第2話アイドルのみどりちゃん



「やっぱりみんないるよね」


若さんで六人目、結局みんなコンビニか近所のスーパーで買い物をして部屋に戻ってきていた。


「ほらほら見て見て、面白いから」唐さんが自分の画面を見ながら言った。六人それぞれのパソコンは、担当の硬貨の現在位置を示していた。桐さんがそのまま持っている五百円玉四枚以外は、すべて動いていた。

「大変だった、無理やり流通させるのは」というのはみな同じで、切れのいい数字にならないように、スマホの電卓機能を最大限に駆使して、やっと乗り越えられた。こんなところに小さな苦労があったとはと、みんなで笑いあったが、一番遠くのコンビニまで走った若さんが、二個目のパンを開ける前には、すべての硬貨の動きはほとんど止まったようになっていた。この辺りはオフィス街で、自分たちと同じように買い物して、そのおつりとして、彼らはそこにいるのだ。夕方までは動かない可能性が高い。今の地図はこのあたり周辺二キロメートル内のものなので、硬貨たちは密集状態だった。そのビル内で動いても、反応はしないのだ。するとおーさんが

「ちょっと、やってみたいな・・・」とみんなに許可を取るようにつぶやいた。

「うーん、初日だし、とにかくシステムがきちんと作動しているかどうかの確認をしなければいけないから、やりたいよね」桐さんが総括し

「やるならもろとも、だ!」イーサンの強気もあって

「やろう、一人一つだけに絞ろう、でも一度にはやらない方がいいって言ってたからどれから?」

ここで公正にじゃんけんをして


「よし、じゃあ俺から」と勝った唐さんが自分のパソコンに戻り、みんなそこに集まった。

「ここから一番遠い、ここ。ハイ」とある場所をクリックすると

「ホオーーー」と感嘆の声が上がった。急に、その十円玉のいる場所のビルの骨格が映し出され、さらに何階にあるかということまでわかるのようになった。しばらくそのままにしておくと、次々、まるでビルが肉付けされるように、いろんな部屋が現れ、その部屋がどこと、どうつながっているのかというところまでわかるようになった。

「どうやって作っているのか・・・」

このシステムを、自分たちの職場、ここのビルで何度も試したことはある。しかしこのビルは国の持ち物であるから、内部構造もわかって当たり前だ、それが一般の建物にまで通用するとは、半信半疑だったのだ。そして十円は自動販売機なのだろう(長方形の何かということまでわかる)、そこで飲み物を買うため使われて動かなくなった。みんなは多少恐怖まで感じるようになってしまったが、逆に菊さんが

「怖いけど、一人一人やった方がいいよね」と順番通り同じことをし、それぞれの所でまた集まった。

「ビルを建てるときに、役所に図面を届けるから」とおーさんが言ったが

その日は、それからほとんど動きはなく、夕方まで見る気力も残っていなかった。

「帰りにガンプラ買おうと決めてたから」という桐さんの本気ジョークで別れた。



 調査を始めて数日がたった。これと言って特筆すべきことも起きなかったが、順調に進んでいることを見に来る人が多くなった。部長、発信機を作った会社、コンピュータ関連等々、そちらの対応がメインになって、普段の仕事と変わらないような毎日になった。

「すべてが順調すぎると面白くない」とは思っていなくもなかった。

唐さんはその日も毎朝の通勤コースを行っていた。いつものように小学生の声がした。


「おはよう! みどりちゃん」

「おはよう、けいすけくん、ケガは良くなった」

「まだ少し痛むんだ」

「今はどんどん大きくなっているのだから、、無理をしてはダメよ」

「みどりちゃんおはよう」

「おはよう」みどりちゃんのカワイイ優しい声は、横断歩道の手前でずっと聞こえている。

「早く渡ってね」と信号の点滅に注意を促した。信号が赤の間にまた小学生が

「みどりちゃん、足まだ治ってないの?」

「もう少しかかるの、でも毎日お兄さんが台車に乗せて運んでくれるから、逆にらくちんなのよ」みどりちゃんの横にはガッチリとして、制服が少しパンパン気味の警察官が立っている。彼は片手で、みどりちゃんの下の台車の取っ手を握ったまま、ずっと穏やかな表情だけして立っている。


そう、みどりちゃんはロボットなのだ。


 現在は人工皮膚や表情筋の研究が積み重ねられ、本当によく見ないとわからないくらいにロボットの完成度が高い。だがみどりちゃんは、自分たちが子どもの頃に親しんだ「ペッパー君」のまさに女の子バージョンで、制服も彩色された強化プラスチックでできている。交通指導員の高齢化に伴う減少から、警察が開発に踏み切った。みどりちゃんの前で数分止まって話をすると、次からはすぐ名前で呼んでくれるので、子供たちには大人気。まだ歴史の教科書に載るか否かで論争中の聖徳太子のように、十人がいっぺんに話しても認識が可能だ。


「そんなことは個人情報の流失だ」

と日本で最初にみどりちゃんを導入するする地区では問題になったが、なんとそこでみどりちゃんは「人命救助」をすることとなる。みどりちゃんの足は最高時速5キロの車輪なので、動くことは苦手だ。しかし彼女の脳には子供一人一人の健康状態をチェックする機能までついている。そしてその日は、急に救急車の音を小さくしたような音が、みどりちゃんから鳴り始め、

「お兄さん、○○くんを至急病院へ、体温が上がりすぎています、このままだと危険です」

子どもを病院に連れてゆき、大事に至らずに済んだ。医師は

「みどりちゃんの大手柄です」と絶賛したため、全国に少しずつだが導入され始めている。この彼女は二代目だと思う。

「凄いですね、いつもちゃんと天気予報を見て、鞄に傘がはいっていますよね」

唐さんはそう言われて、一応ほほ笑んだ。自分も登録されている、してほしかったから。

「そうだよ、みどりちゃん、今日も可愛いね」と答えると、周りの小学生は、ははと笑った。でもなぜだろう、唐さんはみどりちゃんをしばらく見つめた。

「どうしたんですか?私の顔になにかついていますか?」信号が変わった。




「そうなんですよ、あのみどりちゃんってすごいんです。どんどんバージョンアップしていて、開発費もすごい。一体で宇宙服並みの値段がするんですから」

職場に発信機の製造元の人間が来て言った。


「特に今開発中のものは、バラバラにできるらしいんですよね」

「バラバラって」みんな見当がつかない。

「つまりあの中には、人体のサーモセンサーとか、電波の探知機とかが入っているんですが、それを外して現場まで持っていけるんです。で、その情報の最初の集積場所がみどりちゃんって感じで」

「すごいね!」

「今みたいに交通指導のみどりちゃんは、人間の異常な脳波まで感知して、通り魔とかの通報もできるようにするみたいですよ」

関心しかできない、自分たちのやっている仕事なんて、十年前の道具でもできるんじゃないかと思うほどだが、それは彼には失礼だ。で、仕事の話に戻った。


「すごいよね、俺の昭和五十二年ちゃんは北海道で、平成十八年ちゃんは沖縄だ、ちゃんとそこで暮らしているみたい、一週間ほどだけど」

唐さんは硬貨に愛着があるのか一枚一枚をそう呼んでいる。管理上はナンバー1から10までになっているが、彼なりのこだわりだ。それに女性が全くいない職場で「○○ちゃん」と言ってみたいというのもある。硬貨の製造年数はわざとなのかバラバラにしていた。その理由を聞くと

「僕らは発信機の製造だけで、加工は全く別の会社がやりましたからね、彼らも大変だったと思いますよ。新しい硬貨でやったら加工も簡単でしょうにね。

「いや、違うな、逆に酸化色に変わっている方が、ある程度変化しきっている、ということだからいいのかもしれない」

菊さんは頭がいい。この計画はどちらかというと地味だが、それでもいろんな人が頑張ってできたものなんだとあらためて感じた。


 硬貨たちの動きはなかなか面白かった。昼はコンビニ夜は酒場、人間の動きと共にあるものだから人間の生態観察そのものだった。まだ時間がたっていないので、この周辺をうろうろしているものもあった。若さんが

「唐さん、うちのナンバーワンがお宅の近辺なのでよろしく! 」と言ってきた。唐さんの家は職場から少し離れた住宅街にある。歩くとそこそこ時間がかかるのだが、日頃の運動不足と交通費の自主的削減、回収のために日々徒歩での通勤だ。

だがこのご近所の一円君については、あまり詳しく調べないようにとみんなで決めた。職場ならまだいいが、家というプライベートの所にずかずかと電波を飛ばしたくはないからだ。

 動きだけは見ていたが、持ち主はカード派なのかほとんど通勤の行帰りと、寄り道の繰り返しで

「唐さん、もしかしたら通勤路もほとんど同じじゃないですか?」と言われて確認したら、本当にそうだった。「奇跡! 」とみんなが小さなこのことで、盛り上がっている中、何故か唐さんは浮かない顔をした。


「どうしたんですか、何か気になることでも? 」菊さんが言った。

「みんなには黙っていたけど、その、俺の家は代々まあ、俗にいう霊能力者が多くてさ、俺も小さい頃は幽霊とか見えてたんだ。今は見えないけど」逆にみんな黙った。

「で、いまだに感は良くてさ・・・なんか嫌な気がして、みどりちゃんのあの周辺」


誰もなんと言っていいかわからなかった。


 それからまた数日が過ぎて、みんなにから「霊の話をしてくれ! 」とせがまれることも少なくなったある日だった。唐さんはいつものようにみどりちゃんの横断歩道で、信号を待っていた。するととても小さな「ピ」という音がみどりちゃんから発せられた。それがどんどん大きくなって、

「ピピピピピ」とずっと鳴り続けているので、小学生たちも横の警察官も驚いた。周りの大人も驚き、側の自動販売機でコーヒーを買おうとしていた男性が、財布から思わず小銭を落とした。一円玉だった、それがみどりちゃんの所にコロコロと転がってきて止まると

「異常電波確認、異常電波確認」とみどりちゃんにしては冷たい声を発した。唐さんはハッと気が付いた、そしてその一円をさっと拾って、何故か、どうしてか、走って逃げてしまった。


「待て!」


逃げれば追いかける、警察官の使命は、ほんの十秒足らずで完遂したが、その間の唐さんの頭の中は一流アスリートのゾーンさながら、さまざまなことを考えていた。


「逃走中って番組は今だに続いてるけど、あれ、無理だって、やってみたいとか、やりたいとかいう奴いるけど、ハンター半端ないって。あの走り方、かっこいい、体つきもいかにも運動できます体形じゃないか、なのに!なんでおれ逃げてんだ!まずい、なんで、そのまま拾って「この一円の製造年のものは少ないいですよね、僕、お金マニアで、変えていいですか」っていえばよかったんだ、ああ、部長に大目玉! 警察の人間はほんの一部しか知らされていないって、あー! どうしよう! 慌てる必要なんてなかったのに。やってること泥棒だもんな、この道も通れない、住めない、自分が警察に捕まるって予感だったのか・・・」


慌てることは、古今東西、やはり良いことではなかった。


 その日は本当に大変で、結局職場に着いたのは、みんなの仕事が終わる直前だった。

「お疲れ様・・・誰かがこうなる運命だったんだ・・・悪いね、背負わて」

桐さんは本当に良いことを言うし、優しい。

「あんまり近くにあるとか言わない方が良かったですね、すいません」

と若さんは謝ってくれた。

「ありがとう」

唐さんはこの言葉を絞り出すだけで精いっぱいの様子だったので、とにかくみんなで慰労しようと、その日は本当に「励ます会」の開催になった。そこでぽろっと


「あんまり霊の話は、外でするもんじゃないと言われてたから。うちのは本当のことだし・・・」

しんみりとみんなで自重した。



 それから一週間ほどたったある日、部長が満面の笑みで入ってきた。

「みんな、ご苦労さん、朗報だよ、ここの部署に女の子が来る、一人だけど」

「わー」と歓声があがった。

「有能だよ、早速今日の昼過ぎに来るからね、二時の予定だ、いいかな」

「はい」みんな基本気が付くのか、そうし過ぎるタイプなのか

「お昼、外で食べた方がいいかな」

「そうだな、いろいろな臭いが混じっても嫌だろうから」と急なことに対する計画を話していた。唐さんは久々に楽しいことだと思ったが、何かが肩にのっているような、ほんの少し嫌な気がした。


そして二時、ゆっくりと遠くから音がする。靴音と別の、ガラガラしたものも混じっていたが

「荷物があるのかな」と部屋の外に出たくて本当はたまらないのに、みんな大人しくしていた。

「連れてきたよ! 」部長は今まで見たことのないような朗らかな顔だったので、部屋は最高潮に盛り上ったがそのあと、すっと警察官が見えて二人に挟まれるように台車が見えた。


「知っているだろう、みどりちゃんだ。だがこれは最新バージョン、我々の極秘調査を手助けする機能も付いている、万が一ここの機械の調子が悪くなった時のためだ。いやー警察にもちゃんと話しておけばよかった、あれを違法電波としてとらえてしまったからね。今後はまったく慌てる必要もない、安心して仕事を続けられる、ね、

みどりちゃん」


「はい、皆さんよろしくお願いします。毎日ここにいるわけではありませんが、どうぞよろしく」声もとてもクリアーで、スピーカーから出しているとは思えない。


「みどりちゃんは本当に優しくていい子だね」

「そうですか、有難うございます、部長」

部長はみどりちゃんのことを知らなさすぎる、どれだけ高性能なのかを。


「あれ? 皆さんどうしたんですか、浮かない顔ですが。私がロボット・・・だからですか」

みんな心の中で思った。「がんばれ!桐さん!」


「いや・・・その・・・ここは六人だろう・・・みどりちゃんは一人きりだしね、もっと大勢いてくれたらって・・・」桐さんは頑張った

「そうですか、でも紅一点って言いますし、私はその方が好きかな」

「そうだよ、みどりちゃん」

「部長さん、大好き! 」

みんな、二度と来なくていい、と思ったのではないだろうか。







 

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