第3話ヒーロー!イーサン!

 そろそろ調査を始めてから一か月が経とうとしていた。それをめどに報告書をということになったのだが、あの唐さんの事件以外本当に順調そのものなので、

「報告書に三日前の引っ越しのことも書いたら」と笑い話になった。唐さんは周りから泥棒と思われているので、今までの家とは真反対側にある公務員宿舎にお引越し、というか、ご栄転というか、とにかくみんなで手伝った。その日はまた格別の楽しさだったので、後々報告するとして、仕事に戻らなければいけない。

「誰か一人のものが、道端にでも落ちてくれていたらいいのに」ずっと室内の監視なのでみんな飽きてきていた。そんな時にみんなにとっては幸運で、唐さんにとっては不幸なのかもしれないが


「あー昭和六十三年君は・・・こりゃ河原だなあ・・・」


ということになってしまった。電車と徒歩でいける場所だったので、とりあえず現地に急行することにした。


「よかった、菊さんの知ってるところで」


「以前下宿していたところの近くだしね、よくこの辺は散歩したりとか、ちょっと体動かしたりとかしてたんで」


「え? スポーツですか? 」言い方が失礼だったと唐さんは自分で思ったが


「まさか! ストレッチしながら歩いてただけ。僕も自分でわかるくらいの運動音痴だから」二人で話しながらだと時間の経つのも早い。長いな、と思わないぐらいですぐ側まで着いてしまった。川幅はさほどなく、川辺もそんなに広くはなかったが、石がたくさん転がっていた。土手の道を降りたらそこが現場のはずだった。


「場所はちょうどここ?」


情報は職場でしか見ることができないため、スマホはトランシーバー状態だった。座標もドンピシャでいるのに、見当たらない。


「土手の道から転がり落ちたかな、これだけ石があると、どうしようもないな」菊さんが言ったが

「とにかく救出しないと」と唐さんは自分の責任の範囲内なので、すぐさま石をどけ始めた。すると小学生が


「何をやっているの、おじちゃんたち! 」結構仕事バリバリの服の二人が、石をガンガンひっくり返しているのだから、奇妙に映るのは仕方がない。


「五百円玉落っことしてね」


「そうかー、五百円は僕も探すなー」


と菊さんのとっさの機転で助かった。それから何人かに同じことを言うと


「僕たちも手伝おうか? 」


という親切と宝さがしという二つの魅力を見出した集団がやってきてしまった。これまた菊さんの機転で


「あ!あった!ありがとう見つかったよ!」と何も持っていない手を高々と上げて、こっそり

「いったん引き上げよう、人が集まってきても面倒だ」ということになって、唐さんは本当に、泣く泣く引き上げることにした。


「六十三年君は・・・何かが起こる気がしてたんだよな」と帰ってからもう一度確認をした。あれだけやったのに何で見つからなかったのだろう、そんなに日数は経っていないから土の中にもぐっているとは考えにくい。

「一度雨がふりましたかね、それに、子供の頃やりませんでした? 大きな石をただひっくり返したり。そのあたり新興住宅地になって、小さな子供が多いですから、どうなっているかわかりませんよ。」とおーさん

「でも子供に拾われたら・・・」唐さんが言って、またすぐ自分で気が付いた

「そっか、子供が拾ったら、そっちの方がいいんだ」

「拾ってもらいましょうよ」「そうしよう」その会話をイーサンはずっと見ていた。


一週間がたってイーサンが

「唐さん、例の十円まだ川辺ですか?」と尋ねた。


「そうなんだ、まだ誰も拾ってくれてなくてね」


「流通していないのはまずくありません?それに発信機もそんなに水には強くはないって言ってましたから、救出した方がよくありませんか?」


「でも、どうやって? この格好で、人海戦術はおかしいだろう? 」


「いえいえ、道具でやりましょうよ、最新の」


「なるほど!金属探知機か!」菊さんが叫んだ。

そうだ、イーサンが絶対にいると言っていたものだ、だからここ数日、イーサンが自分をちらちら見ていたのだ、まるで昔の彼のように。

「いいな、俺も外に出てみたい! 」「俺も! 」桐さんとおーさんが言った。

「僕は面が割れてるから、ここに残るよ、できるだけ多くの人間で素早くやった方がよくないか?」菊さんの提案の通り、五人で車で現地に行き、探すことになった。


「カッパまで貸してくれてよかった」とイーサンはにこにこ顔で貸してもらったものを着始めた。みんなも洋服を汚したくはなかったので、さっと着替えて、金属探知機を持って降りて行った。

「すごいな・・・最新のものは」

この金属探知機には「それだけモード」というのが付いてい、十円を探したいのなら、それを別売りのセンサーにかざし、その情報を金属探知機に送ると、それのみに反応する、ということもできるのだ。

「全部が全部やらない方がいいともいわれたね、僕のはただの金属探知機にしようかと思うけど」桐さんが言うと

「僕もそうします」とイーサンも言ってくれたので、唐さん、若さんおーさんは早速モードで情報を取り込んだ。さあ、始めなければならない。

 

「見つからないなあ、おかしいな」

みんなの声だった。ピーピーとなるのはイーサンと桐さんの探知機だけで、他のものはピクリともならない。試しに普通モードにすると途端に鳴り出す。壊れてはいないのだ。2メートル四方に男が五人で金属探知機、は異様な光景だが、天は味方していた。雲行きが怪しいのだ。ぽつ、ぽつ、とカッパに雨が降り始めた。そうすると途端に人は少なくなる、河原にいるのは自分たちだけ、車も全く通らなくなってしまった。

「これで人の目を気にせずやれる」と今までも気にしてはいなかっただろう、と思える唐さんの言葉に、姿に、他の人間は何故だか奮い立たされた。しかし、相変わらず十円オンリーモードはうまく作動せず、結局みんな、ただの探知機として使わざるを得なくなった。雨足は一層強くなり、さすがに体が冷え始めた。イーサンがちらちらとよそ見をするようになったので、唐さんは

「イーサン、休んだら? 」とちょっときつめに言ってしまった。一気に雰囲気が悪くなり、それでも黙々とみんな作業を続け、イーサンは同じようにちらちら見ているので

「イーサン! 」心の中では八つ当たりだとわかっているのに自分が叫んだ途端

「上がりましょう! 危険です、妙な音がする」

「そんなに水かさは増してない!」唐さんはすぐ返した

「上流ではかなり降ってる、菊さんから言われたんだ、ここの河はすぐ増水するって、とにかく、上がった方がいい、危ない!」唐さんの手を引っ張った。

「何するんだ、さっき反応があったんだ!やめられない!」

「だめだ! 命が危険なんだ! 」力が強いと思ったことのないイーサンが、探知機を持った唐さんをずるずる引っ張っていくので

「みんなも早く! 」その言葉通りに上がっていると

「ウーーーーーーーーーーーーーーー」けたたましいサイレンが町中に響いた。それから「ゴー」という音が次第に聞こえだし、数分後には自分たちのいた場所は背丈以上の水量になっていた。

「ごめん・・・イーサン・・・死んでたかも・・・」

「いいよ、田舎育ちだから、こういうことには敏感なんだ、良かった・・・」

すぐに電話が鳴った

「みんな大丈夫かい? そこ大雨洪水警報が出ているから、もう引き上げたら?」

「引き上げるよ、ヒーローと一緒に」

桐さんかっこいい。


 職場に帰った頃には、川は危険水位をとうに超えていた。しかし相変わらず反応はそこから移動することなく、水が引かなければ捜索自体が出来なかった。金属探知機の会社に問い合わせると、例のモードは、ものすごくぴったりと何かにくっついていたら判り辛い、と言われた。

「縦に割れた石が結構あったな」「泥が入り込んでたから良く調べなかったしな」と反省点がいろいろ見つかった。そして発信機のメーカーから

「え! そんなことがあったんですか? 言ってくれればお貸ししたのに」

「なにを? 」

「電波が正しく出ているかということを調べる装置です、探知機代わりにも使えると言いませんですたか? 」「・・・・・・」

「あーでも使える範囲とかはそんなに広くなくて、ピンポイントだから」

全くの無駄ではなかったのだみんなでホッとした。



「見つかるといいな、今日こそ」

「イーサン同行だからご利益があるかも」

「五円担当だけど、それはわからない」

唐さんは二人で出かけた。三度目の正直、命を救ってくれた人間と一緒だ。

「唐さん袋に何が入っている? 重そうですが」

「一応金づち、石割らないといけないかもしれないから」

「それだったら、化石探しって言える」

「そりゃいい!名案!」格好も少しラフなものでやってきた。現地について早速小さな電波の確認装置を取り出し、スイッチを入れると数値が出た。真横にあった時の数値を最高値として設定してあるのだが、それに近い。

「すぐそばだ、どこだろう」

「大きめの、この石」というや否や、イーサンは石の隙間に挟まった泥を手でかきだし始めた。すると

「見えた!」紛れもない十円玉の真横、二人は笑い始めた。

「子供の頃こんなことしたっけ」「誰かがやって、取れなくなったんだ」

ほんの少し石を金づちを使って割ると、すっととれた。

「やった、やった! 」十円で大喜びしている成人男性を、知ってか知らずか通行人は通り過ぎて行った。

「どうします?この十円、唐さん」

「電波も完璧に出ているようだから道に置こうか、誰か拾うだろう」ということになった。丁度遠くに小学生が一人自転車で来ているのが分かった。道において土手で待っていたが、残念ながら通り過ぎてしまった。それからまあ、ちらちら見ながら過ごしていると

「十円落ちてる! ラッキー! 」と最初の小学生と同じ年頃の子が拾っていった。「こちらは任務終了です、十円動いてますか? 」本部に連絡を入れると

「動いています、お仕事ご苦労様です、部長から今回のことをまとめてから報告をするようにとのことです、以上です」

「了解しました」今度から本部と言おうとイーサンと話した。




「・・・・・・で、拾われた十円は、駄菓子屋と子供の家を行ったり来たりしているという状況です。今日も確認しましたが、学校の時間は全く動いていないので、子供が持っていると思われます。

 このことから現時点では、硬貨のあまりにも早急な使用制限は行わない方が良いかと思われます。硬貨を消滅させれば、必然的にカードになるでしょう、しかし小学生の場合は、取った、取られた、ということになりやすく、軽犯罪をいたずらに招くだけです。そして駄菓子屋の多くは年配者が経営しており、最新のシステムの導入自体が今後のことも考えると困難です。また網膜認証による個人の判別は、高齢者の場合、白内障の手術等々でできない場合もあります。キャッシュレス化が進まないのは高齢化によるものも大きいでしょう。

逆に若い人間にとって、実際に目に見える形での貯金は根強く、調査に使われたたった十枚の五百円玉のうち、二枚は個人宅から全く動いていません。調査は引き続き行いますが、現在の所これと言って大きな問題も、発信機のこと以外は起こってはおりません。ご質問があれば」

と桐さんを本部に残し、みんなで報告会に出席し、菊さんが発表した。

しばらく沈黙があってから、今まで会ったことのない人が言った。


「まあ、そうなるだろうね」


桐さんが聞いたら何というだろうとみんな思った。









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