えられなかったけど、ケースの中には硬貨の全種類が一枚ずつ入っていて、彼らから聞いたんだ。僕らのように発信機が入っている仲間が全国に六十人いる。でもそのうち六枚の発信機が壊れてしまって、その代わりに僕たちが体に発信機を埋め込まれて、調査をされるって。僕たちがどこをどう動いているか、それによってこれからの硬貨の生産量も変わってくるって。だからみんながもしかしたら僕たちと同じような仲間にあったら、どうか仲間外れなんかにしないでその話を聞いてほしいんだ、頼むよ」

「わかった」

「そう、それからね、別の所に行くことになった。大阪だって。ケースのまま行くのかと思ったら、それこそ子供みたいに、いい大人が僕たち全員をポケットに入れたんだ、でもまあ、胸の内側のポケットだけど。でもそこに入った瞬間、一円君が「危ない、危ない」っていうんだ。ポケットの底には小さな穴が開いていた。僕らは大丈夫だけど一円君は危ない。みんなでなるべく体を寄せ合い守ろうとしたけど、彼はやっぱりその穴から落ちてしまった。そのあと、どうなったのかわからない。多分駅だったと思う。そのあとの新幹線の中のぼくたちの様子は、察してほしい。自分たちも落ちてしまったらどうしよう、そんな恐怖だった。でもすぐに別の場所、財布じゃなくて、カバンの内ポケット、落ちても安全な所に移されて、みんなでホッとしたんだ。一円君のことが心配だったけど「僕たちは特別な発信機が付いている、きっと見つけてくれるだろう」とみんなで話したんだ。そうして大阪に着いた。カバンの中にいたのはほんの数時間、指が伸びてきてみんなで出た。いよいよまた使われる、と普通の生活が楽しみになっていたけど、何故か、また僕だけ戻された。あまりのことにさよならも言えなかったよ。僕は一人、本当にポケットに一人きりだった。それから持ち主はホテルに行った。するとそこで聞こえた。

「明日は平等院に行って・・・」

信じられなかった。でも行けるんだ、平等院に行けるんだ、ってとにかくうれしかった。見れなくてもいい、とにかく行きたい、いやまあ、行けるだろう、ほんにんが言っているんだから。でもわからない、途中で使われたらどうしよう。それだったら財布の中にいるだろう、とか。一人のポケットが全然寂しくなくなった。そして次の日を迎えた。僕は早起きして待っていた。彼も比較的早く起きて観光のプランを再確認していた。そうそう、言うのを忘れていたね、ホテルに入る前に一円君は無事見つかったって知った。他のみんなは心配しているだろうけれど、これは僕だけが知っている事実だから、もしも、僕のあの時の四人の仲間に会うことがあったら、どうか伝えてくれないだろうか、一円君は無事だってことを」

「了解したよ」

「それから、ホテルを出ていろいろな所に行った。どこに行ったかは覚えていない、だって僕の頭中は平等院のことでいっぱいだから。それに僕が出されることもなかったからね、そうしてずいぶん経った頃だったよ。その人間が

「もうすぐだよ、楽しみにするといい」って、僕の入っているポケットの外側を撫でた。ということはと思った。この男は始めから僕を平等院に連れてくるつもりだったんだっていうことが。それだけが目的じゃないかもしれないが、とにかく、見ることができる、この目できちんと。それを知ってから、なんだかふわふわした感じになって、そして男は僕を取り出しながらこう言った。

「さあ、やってきたぞ。君の生まれ故郷、とは違うかもしれないが今からの出発点だ。ほらここが一番美しい、見てごらん。どちらが目かわからないが」僕を高く上げて、ゆっくりひっくり返すということを数回続けた。僕は本当に幸せだった。平等院鳳凰堂、左右が対象のものの真ん中に自分がいて、その日は天気も良かったので、建物の前の池にはきちんとその姿が映っていた。

「うわー、今日は最高ですね」といろんな人が言っていた。最高の日にやってきて、本当に長い間そこにいることができた。


「みんな俺が横暴な人間だと思っているんだろうが違うぞ、俺は優しいし、ちゃんと道理も守る、道理というより洒落たことかな。なあ、お前はわかってくれるだろう? 仲間の一円を落としたのは悪かったが、無事だったよ、安心しろ。また会うことは、ないかもしれない、これから頑張ってくれよ」僕に色々語りかけた。

「どうせ帰ったら大目玉だ、今のうちに息抜きと善行を積んでおかないといけない。お前はどうしたいかな。言ってくれると助かるが・・・まあ無理かな。俺としては自動販売機には入れたくない。そう、やっぱりお土産を買うときに使おう、それが一番いい。今さよならを言っておこうな、レジの前でやったら不審者扱いだ」と言って彼は立った。彼の言う通り僕は土産物屋で彼と別れ、夜だけ過ごし、昼前には別の財布に入った。一日も平等院にはいられなかったんだ」

「そうか・・・面白い話だな」

「いいなあ、僕も絶対に行きたい、やっぱり見たい」

「そう思っていなきゃいけないと思うよ」真夜中も過ぎた。みんな

「おやすみなさい」と言った。





「部長の平等院の話、いつ切り出す? 本人は待っているみたいだけど」

イーサンは優しいのかどうなのかわからない。

「うーん、時間が過ぎたね、本人は大叱責を受けた後、あの件だったから。でも最近はそうでもないな、ヨシ、今度来た時にやるのはどうでしょう皆さん」

「桐さんに賛成! 」

「じゃあ、皆さんお願いします。「かわいいこだわり」って言っていいかな? 」

「こだわりはちょっとまずいんじゃないですか」

「うーん、言葉選び難しいね、あ、そうだ、唐さん平等院君の現状は? 」

「平安神宮君です」

「楽しく京都観光中、ってことだね、その話がいいかな? 」

「そうですね、彼の移動状況の説明方々いいかもしれません」


なかなか部下も疲れるものだ。


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