第5話 旅がらす



「それでは行ってまいります! 」


みんなで少々の残業の後、大きな登山用のリュックを背負った若さんが言った。

「旅行兼、調査ですから気が休まらないでしょうが、ゆっくり行っていらっしゃい」と菊さんが言うと、「気を付けて若さん」「近況報告楽しみにしてます! 」「お土産! 待ってます、おいしいの! 」「第一号、うらやましい」とみんなの声がした中、若さんは部屋を後にした。若さんはこれから寝台列車に乗り、山陰地方のある町へと行く予定、いや行かなければならなくなった。一円玉の救出目的ではない、現状調査のためであった。


「きっと、あまり人口のいない町なんかで、ずっと留まっているってこともあるだろうな」

準備段階でみんなと話していた。

「だとしたら行ってみたいよな」という意見ですぐにまとまった。知らない、大きな観光地でもない町にふらっと行ってみるのも、なかなか粋で良いものだ。その役目が若さんにやってきたのだった。調査を始めて間もなくの頃から、一円はそこにたどり着き、町を出たことがなかった。山間の小さな町は、日本国中にある典型的な形で、過疎化、高齢化等々あるが、その町は、温泉が出たせいか、何とか現状をずっと維持できているようだった。そのことを上司に報告すると

「丁度いい、君たちの目線から町の現状を報告してくれないか」

「出張ですか?」

「・・・最近色々厳しくてね・・・その、温泉などがあるとなおさら・・・」

「つまり自費ということですか」

「強制はしないよ」

しかし彼は知っていた。六人が随分と前から、この目的地が日本というだけわかっている(海外に硬貨が出てゆく場合ももちろんないわけではないが)旅をやってみたいと思っていたことを。だから強くは言わなくても

「有給休暇を消化しようか」

それが若さんとまではわからなくても、その言葉が出るであろうということだけは、かなり確実なことと思っていた。

 他のメンバーは自費はあまりにもとは思ったが、若さんが楽し気に予定を立てているのに安心して、乗っかるようにして一緒にプランを考え始めた。

「寝台で行ったら? 寝ている間に着くのも楽しいよ。眠れるか、と言われたら厳しいけど」と菊さんの提案に

「それは楽しそう! 」と若さんも本当に乗り気だったので、その案にすることになった。幸運なことにチケットも取れて、いやチケットが取れたから有給を申請して、行くことになった。


「どんな所なんだろう」


寝台車に乗る前までずっと考えていたが、寝台車に乗ってみるとその構造の楽しいことに夢中になった。一両にたくさんの個室を作るための階段は、迷路の様で楽しく、列車の端から端まで探検するという、まるで小学生のようなことをしていたら、あっという間に寝る時間になっていた。少し大きめの部屋で、二段ベッドにもでき、二人でも泊まれるようになっていた。当然、二階に上がってみた。天井は低いが、少しカーブしているからか、広く思えた。その上、夜の天候に恵まれたのか、星空が見え、ずっと星座とともに移動ができた。どこを通っているのかもわからない、車内アナウンスはとうに終了していて、新幹線ほど早くなくても、駅名は読めるスピードではない。

「面白い! 」大人になってとても新鮮な経験だった。そういえば家族旅行というような人たちもいた、小さな子供も。

「結婚して、子供が小学生ぐらいになって、これに乗ったら喜ぶだろうな」

菊さんは自分が乗ったことがあるとはいっても、あまり詳しく教えてはくれなかった。その洒落た、大人の気遣いに素直に感謝して、二階でそのまま眠った。


 翌日の朝はやはり早く目が覚めた。旅行の時はいつもそうだ、だからと言って疲れているわけではない。仕事であれば必ずもう一度寝る時間だが、目もさえているので、カウンタ―席のあるラウンジへ向かった。もう何人かいて、二人組はお喋りを、一人の人間はゆっくりと外を見ていた。深い渓谷の中、単線になることも多く、山を削って線路を敷いたのか、どこをどうやって橋を架けたのかと感心してばかりだった。山が深くなるにつれ緑も濃くなり、その中で飛ぶ一羽のシラサギが、それは美しく、神々しくも見えた。しかし寝台列車の終着点について、列車をさらに乗り換え、駅から出ると、若さんは仕事を始めた。


「無事着きました、一円君はまだその町にいますか?」

「大丈夫の様です、今から目的地ですか? 」

「そうそう、今から一時間半、バスの旅、山道グルグル」

「絶対に嫌」その声は菊さんだった。そういえば電車はいいけどバスは酔うと言っていた。「二人部屋だから一緒に」と誘っても行かないわけだ。とにかく何度か映像でも見た駅周辺を探索することにした。

比較的新しい建物が多かった。駅の真横にホテルがあって、その横にマンション,その下には店舗、全国チェーンの店もあった。

「まあ、これが特徴がないって外国人が嘆くところか」最近の観光客は目が肥えていて、「日本中同じ町、同じ店」と言っているとは聞く。しかし観光客が見たいのは「その土地らしさ」現実とはうまくいかないものだ。

ちょっとコーヒーを飲んで、温かい食事を食べた。そうこうしているうちに、二時間に一本のバスの時間になってしまった。

 

 走り出して二十分もたたないうちに、家がまばらになり始め、山道が始まった。片方が川、反対が山だった。落石注意の看板はあっても、それをよけようがないほどの道幅で、そんな道をよくバスの運転手は対向車と離合できるなと、仕事とはいえ感心した。ぽつりぽつりとある日本家屋のほとんどが、濃い赤みがかったオレンジ色の瓦屋根なのに気が付いた。調べてみると石州瓦というもので、この地区の風土にあった瓦なのだそうだ。案外こんな風景が観光客には喜ばれるのではと、自分も公務員らしい地元優先目線を持っているところに、逆に驚いた。

 

 若さんは本当に都会育ちで、両親もまた田舎で育った人間ではなかった。だからみんなを救った、あのイーサンの行動を本当にすごいと思ったし、それ以来彼に子供の頃の話を聞くのが楽しくて仕方がなかった。


「俺の育ったところは平野だったからね、山間部はまた違うだろうから色々見てきて」ともイーサンから言われた。そんなことを思い出しながら、バスはずっと川の横を上っていった。時々鮎釣りの人間がいて

「鮎のとも釣りは世界でも珍しいんだぞ! 難しいが、楽しいぞ! 」と子供の頃の自分に、誇らしげに言った親類の叔父の姿も目に浮かんだ。一時間位以上のバス旅は決して退屈なものではなかった。


 降りたバス停は終点ではないが、町役場や、小中学校、保育園などもある街の中心部だった。泊まる旅館もそこから歩いて行けるところだったので、降りることにした。田舎のバス停とは言え、何故かそこに人がたくさん集まっていた。そういえばバスには荷物だけが乗っている場所あって、山間部では宅配をバスが担っていると聞いたことがあった。

人々降りてくる自分に丁寧なあいさつをしてくれると、自分あての荷物をテキパキと、

「これ、お隣のおばあちゃん所のだから届けよう」と、都会ではない人間関係と信頼感がなければできないことと感じさせられた。しかし、その光景をほほえましく思いながら、若さんは連絡をした。

「どうなっています?」

「今、その付近のスーパーです。救出を試みますか、若さん? 」

「はは、そうだね、試してみようか。もしできたとしても、明日もとに戻すようになるかもしれないけどね」

小さな作戦を実行することにした。田舎のスーパーは出来ても何十年、という感じだったが、物はある程度ちゃんとあって、あまり都会では見かけないようなお菓子などもあった。割れせんべいのいかにもおいしそうなものや、羊羹のぐらいの大きさの硬めのケーキなどもあった。だがやはり一円を回収してみたい衝動に駆られていたので、金額に端数があるケーキにすることにした。

「お兄さん、渓流釣り? 」と店の女性から言われて

「いえ・・・まあ・・・観光というか、そう、温泉です」どぎまぎして答えてしまった。客は自分の後ろにも並んでいたので、すぐさまお釣りをしまって、店の外を歩くことにした。

「ああ、一層、空気がおいしい」

バス停で感じたことをぽつりと口にした。そして周りを見渡して自分の中の違和感が何なのかを突き止めた。

「そうか・・・高い建物が全くないんだ」

学校が一番高い、それ以外は先まで見渡せる風景だった。梅雨の前の新緑を、バスの中からの一過性のものではなく、ゆっくりと満喫ができた。


「旅行って・・・いいなあ・・・」


知らない町を歩き始めた。すぐ横の役場で観光マップをもらい、地図通り歩くことにした。その道も川沿いで、若さんはなんだか自分の今やっていることが楽しくて、おかしくて、仕方がなかった。ちょうどかかった費用倍となる一円のためにここにいること、さっきのお釣りの中に入っているかどうかわからない一円玉は、この町の中を、まるで回覧板のように回っていること。自分はさっきの店をそそくさと出てきたが、馴染みのお客さんとの、本当にのんびりとした会話は、都会ではもうそんなに見ることもできないものだ。そんな風に考えながら歩いていると、地元の人は見知らぬ自分に会釈をする。

もう大人とはいえ、若さんにとっては新鮮な経験に違いなかった。

古くからある橋を渡り、数日泊まるところでチェックインをして部屋に入った。

「今、部屋に入ってますが」

「残念若さん、救出失敗」

「ハハハ、そうですか、ご苦労様でした」

「それじゃあ、今日はこの辺で、あとはごゆっくり」

「ありがとうございます、菊さん」感謝しなければならないことがたくさんあった。


夕食をおいしく食べて、もう一度風呂にでも入って寝ようかと思い、部屋を出た時だった。

「フュ、フュ、フュ、フュ」

と、とても綺麗な声がした。ほとんど途切れることなく、窓から外をのぞいたら、その穏やかな音にこの町すべてが包まれているように感じた。

「何の虫? 」側の草むらの方を探すが、もう暗闇で見えるはずもない。するとその落ち着かない行動に、どうしましたか、とその宿の人が聞いたので、若さんは声の主が何の虫かと尋ねた。

「ああ、知らんかね? カジカガエルよ、川にすんどる」

「カエル? これがカエルの声ですか? 」

「きれいじゃろう、小さな時から当たり前にいたから、わしらは慣れとるけんね。もうちょっとしたら蛍も群れになって飛ぶのが見られるよ」

「そうなんですか、じゃ、ちょっと出てきてもいいですか」

「暗いから気を付けて」

外に出ることにした。

 

 外灯は十分な明るさがあり、車も通らないので、道の真ん中を大手を振って散歩した。渓流だけではなく、山手にもいるんじゃないかと思うほどに、彼ら声は町のどこからでも聞こえた。もう暗かったが改めて町を見て見ると、多分昭和に建てられたであろう建物が多く、立派な街道のようになっていた。この町も以前は炭を作ることで栄えて、人口もとても多かったそうだ。それがガスの普及によるものと、昭和三十年代にあった極端な豪雪のために人口が一気に減ったのだという。写真で見たが、雪景色も素晴らしく美しいものだった。

 初夏の夜、この町はしんとしていた。明かりのついた家の前で、漏れるテレビの音を過ぎ去れば、またカジカガエルの声だった。ぐるりと町を一周して最初のスーパーにも行ってみたが、健全に、店はもう閉まっていた。少し川から離れると虫の声もかすかに聞こえた。若さんはゲームマニアというほど好きではないにしろ、どちらかというとそのプロの試合を観戦するのが小さなころから好きだったので、このような自然のことは無知に近いと悟った。そういえば、役所の横が図書館になっていたと思い出した。

「カジカガエルのこともゆっくり調べてみよう」

昨日の寝台車から、いろいろな経験が詰まった一日だった。そして部屋に帰って、小腹がすいたので、買ったケーキを食べることにした。上下にパイが乗っていてぎゅっと詰まっている。本当に洋菓子かと思う重さだった。ほとんど使ったことのないアーミーナイフで切って食べると


「何これ、今まで食べたケーキの中で一番おいしいかもしれない! 」

山間のスーパー、恐るべし。



「いくら旅行者でも何回も行ったらおかしいだろう、決めてもらえる? 」

と 次の日は本部でチャレンジの回数を決めてもらうことにした。その間、実は若さんは本当にチャレンジしたいことがあった。この町にはきれいな運動公園があって、その公園内に、ものすごく長いローラー滑り台があるのだ。若さんはこれが子供のころから大好きで、乗り方等々、自分で工夫してやっていた。甥っ子を遊ばせる名目で、いろいろな所に一緒に行っていた。しかしここならば人目も気にせず、何度もチャレンジできる。そのために朝旅館から段ボールのちょうどいいものを仕入れてきたのだ。そのままやるとお尻が無事では済まない。

「何度、できるかな・・・」

段ボールを持って滑り台の上まで行かなければならないが、長ければ長いほど、高く登らなければならないというわけだ。まだ店の開く前だから、行ってあのおいしいケーキの残り一本を買うわけにもいかないからと、軽い気持ちで登り始めた自分に後悔した。

「着いた・・・」スタート地点で疲れてしまって、しばらく息を整えていると

「三回ってどうです?それぐらいなら不審がられないでしょう?一円君はまだそのスーパーですから」と本部からの指示に

「ハイ、わかりました」と息遣いを悟られたくない一心で、早めに電話を切った。

「滑れるかな」ちょっと緊張したがやってみた

「すごい! 怖いぐらいだな! でも楽しい! やっぱり何度かやろう、学校が終わると子供が来るかもしれないから! 」楽しい声が山に響いた。


「若さん、一足違いですね、どうもお釣りとして役所に入っていったみたいです」

との連絡を受けたが、それよりショックなことが若さんにはあった。

「ケーキがない」

昨日はもう一本あって、桐さんくらいの値段、がするものだからそんなに売れないだろうと踏んでいたのだ。だがそれは人を甘く見ていたのだと若さんは痛感させられた。

「そうだよな、ここの人たちがおいしいって言ったから仕入れているんだよな。ああ、それはいつもあるものじゃないって言われたから」仕事そっちのけの自分がいたが、まあ、旅行だからと納得することにして、そこできちんとまた段ボールをもらった。

休みもとても重要である、カジカガエルのことも詳しく知りたいと思った。


 本で調べた後、渓流に降りてみた。鮎釣りにはちょうど良い川幅と深さの様だった。邪魔をしてはいけない、と釣り師から遠く離れた所でカジカガエルを捕まえたいと思ったのだ。だが、そんなに甘くはなかった。あれだけ声がした、ということは相当数いるはずだ。なのにカエルの姿が全く見えない。石をどかしてみて見たが、水生昆虫はいるが、それより大きいはずの彼らが見えない。水面からはきらきらと翻る魚のうろこが、高地の強い光で一層キラキラと輝いている。遠くに何かがもぐっているのも見えた。ここに住む生き物の紹介であった、あれが「カワガラス」なのだとわかった。ハトより小さく、水に潜り魚を捕る。石に上がってはもぐるということを繰り返していた。それを見ているとあまり石をいじくりまわすのは罪だと感じて、しばらく川を眺めることにした。鮎は石に付いたコケを食べるという、だとしたらそうしているのが鮎で、そうしていないのが渓流の女王と言われるヤマメ(山女魚)なのかと思った。イワナは岩魚と書くように、山のさらに奥に行かなければいないし、釣れないのだという。そのため何年かに一度は、釣り人の車が川に転落という事故が起こるそうだ。

「叔父さんに、渓流釣りで習おうかな」とふと考えたが、昼過ぎ、もう一度チャレンジしようと、滑り台登山を始めた。


「気分がいいなあ、適度に体も動かせたからかな、健康的だ」

夜また散歩をした。危険が全くないとは言えないが、恐ろしいほどにその確率が低いのも真実だった。時間が早いようで短いようで、とても不思議な気分だった。

一円を追いかけてきた旅だった。じゃんけんで負けて一円玉担当になったが、みんなと同じようにだんだん愛着がわいてきた。調べるうちに、一円玉を歌った歌があるのも知った。一円が旅をするという歌詞で、今自分がやっていることは、その通りだった。

昼間全く見つけられなかったカジカガエルは、勝ち誇ったように優しく鳴いている。ふっと若さんは思った。もし、この町であの一円が川に落ち、唐さんの十円のように隙間に挟まって取れなくなっても、多分自分は救出しないのではないだろうか、と。

現実的に考えれば、ここで同じように数人が金属探知機を用いるだけで、町中大騒ぎになるだろう、夜中にやるわけにはもっといかないから、諦めざるを得なくなる。しかしだからと言って桐さんの時のように、死んだ、と嘆くかというとその逆のような気がした。

このきれいな所で、石の中、水の中、白銅で鋳造された百円や五十円よりも、魚のうろこのように、アルミの一円は自然に溶け込んでいけるのではないか、とさえ思えた。内蔵された電池は振動でも発電できる為、最長は五年とまで言われている。もし、そうであったら、五年間、毎年ここに来る目的もある、町の誰にも言えないが。

 自分の結論がこんなことになるなんて思いもしなかった。でも今までの人生もそうだ、大体思い通りになんて事は運ばない、だから面白いんだという考えの方が、生きていくのに窮屈にならないでよいと思った。明日はお土産選びをしよう、明後日は朝早くここを出ることになるのだから。

 

「若さん、またスーパーです」

その報告を受けたのは次の日の夕方だった。お土産と荷物をなるだけリュックにいれようと格闘している最中だったが、やっぱり、昨日の夜思ったこととは裏腹に、最終チャレンジを敢行した。その時の、どきどき感はたまらなかった。

「どうしよう、五円玉はいいです、全部一円でってもらえるかな、いや、不自然かな」

などと考えて歩いていると

「若さん・・・車で行ってしまったようです・・・」

という連絡が入った。なんだかほっとしたような気持でもあった。ここよりもさらに奥の集落から来ている人が買っていったようだが、とにかく、もう一度行くことにした。

「ああ、よかった、仕入れてきたけどいるね?」

例のケーキが五本ほどあった。

「いいんですか? とってもおいしくて、職場の人たちにもぜひ食べさせたくて」

「いいよ、いいよ、遠くから来ているんじゃから」

とに好意に甘えさせてもらって購入したが、そうだった、このケーキは重いのだ。

後で調べてみたら、これはクラムケーキといって、ケーキの切れ端をさらに細かくし、てブランデーなどを浸して押し固めたものらしい。その上パイ生地がのっているから、見た目以上に手間暇、材料がかかっているのだ。高いのも仕方がない。お土産が想像以上に重くなって、キャンプでもないのに買った登山用リュックが重宝した。腰のベルトをしっかり占めると重さもそんなに気にならない。このリュックも旅行用に買ったものだったので、大活躍、あとは無事に帰るだけになった。朝一番のバスで。


 新説に「送ってやるよ」という人もいたのだが、それは丁重にお断りした。口が滑ったら大変だし、もう一度、ゆっくりと渓流を眺めたかったからだ。朝もやの中、出発した。バスが出てすぐ運転手が

「ヤマセミがおるよ」

と川の上を渡っている電線の方をさした。すると、頭がぴんぴんと立った、大きめのずんぐりむっくりとした鳥が止まっていた。

「大きいんですね! 案外! 」写真で見たものからすると、大きくないと思っていたのだ。

「よかったね、初めて? 」

「ハイ! 」

バスはゆっくりとまた走り出した。また来ようと思った。

必ず、今度は一人ではなくて。

帰りも寝台車で実は、そのまま次の日出勤する予定にしていた。朝早く電車はつく、お土産もいっぱいだから丁度良かった。

「明日、何を話そうか、 いやみんなもそれぞれ一度行った方がいいって言おう、まずそれが一番だ」と心に決めた。





「お帰り若さん! 」

「ただいま戻りました、 ありがとうございました」

若さんがなんだか落ち着いた雰囲気になっているのに、みんなは驚いた。疲れているわけではない、穏やかな感じだった。

「ゆっくりできましたよ、皆さんも一度ずつどうです、旅がらす」

「そうだね、行ってみたいよ」桐さんの言葉に

「妻帯者はダメでしょう」とおーさんがからかった。

ごそごそとリュックをあさり、若さんはあのケーキを出した。しかし田舎の洋菓子の土産は期待から外れたものであることは違いなかった。その反応を見て

「でもこのケーキを食べたらびっくりするとは思いますが、でも、まあ、こっちがメインです、ジャーン! 」と若さんはそれは誇らしげにあるものを出した。

「栃餅! すごい! うわー、食べたかったんだ!」大興奮の部屋で

「皆さん食べたことないんですか? 」とイーサンがクールに言ったので

「じゃイーサンいらないの? 」

「まさか! 大好物です! 」一人一人に渡した。お土産は日本人独特と言うが、それによって国内の経済は大分回っているのだ。そう、お金は目に見えて回っていく、それがカードとの最大の違いだ。これからどうなるかはわからないが、とにかく、自分たちの仕事は意味のないものではないと、若さんは強く感じた。


数日後、例の一円はふもとの町に降りた。そこで今は生活している。


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