第10話 真実すぎる真実


 菊さんとイーサンは昨日の疲れもあるが、まだどこかに興奮が残っていて、睡眠不足の割には頭はすっきりしていた。でも確かに自身の体は「疲れている」と言っているのが聞こえるので。

「明日はゆっくりと休もうイーサン」と菊さんが優しく言った。

二人は職場には寄らず、まっすぐ警察の所に行かなければならなかった。一般の事件とは全く違う雰囲気の「サイバーテロ部門」へ警官に案内され向かっていた。彼が部屋のドアを開けると二人は驚いた。


「みどりちゃん! 君がいるの? 」

「菊さん、イーサン、お手柄でしたね、素晴らしいですよ、重要人物を見つけられたんですから。昨日からお疲れでしょう? でももう少し我慢してください、私も一緒にお話を聞くことになっています、よろしく」

二人で顔を見合わせて笑った。今日は昨日のことを詳しく、時系列で話すということだった。みどりちゃんがいるので、できるだけゆっくり、はっきりした発音を心掛けたが

「大丈夫ですよ、ちゃんと聞こえていますから」とこちらの心を見透した答えが途中で返ってきた。覚えていることをすべて話し、人間達の質問に答えた後で、

「みどりちゃんは何か質問があるかい? 」と誰かが聞いた。すると

「もちろんあります、質問してもいいですか? 」と上司に尋ねていた。

「もちろん」との返事に「待っていた! 」という表情はないものの、そんな雰囲気を醸し出し、みどりちゃんは

「その男の雰囲気が違うとはどういうことでしょう、どうしてもそれが分かりません、音声の解析などでわかるのでしょうか? 」と聞いた。

「神社だったからね、何となく神聖な感じというか、まあ、きれいに掃除もしてあるせいかな、あの男はそこにはなんだか似つかわしくない、悪いことをしているせいかもしれない。神社には、みんな大体目的があって来るだろう? そこで願い事をするのなら、へりくだった感じが出るし、建物に興味があるなら、それを見るはずだ。でもその男は神様なんて全く関係ないという感じだった」

「身なりや、言葉遣いが悪いということではないんでしょう? 」

「それとはまったく違うね、まあ、どうかな、わかるかな、慇懃無礼って」

「わかりますよ、知っています、表面だけを装っているということでしょう? そうですか、でもそれでも、この男のことを何も知らなかったのに、その行動と一言でわかったのはすごいことです。みどりはお二人の同僚でもありますから、誇りに思います」

「そう、ありがとう。でも神様のお陰かもしれないね、そこでわかったのは」

「そうかもしれません、おみくじ、お二人とも大吉でしたね、待ち人来る、だったでしょうから、きっとそのせいかもしれません。本当に神様の前、悪いことはできませんね」

「みどりちゃんは神様を信じるのかい?」

「信じるというより、神社などのパワースポットには科学的な根拠も多少は存在します。それのある場所が地質学で言うところの断層にあたって、磁場が他と違ったりということもあります。昔はそんなことを数値化することなどできなかったのに、そこが違うと知っていたんですから、人間はすごいですね」

「そう、でもやっぱりみどりちゃんはいてくれると助かるね、何でもよく知っている」

「ありがとうございます、では二人とも早く帰って休んでください、このままでは体調がおかしくなるかもしれませんから」

みどりちゃんの忠告と部長とみんなの好意に甘えて、二人はその日早退した。


 それから一週間が過ぎた日の事だった。部長が始業時間直後にやってきて伝えた。

「今日、みんなに警察から話がある。特別な人間が説明にやってくることになった。そのことももちろん極秘だが、彼としても君たちにきちんとした説明をしたいということなので、よろしく頼む。私は同席することはできない、だが彼にあまり突っ込んだ質問などは出来れば避けてほしい」

「わかっています」桐さんがそう答えた。

「昼過ぎ、一時ということだ」

「わかりました」

部長もあの事件以来、ずっと厳しい顔をしていて、それが緩むこともない。自分たちの知らないところでの彼の仕事は、それこそ突っ込めることでもない。みんなは良い気分ではもちろんなかったが、とにかくこれが何らかの一区切りになってくれればと思っていた。

すると昼前に一本の電話がかかってきた。

「すいません、一時から伺うのですが、その間中座などされると困りますので、失礼でしょうが用足しなどはなさっておいて下さい」冗談とも何とも取れる電話がかかってきた。

「どんな声でした、おーさん」

「うん、別に普通の、落ち着いた感じの声だったけど」

何故か、当然か、思うように昼食が喉を通らずに、一時を迎えた。



小さなノックがした。みんなは、部長にはしなくなった、全員が席を立つという挨拶を自然に行い

「どうぞ」と桐さんの声に

「失礼します」と男が一人入ってきた

「ハッ!」

とてもとても小さな声が菊さんからもれ、イーサンは全く動かなくなった。その姿を入ってきた男性が見て

「ああ、びっくりしたでしょう、本当に奴にあった人間はみんなあなた方のようになります。僕が似ているので。そっくりさんで潜入調査ができるんじゃないかって言われていたんですよ」

彼のその声も、あの神社の男性に似てはいたが、明らかに別のものであった。二人はゆっくりとため息をつき、すとんと先に椅子に座ってしまった。

「大変でしたね、でもまず言わせてください、有難うございます、奴の尻尾がつかめたのですから」彼は詳しく説明を始めた。



「彼は現在、株価、外貨、仮想通貨等々の不正取引、操作の容疑がかかっている人間です。一応所属組織もありますが、この連帯はさほど強いものではないようです。ですが国際的なネットワークを持っていますので、あちこちで事を起こしてはまた場所を変えということをやっています。彼自身も世界中を飛び回ってやっているという感じです。どこでもパソコン一つあればこの仕事はできようものなのですが、一定時間留まると、ばれてしまうのでね。それこそ古い時代からある「高飛び」ですよ。しかし本当に神出鬼没でどこにいるかわからなかったんです。それが、あなたたちの活躍で、現在の姿、音声まで入手することができました」

「音声? 」菊さんは不思議だったが

「あ! そうか! タクシーのレコーダー! 」とわかった。

「そうです、横暴な客対策のためのレコーダーが備え付けてあって、それが全く客からわからないところにあるタイプだったのでね。タクシードライバーに嘘をつくため、奴も割としゃべったようで「ネット配信用のドラマを取っている、とにかく急いで行ってくれ」と言ったんですよ。ドライバーは信じますよね、言っている本人は涼しい顔で、追いかけている人間は必死なんですから。上手い嘘です。今回声紋もきちんととれたので、空港での彼の足取りも、これからは掴みやすくなります」

「でも、その、株価とかだったら、なぜ彼らは僕たちのことまで知っていたんですか? 知る必要もないでしょう?」イーサンは不安げに、すこし責めるように聞いた。

「大きな計画も、しているは・・・しているようなので」

「大きな計画? 」誰かの声がしたが、そのあとすぐに事情が呑み込めた


「デジタル恐慌ですか」


仕方がない、という風な桐さんの声がした。



 このことがささやかれて一体何年になるだろう。給料が現金で払われなくなり、支払いのすべてがカードで済むようになった。やがて世界中がネットでつながり、金額の数字が世界を自由に飛び回っている現在に至るまで、銀行への不正アクセスは絶えることなく、ネット上の小さな金額のトラブルは後を絶たない。でもマンガやドラマであるような、大規模なことには現在まで至っていない。

ふっと、彼が笑った。

「彼らが起こそうとしている、という噂でもよいのですよ、実際の所は。株価でもそうでしょう? 妙な情報で急に株価が変動する。それが嘘だとわかって元に戻る。それの大きなものと思ってくださればよいのです。もし世界中のものをどうにかしようと思ったら、多くの人数とそれに似合う施設もいるでしょう。まあ、もしかしたらとんでもない天才的な子供がいて、知らない間にやってしまっていた、なんてことも絶対にないとは言い切れませんがね。

でも現実問題、あまりにも大きなものでは彼らだって身動きが取れなくなるんです。それは避けるでしょう。現在、インターポールと協力の上、彼らの資産のほとんどは凍結されています。でも活路として残っているのは、現在も莫大な富を持つ資産家に有利な情報を渡す、危険があれば率先して回避させる、そのバックマージンで生きる方法です。ですが彼らだって客は選びます、とても冷徹にね。だって一人で百億を持つ人間と一億を持つ百人では、優先順位は決まっていますからね。その百人を上手く生かしながら一人に得をさせるという感じですかね。実際の額はもっと大きいですが。

彼らにとっては、現状を調べて、今後の予測をしようと思ったのでしょう。日本がデジタル恐慌を恐れ、また現金を多用すれば、必然的に質の良い鉱物を買い取ることになる。そうすればまた鉄鋼株が変動する、国のやることですから、ある程度の安定は見られる。日本がそちらの方向に動いているのでは、と調査をする段階で、あなたたちのことを知ったのでしょう。ですが本当に、これからが面白いほどの、たまたまの連続になります。

 

 あなたたちが神社に入った頃、彼は大通りで数台のパトカーを見ます。このパトカーは上部にカメラが付いていて、不審人物の調査ができるようになっているのです。彼は重要参考人ですから、パトカー内ですぐに写真が出てきます。だから彼は路地に入った。路地だったらカメラもない、現時点ではほとんど事故等のない所には設置は義務付けられていませんから。そこで安心して歩いて神社の前を通った。するとあなたたちの「イーサン、菊さん」という声がする。どうも情報としてあなたたちのニックネームのことも流れてしまっていたようです。

彼は記憶力の良い人間なので、どこかで聞いたことがあると思った。それでちょうどよい、警察も来そうにない神社へ入っていった。するとあなたたちの会話は「五円が、五十円が」ということを楽し気に話している。ここからは彼の気持ちがどうだったのかは分かりません。あなた、菊さんが言うように、ばかにして「お仕事ご苦労様です」と言ったのか、それとも、小さい金額のお金のことを、二人で楽しそうに話しているあなたたちが羨ましく思えたのか。それでしばらく見ていたのかもしれませんよ。

でも本当にすごいです、みどりちゃんも感心していましたが、その一言でよくわかりましたね。イーサン、って本当ですね」


 多分彼こそ本物のイーサンに近い仕事をしているのだろうが、それを喜ぶようなそぶりすら、イーサンには出来なかった。むしろ

「僕たちの、ニックネーム・・・まずいんでしょうか? 」と暗い声で言った。

「イーサンだけじゃないよ、もともと俺がみどりちゃんにばれたのが始まりなんだから」と唐さんは少し大きな声で言った。

「皆さん、私がここに来たのはある程度の真実を伝えるためと、もう一つとても重要なこととして、今後、多分、ですまないのですが、皆さんに危険が及ぶようなことはないと考えられるということです。あなたたちに声をかけて彼も上司にあたる人間から怒られてはいるでしょう。だからと言ってあなた方を恨むような人間ではない、そう言うと人間性があるように聞こえますがそうではなくて、やることが彼らも多いのでね、復讐なんてやっている暇がないんですよ。それよりもまあ、要はサイバーテロの方が好きなんでしょう、これが一番問題ですが。

あなた方が、彼らの攻撃を防ぐ手立てを知っていないことを、要は自分たちの直接的な敵でないことも知っていますから、これからは何もしてこないと思います。安心して生活と仕事を続けてください。もちろん、おかしなことがあったらすぐに連絡してください。駆けつけますので。

 それともう一点、これは私から言ってもとも思うのですが、みどりちゃんのことです。彼女の成長が著しいのは皆さんのおかげだと聞きました」

「え? それは違うと思いますよ・・・多分・・・あの家族のお陰でしょう? 」

「そうらしいですが、結び付けたのは皆さんなのでしょう? 」

「まあ、結果的にですよ」誰よりも長く接しているおーさんが答えていた。

「みどりちゃんの人工知能の発達があまりにも目覚ましいので、今度彼女はインターポールで調査協力をすることになりました」

「え! 海外! 」

「フランス本部です、フランス語も習得中だとか」

「でも、みどりちゃんはたくさんいるんでしょう? 何号機とかではなくて? 」

「本体です、百円を救った時の彼女が行きます。本当は別の、コピー機が行くことになっていたんですが、なんでも彼女の記憶の写し取りに時間がかかりすぎて、メンテナンスが追い付かずにやむなくらしいですが」

「そうですか・・・すごいですね」

「私の上司になって帰ってくるかもしれませんね」笑えるような、笑えないような冗談で話は終わった。


 

「ミッション、コンプリートだよ、イーサン」若さんが言った。

「ありがとうございます、凄いですね、現実って怖い」

「でも、何が現実で、何が幸福かはわからないよ、子供の頃に、祭りの席で近所のおじいちゃんが言ってたよ。いくら金があっても健康じゃなきゃどうしようもない、使うに使えないって」桐さんが穏やかに言った。

「本当にそうですね、健康は金で買えない、か。格言っていいこと言うな」唐さんも明るかった。久々に部屋に活気が出てきた、活気なのか、厄が払われたのか、神様のお陰と思っておくとよいのかもしれない。


「さあ、仕事に戻ろうか」


と、みんなでそれぞれの硬貨を確認し始めた。

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