第11話 大栄転の冠



「あら! こんにちは! あの時はお世話になりました」

目の前にいる女性から、急にそう言われた。女性の方が感覚が敏感とはいうが、この中でよく気付いたとおーさんは思った。人のごったがえしたショッピングモール、休憩のための多くの椅子があって、そこにいた一家族の父親以外は、見たことのある顔だった。

「ああ、あのみどりちゃんの時の」

忘れもしない百円玉の救出劇、あの時の女の子も男の子も赤ちゃんも、一回り大きくなったようだった。

「二人とも覚えているでしょう? 」

とお母さんは当然のように言ったが、お兄ちゃんはそう自分とは遊んでいないし、妹の方も、自分より遊びの方が夢中だったので覚えていなくても仕方がない。自分にしても目的は別だった。

「みどりちゃん・・・」女の子が小さな声でそういうと

「そうか!初めてみどりちゃんが来た時のおじちゃんだ」

「おじちゃんは失礼だろう」

とお父さんからお兄ちゃんは言われたが

「いえいえ、もうそこそこの年ですから」と覚えてくれていただけでうれしかった。

「本当にありがとうございます、みどりちゃんが来てから、この子たちみんな喜んで」

お母さんは興奮したように言っていた。

「いえいえ、こちらこそ。みどりちゃんの良い経験になって」

自分のその言葉にお父さんは

「こらこら」とお母さんに注意を促した。確かにみどりちゃんのことは、あまり大っぴらにしてよいことではない。近所くらいなら良いが、この人の多さでは確かに誰が何を聞いているかわからない。おーさんは女の子を見た。以前ほどの人見知りの様子はなくなっていて、お父さんに甘えているようだった。

「でも、みどりちゃん・・・この前で最後だった」悲し気に男の子が言った。小さなその声は家族とおーさんにしか聞こえないくらいの大きさだった。

「そうだ、そうだね、残念だったね。でも本当にありがとう、君たちのお陰で本当にみどりちゃんは楽しかったと思うよ」

「そうかな? 」

「そうだよ、ほんとうにありがとう」女の子もかすかに笑った。警察から理由は告げられないだろう、でも将来知るかもしれない。

「僕、将来警察官か、みどりちゃんを造る人になりたい」

この一家と、おーさんはごく自然に別れた。



「へえ、そんなことがあったんですか。この大都会で、一度だけあった人に出会えるのは奇跡かもしれないですね」職場で話をした。

「みどりちゃんの起こした奇跡かな、俺が一番みどりちゃんと長いと思ったけど、イーサンと菊さんの方が長いかも」

「僕たちは仕事をしたわけじゃないですから。やっぱりおーさんの方がみどりちゃんも思い出深いんじゃないかな」

「うーん、ロボットのことを話しているとは思えない」たわいもない会話をしていた。すると一本の電話がかかってきた。桐さんが出ると

「え?はあ、それは僕らは全然かまいませんけれど・・・明日ですね、多分全員います。ハイ、ええ、わかりました。朝一番ですか、かまいませんよ、こちらに特に何もなければ。何かあっても、それこそみどりちゃんもいることですから、大丈夫でしょう。それではわかりました、明日ですね、お待ちしてます。みどりちゃんに楽しみにしていると伝えてください」

「桐さん今のまさか」

「そう、みどりちゃんが俺たちにさよならを言いたいんだって」

「なぜ? 」

と言うのはかわいそうかもしれない。



次の日の朝一番、みどりちゃんはいつものお兄さんに連れられてと思いきや、見たことのない開発担当者とともにやってきた。


「どうも有難う、ここでいいです。皆さんとお話したいので」

と何となく、どこかに冷たさの感じる口調でみどりちゃんが言ったような気がした。

担当者は出てゆき、しばらくみどりちゃんは何も言わなかった。一分ほどたってから


「皆さんにさよならを言いに来ました。本当にさよならかもしれないから」

「どうしたの、みどりちゃん、少し悲しそうだけど」唐さんが言った。声のトーンがおかしい。

「悲しそうですか? 」

「悲しそうに見えるけど、違うのかい? 」おーさんも心配だった。

「そう、悲しいです、泣けるのなら泣きたいです」

「どうしたの? 」

一呼吸おいてみどりちゃんは話し始めた。


「消えてしまうんです、皆さんのことは・・・残るかもしれません、でもあの家で過ごしたことがすべて、消えてしまうかもしれないです、そうしないと、これからの仕事ができないからって」


「今までの記憶が消去されるってこと? 」


「映像は情報量が多いし、一般の人の情報が海外へ漏れては大変だということなんです。それはわかります、住所や、詳しい個人情報などはなくなってもかまいません。でも、楽しいことも、たくさんあったんです。おーさんと行ったときに見せてくれた桜も、とても思い出深いのです、それまでなくなっては・・・」


「嫌だって言ったの? みどりちゃん? 」


「やめてくれるようにお願いしたのですが、ダメなようなのです。私が自らその情報にロックすることは出来なくなっています。情報の操作は、外からしかできないのです。お願いします、助けてください、全部が記憶できるとは自分でも思っていません。でも全部を忘れたくは、消されたくはないんです」


「わかったよ、みどりちゃん、やってみるよ。いややらなきゃ」桐さんは力強い


「そうか、わかったよ、みどりちゃんのコピーができなかったのが。みどりちゃんの記憶だけ消して脳の発達した部分だけを残そうとした、だから上手くいかなかったんだ。おかしいと思った、移すことなんて簡単なことなはずなのに」

若さんの得意分野だ。

「大人数で行こう、人海戦術とは違うかもしれないけど」

選抜は必要だった。まず桐さん、そしてみどりちゃんの成長をやっぱり感じているおーさん、そして自分では遥かに彼ら専門家にかなわないとわかっていても、若さんが行かなければならなかった。

「みどりちゃんはここにいて、僕たちだけで行くから」

「大丈夫ですか? 」

「駄目でも、どうにかするよ、みどりちゃん」

「ありがとう、若さん」

三人はみどりちゃんの人工知能の開発部に行った。



「そのためにみどりちゃんがあなた方のところに行ったんですか? 」

開発部のみんなは驚いていた。

「感情? そんな完全に? 」「嘘だろう? 」「消さないでほしいとは言っていたけど」「みどりちゃんが言っていた? なんでそのことを言わなかったの? 」「でも消すように言われたから」色々複雑なうえ、きちんと情報が伝わっていないことが分かった。だが全体的に

「上から言われたことは、みどりちゃんの意思など関係なく遂行する」という考えが見て取れた。

桐さんにしては少々きつい口調だったような気がした。


「皆さんは、人間により近い人工知能を目指しているんでしょう? だとしたら大成功じゃないですか。何故僕たちの所に来たと思います? 自分の話を聞いて、理解してくれると思ったからでしょう? かわいそうです。「お願いします、助けてください」って言ってきたんですよ。皆さんは「どうしても消さなければいけない」ということしか考えていない。そうしないとおこられる、そこにみどりちゃんの感情は関係ないと思っている。そんな人に頼みますか? 知能の発達した証拠ですよ。

人間には記憶や思い出が必要です、みどりちゃんもそうなんです、立派な人間ですよ、大成功じゃないですか」

みんな黙ってしまった。


「動画だけは別の記録媒体に移して、写真などは圧縮してみどりちゃんに持たせればいいでしょう?情報量の多さが問題とはみどりちゃんも、ちゃんとわかっている。だからみどりちゃんの好きな時に、その映像を映画のようにみどりちゃんが見れれば、それでいいのではないですか? 」若さんの言葉に

「ほー」と感心したようだったが

「インターポールからもその・・・要請が」

「フランスでしょう? 日本の漫画文化が最も評価されている国じゃないですか。漫画ではコンピューターの支配する世界なんか当たり前のことのように描かれています、みどりちゃんの記憶を消すことは、その世界へと加速度的に進んでいるのと一緒ですっていえばいいじゃないですか。政府の人間だってそんなに人工知能にも、コンピューターにもたけているわけではないでしょう? 無理だった、人間と同じで知能と記憶を切り離すことはできなかったと言えば済むことなどではないですか? 」

若さんは時間をかけるべきではないと思ったのか、さらに畳みかけるようにして


「僕たちの所でみどりちゃんの記憶の整理をしてもいいですよ。みどりちゃんと一緒に見ながら、これはいるとかそうでないとかやってみます。情報量の限度だけを教えてくだされば、それを守ってやります。警察の機密文書とは違うから、アクセスするのもそこまで複雑ではないでしょう?  コードだけ教えて下さい」

そう言うと案外素直にアクセスコードを教えてくれた。そして部屋を出た。



「早いね若さん、さすが。俺なんて何の足しにもならなかった」おーさんの言葉に

「彼らの考えが分かったんですよ」

「どういうこと? 」

「彼らだって知っていますよ、映像を写真にして保存すれば記憶量がぐっと減ることぐらい。ただそれが面倒なんですよ、全部みどりちゃんに聞きながらやるのが。わからないでもないですが」

「若さん・・・研究者になったらよかったのに」

「桐さん、僕いやです、感情を無視するの」

「人工知能も、結局感情か。盲導犬も子犬の時、家族のあったかさにふれさせて育てるんだろう? みどりちゃんもそうなんだろうね」桐さんが言うと

「人間への信頼と愛情を芽生えさせるためでしょう? 危うく反対になるところだったよ、悪の大王みどりちゃんなんちゃって、怒られるかな? 」おーさんは笑っていたがちょっと怖そうでもあった。

「でも今日はみんなでみどりちゃんの想い出の整理ですよ、時間はかかると思いますが」

「わかりました、若さん」三人は急いで職場に戻った。


 

 その頃みどりちゃんを囲んで、残った三人は慰労、壮行会をしていた。

「でも、みどりちゃん、フランスに行くのだから、それはそれで楽しみじゃないか」

「そうですね、イーサン。地図も観光地も頭の中に入っていますが、実際に行くと違って見えるのでしょうね」

「何かやりたいことあるの、みどりちゃん? 」

「ええ、唐さん、まずエ○○スのマフラーを買って」

「エ○○スのマフラー? スカーフだろう? 」

「菊さん、全然知らないんですね、最新の流行なんですよ。毛糸なのに絹のようなプリントができるんです、それが欲しいんです」

「へえ、みどりちゃんも大人になったんだね」

「イーサン、そう思いますか? 」

「そうだよ、みどりちゃん最初にあった時は、高校生みたいな感じだったけど、今は大人の女性だよ」

「そうですか、菊さん、うれしいです。そうですか、私は大人になりましたか。みんなのお陰です」そう言ってスルスルとコンピューターの前に行った。

みどりちゃんの腕は肩ぐらいまでしか上がらない、指も五本あるが四本はダミーで、一本だけはパソコンなどに自分で接続できるようになっている。


「イーサン、パソコンを借りますね、それと、どなたか蓋を開けてもらえますか? 」しかしその指には保護のためのカバーが付いていて人が開けなければならなくなっている。彼女は実務用ロボットだが、基本は、人間とともにする情報処理が主な仕事なのだ。無駄な動力は極限まで削られている。みどりちゃんはイーサンのパソコンに一枚の写真を写した。


「うわー 」


みんなは声をあげた。みどりちゃんが公園の緑の中で花輪をいただいている。シロツメクサの花輪に、いろいろな花がアクセントにさしてあった。


「カワイイね、お姫様みたいじゃないか、みどりちゃん」

「ハイ、みんなもそう言ってくれました。お別れの日、最後に公園に行ったんです。そこでたくさんの子供たちに会って、この花輪を大きな女の子が作ってくれました。みんなが小さな花を挿してくれたんです。お母さんたちがきれいに整えてくれて、写真を撮ってくれました。本当にうれしかったんです」それを聞いた唐さんが、その写真を保存しようと動くと

「唐さん、ダメです、私のものを記憶するためにもアクセスコードがいるんです、それなしにやろうとすると、逆にパソコンがだめになりますよ」

「ウソ! 」

「だから・・・面倒なんです・・・」

「ひどいことするなあ・・・」部屋はため息で満たされてしまったが

「とにかく、思い出のものを見せてよ、これから保存をするためにも」

「ハイ! わかりました、皆さん本当に優しいですね、私、皆さんのような人と結婚したいです」

「そう・・・ありがとう」


このやりがいのある作業が、彼らの仕事になった。そして三人が帰ってきたころには、何をみどりちゃんが残したいかということが、ほぼ決定していた。

だが六人で一日がかりの仕事に


「すいません、他のお仕事があるのに。人間はいいですね、重要なことは覚えておいて、そうでないことは自然と忘れてゆく、本当によくできた記憶のシステムです」

「そうだね、みどりちゃん。でもみどりちゃんでなければできないことがたくさんあるから、フランスでも頑張ってね」

「はい、ぜひ皆さん遊びに来てくださいね。それまでいろいろ勉強します」

「遊びます、の方がいいかな? 」

「そうかもしれませんね」

 

 作業終了後、若さんが言った。

「みどりちゃん、映像のデーターは別にして、ここにも保管しておくからね。もしフランスで失くなっても大丈夫だよ」

「本当に、有難うございました」みどりちゃんは帰っていった。

それから一か月もたたないうちに、みどりちゃんはフランスへ旅立った。予定よりもかなり早かったのは、インターポールからの度重なる要請だったという。



一か月後

「みどりちゃん、どうしているかな、国際警察じゃ、情報もここには入って来ないだから」

と本当の同僚に対して言っているように、菊さんがしみじみと言った。彼女はミッションのサポートをやっているのだ。真剣な仕事だ。

イーサンはあの男のことを口にしないようにした。なんだか深入りしそうな気がして、菊さんもそうだろうから、みどりちゃんだけに留めておいたのだろうと思った。


しかし、歴史は繰り返す、また電話がかかってきた。

桐さんが出て

「え? そうなんですか、今ちょうどみどりちゃんのことを話していたんです。僕たち宛てのメールですね、見てから、またそちらに連絡したらいいんですね、わかりました」と電話を切って

「そうらしいよ若さん」と言ったころには、若さんのパソコンにはみどりちゃんが映っているようで

「きれいだなー 」「うわー! 」という声が上がっていた。

「どれどれ」

と桐さんが見てみると、そこには以前の日本の制服のみどりちゃんではなく、基本は白だがパステルカラーの薄い緑の襟と優しい色の黄色のスカートのみどりちゃんがいた。

「さすがフランスって感じだな」

「上品、それに、凄い、トリコロールもパステルカラーになってる」と唐さんが気付いた。

みどりちゃんの白い腕には小さくフランス国旗があるが、その色が水色とアイボリーとピンクになっていた。そして首には、多分絹であろうはっきりとした色のスカーフがまかれていた。メッセージはこうだった。


「皆さん、お元気ですか。私の服が変わっていてびっくりしたでしょう? フランスの方が用意して下さっていたんです。スカーフはプレゼントです。私はマフラーの方が良かったのですが、「マフラーは冬しかできないでしょう」と言われ、その通りだと思って身に付けています。私はとても気に入っていますが、似合っていますか? 

日本では本当に皆さんにお世話になりました。仕事は大変ですが、疲れた時にはあの花輪の写真を見ています。あの時、散々お世話になったのにもう一つお願いがあります。実は今の職場の皆さんが、日本的なスカーフを見てみたいというのです。ネットでも手に入りますが、やはり本物を見ないとわからないので、できれば選んでいただきたいのです。よろしくお願いします」

                             

                          みどりより

 

「おねだり? 」

「とりあえず、開発部に連絡してみる」

と桐さんがまた電話をしたが、スピーカーにして、みんなに聞こえるようにした。


「今見ました、その、スカーフを選んでくれということでしたが・・・」

「そうなんですよ、その、開発部の接待費用として捻出してくれということでして」

「はあ、僕たちにプレゼントしてほしいって言っているのかと・・・」

「いえ、そうではないようです。選ぶのは、その、そちらに唐さんっておられますか? 」

「いますが」

「その方がセンスが良いから、海外の人間が感心してくれるようなものを選んでくれるだろうと・・・その・・・つまり金だけ僕らに出せって言うことなんですかね」

「いやいや・・・こちらの懐を知っているでしょうからみどりちゃんも」

「僕らだって、彼女が金食い虫ですよ、自費で買ったものだって、あるんですから・・・でも・・・その・・・やっぱり復讐ですかね・・・」

「復讐とすればカワイイ復讐じゃないですか、人間の女そのもの、凄いですよ、怖いですが」

「自分たちが作り上げたものとは言え・・・女って怖いですね」

「そう、彼女も立派な女になったんですよ、成長の証ですよ、多分・・・」

「予算は、後日改めて」

「わかりました、それでは」


誰が、一番に、何を言うか、我慢比べをした。

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