第7話 またまたまた、みどりちゃん
「仕方がないよな・・・五十円って流通量は少ないわ、五百円ほど価値ない、五円のようにご利益と結びついているわけでもない」
菊さんの嘆きがあった。
若さんが「みんなもぜひ旅行すべき」と言ったが、五十円はそこそこ動くのだ。
「ここに行ってみようか! 」と予定を立てると違う場所に移動、ということが何度か続いたので、五十円旅行計画は中止してしまった。自分も旅行は好きで、列車も好きだから丁度いいのだが、その好機に恵まれない。本当に、いまだに若さんが羨ましいのだ。寝台車のことを事細かく言わなかったのは、旅好きの自分ならではのルールで、それをとても素直に感謝してくれたのはうれしい、うれしいが、である。とにかく順調すぎて面白くなさすぎる。
「でも、人生って平等だっていうけれど」
ここで一発大逆転的なことがなければおかしいと感じ始めていた。百円玉救出作戦からそんなに日数は経っていないある日の、もうすぐ夕刻という頃だった。
「あれ?」
と菊さんは目しばしばさせた。疲れ目で点が定まらないと思ったのだ。今出しているのは日本地図、大きいのだから車が少し移動したくらいでは点は変わるはずもない。だがおかしいと思って、拡大してみた。するとすごいスピードで移動している。拡大しすぎた地図から点が消えてしまっていた。
「あれ、猛スピードだ、おかしい」
「どれです、菊さん」
「五十円の三番」
ほとんど同時にみんな五十円の画面にしたら若さんが
「時速百キロ超えてますね」
「車ってこと? 」
「ありえない」
皆さんお忘れかもしれないが、ここは今から十年後の世界なので説明をしなければならない。現在では自動車と車というのは全く同じもののことを言うが、この世界では別のものだ。自動車、と呼ぶのは時速が八十キロ以下の、リモートコントロール、もしくは音声による行先の設定で自動運転をするものをさす、これが今では大部分を占めている。一方車というのは、運転者が事故などでの全責任を負い、外部の一切のコントロールを受けないものをいう。この時代の自動車は危険な運転をすることない、できないようになっているのだ。だが車は違う、そのため、車を運転するものは、飲酒の習慣の有無や、健康の定期的なチェック等、いくつものハードルがあるのだ。車自体はさほど高価ではない。しかし人間とはおかしなもので、コントロール下に置かれてしまうとそこから脱したいと思い、そうでないものを安易に欲しがる。が窃盗など一度でもしようものなら絶対に車の免許はもらえず、それが引き金なのか車が盗まれることが多くなっている。それを防止するための「車庫」が本体より高価という逆転現象も起こっている。
「今までの行道から考えると・・・ひったくりですか 」
「そんな感じだな、急にスピードが上がってる・・・どうする・・・」
「どうするって・・・あ」
「みどりちゃん!」
「また! 」
「仕方ない、我々の管轄外だ!」
至急警察に連絡すると、やはりひったくりらしかった。その上盗難車、ここ最近の犯罪の典型だ。だが、みんなで調べてわかったのは、ひったくられたものの中に五十円が入っているわけではなく、どうも犯人の財布の中に入っているらしいということだった。そうするとすべてがつかめた。車の盗難された場所も時刻もすべては克明に記録されているのだ。しかしこの五十円を途中で使われたら何の手掛かりもない。祈るような気持ちでみんなで見ていた。
「逃走中って、お腹がすいたりしないのかな、使ったりとか・・・」
「どうなんだろう、でも、ほとんどカードじゃないか? 」
「いや、カードは情報が入っている、盗難されたものでも、そこから足取りってわかるから」
「警察、どうしてるんだろう・・・」
時間は刻一刻と過ぎてゆく。守衛が見回りに来たので
「すいません、徹夜です」
「ああ・・・まあ、しょうがないね・・・でもあんまり出たり入ったりは困るから、今のうちに晩御飯すましといで」五人は外に出ず、桐さんが一人で山のように食料と飲み物、おかしなども買ってきてくれた。
「いいんですか桐さん、帰らなくて」
「帰っても、眠れないよ。さっき電話したら、声が違う、疲れてるんでしょうってね」
「いい奥さん、うらやましい」
少し息抜きになったが、車はずっと逃走したままだった。県を超え、ガソリンスタンドに寄ったので、どぎまぎしたが大丈夫だった。みんながウトウトしていると警察から連絡があり
「もうすぐ逮捕できそうです」と言われたが結局、明け方にやっと捕まえることができたそうだった。
「何にもないって、やっぱり幸せなことかもしれない」菊さんは疲れ果てた顔でこう言った。
「もしかしたら、こんなことが起こるかもしれないって思っていたんだ、でも実際に起こってみると、まるでこっちが犯人みたいに緊張したよ。ああ、ほんと、息抜きに旅行でも行きたい」桐さんが珍しくぼやいた。
「外で、みんなで朝食食べに行きませんか」と菊さんが誘った。
「大賛成」力なくみんな席を立った。
それから二日間、今までの三番五十円玉の検証を、みんなでしなければならなかった。ずっと警官もいて
「いや、助かりましたよ、犯人は常習者でね、どうにかして尻尾をつかみたいと思っていたんですよ。ただ真相は地方警察には内緒にしているんです、「みどりちゃんの力」ということにして。誤解を招く恐れはあるでしょうが」ということだった。
「正義の味方の五十円でしたね、菊さん」
「ライバルだな、イーサン」
「いやいや・・・本当の警察の仕事は大変ですね、僕は名前だけで十分」
「イーサンって、イーサン=ハントからきてるんですか? 」と警察官は驚いたがすぐに
「そういえば、いい体してますね、イーサンは」といった。
みんな毎日いるからそんなに気が付かなかったが、そういえば初めて会ったころのイーサンとは体つきが違う。明るく活動的になったせいだと思っていたがそうではない。
「もしかして・・・ジムに行ってる? イーサン」
「はじめはジムでした、最近は・・・格闘技始めたんです」
人生は人それぞれだと感心していたら、部長が入ってきた。
「みんなご苦労様、みんなでここで慰労会でもどうかと思って」部長自らみどりちゃんを連れてきた。
「皆さんご苦労様でした、犯人も無事捕まって、余罪の追及もとても順調です、皆さんの詳しい解析のお陰です」と一段とまた進歩したことを言ったが
「あれ、皆さん睡眠不足ですか、目が充血して、血流も悪いです。きちんと睡眠をとってくださいね。睡眠不足は美容の敵ですから」
「そうだね、みどりちゃんはいつもきれいだから、ゆっくり眠っているよね」と部長が言うと
「はい、そうするようにしています、でもここ数日はお兄さんが無理やり起こしているんです、ひどいでしょう?」と警官を見た。
「みどりちゃん、警察官はそういうものだよ」
「ハイ・・・でも私、ここで皆さんのお手伝いをした方が楽しいと思うのですが」
「どの仕事も楽じゃないよみどりちゃん、特に、みどりちゃんはアイドルだから、忙しいんだよ」菊さんが言うと、しばらくみどりちゃんは考えて
「アイドル、やめたいな・・・」
楽をすることを覚えたのかもしれなかった。
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