第6話綺麗なもの

 少し前のことになるが、思い出していただきたい。桐さんが奥さんに五百円玉貯金のことを咎められ? た後には続きがあった。

「で、桐さんもしかして貯金は」

「うーん、おーさんさすがだね、そうなんだ、代わりに仕方がないから百円を・・・」

「それはひどいじゃないですか」

「仕方がないじゃないか、しないわけにもいかないし、額が大きなものと言ったら」

「かわいそう、俺たち少額の人間は」

という話になった。


「職業病」

自分の硬貨が可愛くて仕方がなくなるというのか、可愛いと普通は手元に置きたくなるのだが、彼らは逆で

「かわいい子には旅をさせ」という良い親っぷりだった。まあ、そうするのが仕事であったからだ。

 おーさんも別に本気で怒っているわけではないが、自分も何となく貯金がしづらくなっていた。桐さんほどきちんとやっていないが、あまりにも小銭がたまったら、空き缶にためておくということぐらいはやっていた。それが今では「きちんと使う」ようになってしまっていた。例えばスーパーで並んでいるときなどには、あらかじめ一円単位の小銭まで用意しておいてレジに渡す、または自動会計レジにお釣りなく入れることが習慣となってしまっていた。みんなにそう話すと、やはりそれに近いことをやってしまっていた。やっぱり職業病だった。

 しかしそれ以外は本当に何もなく順調で、前のように開発に携わった人間が来ることもなくなった。報告会も、若さんの「山間部の町の現状について」ということの方が、真剣に聞いていたようだった。

何もないことに越したことはないが、思った以上のことが起こるのも、また現実、ゆえであった。



「うわ! 」

みんな思わず声をあげた

けたたましい

「ビィーーーーーーーーーーーーーーー」というアラート音が部屋中に鳴り響いた。

「火事、何? 」建物全体でなっていると思いきや、やっとこの部屋だけだとわかった。

丁度席を外していて部屋に戻ってきたおーさんもびっくりして

「どうしたんです? 」と聞きながら席に戻ると、自分の画面の一点が大きく赤く光っていた。

「すいません、僕の百円です、でもこれは確か・・・」

どこかで聞いた音、そうかと、その時の記憶とともに完全にみんなは思い出した。



 調査を始める前に説明を受けた。

「この音、です、うるさいでしょうが、聞くこともないんじゃないかなと思います。発信機が埋められている場所に、とても強い圧力がかかった時だけになる音です。車で踏まれたぐらいじゃならないんですよ。それだけの十分な強度は持っていますから。多分、この音を聞かないままに、電池の寿命が来るんだと思うんですよね」


常識的に考えれば起こることではない。お金の一点だけに圧力をかけることなど生活上はないからだ。しかし、しばらくするとその音は治まったので。

「誤作動? 」とみんなホッとして、数分したらまた

「ビィーーーーーーーーーーーーーーー」

と鳴った。三十分ほどの間にそれが数回繰り返されたので、誤作動ではないと原因を究明し始めた。

「数日ずっと一般家庭なんだ、どういうことだろう」みんなで不思議がっていたが

「あ! 」っとさすがに担当者のおーさんが何かに気づいたようだった。

「思い当たることがあるんですか?おーさん」菊さんは聞いた。

「子供の頃やらなかったか? お金の模様を写し取る遊び」

「ああ!」

「この地区、新興住宅地みたいだから、若くて、小さな子供がいるだろう、子供って案外力加減がわからないものだから、シャープペンシルとかボールペンとかでやって、たまたまピンポイントで当たったんじゃないかな。もし本当に発信機に気づいていたのなら、違う反応をするはずだし」

発信機が故意に外されようとした場合の音というのもあるが、それはまた別の音が鳴るのだ。おーさんの読みが正しいように思えた。その日はそれっきり音もならず、仕事上仕方なく調べたら、どうも居間のおもちゃ箱の、筆入れかの中に入っているとわかった。至急上司に報告する一方で、本当に救出作戦を実行しなければならないだろうという結論に達した。何度かペンで押されているため、変形の可能性、その結果としておこるもの、要は見つかってしまったら大変なのだ。


 警察の許可を得て、家族構成等々の情報が入ってきた。子供が三人、一番上が小学校低学年、その下に幼稚園児、乳児、やっていたのは時間から考えて幼稚園児だと推測できた。

「何とか自然に取り戻せないかな」

というのが六人の、またみんなの意見だった。しかも早ければ早い方がいい。

「子供がたくさんいる家庭ね・・・誰かが行くとしたら・・・」

「ん?」

「そう! 」

「そうだよ! 」

「ね! 」

「活躍してもらおうよ! 」

「そうだ! 給料分いや開発費分!」全員一致だった

「がんばれ! みどりちゃん! 」


 みどりちゃんをメインに使うという救出作戦は、警察にはあまり好評ではなかったが、人工知能の開発チームにとってはこれ以上の経験はなかった。彼らはいろいろな複雑な経験をさせたがったが、こちらとしてはとにかく早く、確実に取り戻さないといけないので、簡単ではあるがわかりやすい計画になった。

 

「みどりちゃんと一緒に遊んでみませんか?こちらとすればそれが経験になるので、たくさんの子供さんがいる家庭が良いのです」とその家に協力を仰ぐ、その間に悪いが例の百円をすり替えるかどうにかする。この最新型みどりちゃんは最近全国ニュースになったので、知名度抜群である。警察の下調べで、この家族はそのことを断るよう感じではないこと、ただ一つ問題があった。

「百円の写し絵をしているのは幼稚園児の女の子ですが、その子はちょっとこだわりがあって、簡単に渡してくれるかどうか・・・わかりません」

それを聞いてみんなは考え、行動し始めた。まずは同じ年の製造の百円玉を集められるだけ集めてみた。すり替えるにやりやすいようにだった。しかし、問題はその百円をうまく見せてもらうようにすることだ。その役目は

「そうだ!みどりちゃんにと頼んだらいいんだ! 」


最終段階はみどりちゃんと綿密な打ち合わせとなった。

「では私が彼女にどんな遊びをしているのかを聞いて、百円のうつしたものをみせてもらうように話を持ってゆきます。彼女が本物を持ってきたら、おーさんがそれをすり替える、ということでよろしいですね。ではそれが無事終了したら何か特別な合図でもしていただけませんか?」人が入っているのじゃないかと思うほど、完璧な打ち合わせだった。

「それじゃあ」とおーさんが言った。この作戦の実行者の中にもちろんおーさんが入っている。

「その子の名前を呼んで、○○ちゃんは優しいね、みどりちゃんも見習わなきゃねってどう? 」

そう言った後、おーさんはしまった!という表情になった。普通の子供に言うようにいってしまったが、大人、のみどりちゃんはどういう反応を見せるのだろうか。同行する警察官もかたずをのんで見守っていた。しばらく、一分ほど考えてやっとみどりちゃんは音を発した。

「私って・・・優しくないですか? 」

「そういう意味じゃないよ」

「そうですか! 良かった! 」

本番はある意味では難しいと感じさせられた。



 この家族へのみどりちゃんの訪問は、とても歓迎された。父親も参加した方がよいかと言われたが、人目は少ない方が良いので、子供とお母さんだけにしてもらった。その状況を上手く作り出した警察もさすがだな、と感心した。一緒に行く者は硬貨の調査のことを知っているみどりちゃん担当警官、おーさん 政府関連会社の人工頭脳の開発担当者、ということになった。大人は全部知っているので心強かったが、何が起こるかわからない。

「とにかく、自然に、自然に」とそのお宅の前まで来ても話し合った。



「こんにちわ、警察官のみどりです」

「ハイ! お待ちしてました! 」とお母さんが玄関のドアを開けてくれた。少々重いみどりちゃんを家に上げた時、みどりちゃんの足、タイヤに滑り止めのような、家の床を傷つけない配慮が施されてあるのにおーさんは驚いた。

「奪還は・・・俺の役目だな」と家に入って子供たちを見た。赤ちゃんは急に男三人を見たので泣き出してしまって、お母さんは「すぐ泣き止むと思います」と言ってあやしていた。するとその横にみどりちゃんがスルスルとやってきて急に歌を歌い出した。すると赤ちゃんは泣き止んで、手をたたき始めた。

「その歌この子大好きなんです」

「そう、それは良かった、あなたが泣き止んでとってもうれしい、急にたくさんの人がやってきたから驚いたでしょう、でも一緒に遊んでね」と赤ちゃんに向かって言っていた。

おーさんは歌のことまで調べてあるかもと、考えたが、それよりも百円玉を見つけるのが先決なので、多分、アラートの張本人である幼稚園児に会わなければと思った。

 小さな女の子だった。でも自分たちを扉に隠れるように見て、「みどりちゃんと遊べるんだね」と興奮している小学生のお兄ちゃんとは真逆な感じだった。

「この子はちょっと人見知りで・・・」とお母さんがすまなさそうに言ったので、

「大丈夫ですよ、僕も小さい頃はこんな風でしたから」おーさんの言葉に安心して、みんなで居間に入った。


 この家に入る一分前の百円玉の所在は、おもちゃ箱の中の筆入れ、さらにその中の小さなケースにはいっていることは確認済みだった。お兄ちゃんの方は

「ねえ、みどりちゃん、なぞなぞしようよ! 」

と彼の中で考え抜かれたであろう遊びを提案した。

「もちろんいいわよ」

楽しそうなみどりちゃんの声以上に喜んでいる開発担当者は、本来の目的そっちのけで自分の仕事のプラスになることが最優先だった。賢い子なのだろう、問題もいろいろ用意しているようだったが、残念ながらそれに妹は加われなかった。赤ちゃんの方はみどりちゃんのボディーをバンバン叩いては面白がっていた。時々みどりちゃんが赤ちゃんに向かって

「ばあー」と言ったりするのでお母さんも感心して

「みどりちゃんは子育てもできそうね」とお母さんが言うと

「でも、彼氏が問題で」

という、誰がこの知恵を付けたのかと思うことを言った。部屋の大人は大笑いをしたがおーさんは笑いながらもずっと、大人しくしている妹の側にいた。うらやまし気にずっと見ていたが、ごそごそとおもちゃ箱を探り始めた。

「ウイン」

と、とても小さな音がみどりちゃんから発せられた。そう、とうとう彼女は筆箱を開け、中のケースに一つだけ入った百円玉をテーブルの上に置いた。さらに子供用の大きな落書き帳を取り出し、少しそれを乱暴にめくりながら、何ページか目に百円玉を置き、挟むようにまた紙を置いた。濃い目の鉛筆を握り、意外と慣れた手つきで百円の上をこすり始めた。

「これぐらいで、反応するわけがないだろうに」そこにいた大人はみんな思ったが、そのあと

「あ! 」

とおーさんが声をあげた。その声に妹は反応したが気にも留めず、また同じ遊びを始めた。だが、使っている鉛筆が違うのだ。5H、素晴らしいほどに、硬く、薄い色しかつかない鉛筆だ。

「すごい鉛筆ですね、こんなに小さな子供さんが持っているなんて初めて見ました」

「主人の仕事の関係上いるんです、この前この子が、もっと薄いのが欲しいと駄々をこねたので、10Hっていう鉛筆を買ってやったんです、でもそれはほとんど色がつかなくて」

「鉱石採取の時の使うものですから」

とさすが研究者は良く知っている。

これで謎が解けた。彼女はその色のつかない鉛筆で、必死になって写し取ろうと思ったのだ。駄々をこねてまで手に入れたのだから、と考えたのかどうかはわからないが、その時の力一杯が、あのアラート音だったのだ。おーさんは自然にふふと笑った。女の子も自分のことが話されていて、鉛筆のことも何となくわかったのか、今度は割とやわらかめの鉛筆を使い始めた。

「きれいだね、桜が」とおーさんが言った。

「さくら? 」その子の声を初めて聴いた。

「そうだよ、百円は桜の花だ。日本の花だよ、きれいだろう、一円は若い木、五円は稲と双葉、十円はすごいよ、建物だ、平等院鳳凰堂、五十円は菊、五百円は桐と言ってね、日本の家具なんかによく使われる木なんだよ」幼稚園児には少し難しいことをすらすらとしゃべった。

「お花が好き」

「そう、じゃあ菊をやってみてごらん」とおーさんは財布から五十円玉を二枚出した。

その子はおーさんの出した五十円をしげしげと眺めた後、映し始めたが、穴の所で鉛筆が突き刺さってしまった。

「そうならないようにしないとね」とおーさんは初めて女の子の手を取って

「ほら、こうすればいい」と鉛筆を斜めにすることを教えた。女の子は何度か失敗しながらも根気よく続けて、とてもきれいに菊の絵が浮かび上がった。

「できた! 」嬉しそうにそれを母親の所に持って行った。みどりちゃんにも見せたので

「本当、とってもきれい! 上手ね」」

「みどりちゃん・・・」と彼女はみどりちゃんに抱き着いた。ほほえましい光景の中

「今ですよ!百円を回収して! 」とおーさん以外の男の大人は思ったが、当のおーさんはぼーっと見ているだけだった。

「この子、前に五十円を失敗してから、まったく挑戦しなかったんです、ありがとうございます」とお母さんが言った。

おーさんはその子が戻ってきてまた五十円を写し出すと

「この五十円二つと、さっきの百円を交換してくれるかな」と頼んだ。

女の子は二つ返事というか、そんなことはどうでもいいというように夢中になっていたので、おーさんはお母さんに了解をとり、その百円を、ポケットの中に入れた。

そして最後の言葉をみどりちゃんに向かって言った。丁度いい時間にもなっていたので引き上げることになった。

「さようなら、本当に楽しかった、また遊びに来たいな」

「もちろんだよ、みどりちゃん! 」お兄ちゃんは本当に楽しそうだった。

「あのー、よろしければ、みどりちゃんのためにも、今後ご協力願えないでしょうか」と、おーさんと警察官が驚くようなことを担当者が言ったが、それはそれなので、今後のことは彼に任せた。



「はあー無事終わりましたね」

「よかった、よかった」

「皆さんお疲れ様です、私は合格でしょうか?」

「みどりちゃん、大活躍だよ!」

「うれしい!」帰りの警察車両は紅一点の大盛り上がりだった。




「おかえりなさい、おーさん」みんなが部屋で歓待してくれた。

「ああ、でも疲れたね、少々」

「でも10Hの鉛筆を使うなんて、誰も想像していませんでしたよね」と言ったのでおーさんは

「なんで知ってるの・・・ああそうか、みどりちゃんか」

「ええ、だからおーさんがぴったりあの子に引っ付いているのを見て、みんなでお母さんが心配しないかって話してたんですよ」

「そうか・・・それも気を付けないといけなかった、でもみんなで考えた作戦が大成功だったね」

「いいでしょう、百円一枚が五十円二枚になる。子供はお金の価値よりも数ですから」

菊さんが誇らしげに言った。五十円も大活躍、百円にとっては命の恩人だ。その救われた百円玉は、帰り道にある発信機の会社に預けてきた。今もそこで光ってはいるが、念のためきちんと強度などの調査をするということになっている。

「本当に、子供は思いもよらないことをするな」

「きれいだったよ、いろいろな濃さで写してさ」

「五十円だけは見れましたけどね」

無事にすべてが終わった。


みんなからも、帰りの車でも

「どうして百円をすり替えなかったのか」と聞かれた。

「子供はいろいろな所に目がいっています。これは違うと騒がれた方が大変だと思ったんです。それに、だますことにもなりますからね。そんなことはしたくはなかったんですよ」

と答えた。

「そうですか、そうですね、だからこんなにすっきりしているんですね。もし、すり替えていたら、あの家には僕も二度と行きたくないと思ったでしょう。本当に良かったです」

開発担当者はそういった

「でも、もし今度行くことになったら、お父さんがいるときにしてね、証拠隠滅的に」

「ハイ、そうします」これからのためにもなりそうで良かった。

おーさんが考えたのは自分の子供の頃だった。大人が誰も気づくまい思って、子供に注意するような悪いことをする、そんな姿が幼い頃とても嫌だった。だからどうしても、あの子の了解を得ずに、何日間かの遊び相手を勝手に奪いたくはなかったのだ。


「大成功だ、そうだね・・・これからみどりちゃんは」

一緒にいてほしいような面倒臭いような、そのことだけははっきりしなかった。

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