すべてのものは流れる

@nakamichiko

第1話たった10枚ずつ


「結局間に合わなかった、君たちには色々考えてもらったが、本当にすまないと思っている」

部長は少々慣れた感じで自分たちに頭を下げた。これを聞いて他の六人は顔を見合わせ「誰かが何か言えよ! 」と下げられた頭の上で本当の小競り合いをやっていたが、やっぱりそういう時は桐さんだ。


「いえいえ、部長のせいではありませんよ。僕たちも、ちょっと無理だろうと思っていたんです。いくら技術の進歩は目覚ましいとは言え、紙幣に発信機を取り付けるなんて。みんなでどこにどうやってって、紙幣をスライスするのか、なんて話してはいたんです。ということは、もっと大々的な調査部も組まれなくなったということですね」


「まあ、そういうことだ。察しがいいね、君は。ということで調査はいつ始めてもいいよ」


「え!いいんですか?」


と唐(から)さんが驚いたように言った。それは驚きでもなんでもない。上層部からの命でここに集まってはいるが、自分たちが一年にわたって考えに考え抜いたことを今から始めるのに、ひどいじゃないかという思いしか感じ取れなかった。


人というのは案外短いフレーズに感情をこめられるものだ。

いくらこれは極秘計画とは言っても、どこかの省庁の役職の人間が来て、慰労を含めてスタートボタンを押してくれるだろうと思っていたのだ。

部長はその雰囲気を察して、どちらかというと「逃げる人」なので


「頑張ってやってくれ、これは絶対に知られてはいけないことだから、大げさには出来ない。何か不具合があったらすぐに報告してくれ」

と言っていつもと変わらない感じで外に出た。地下の室内はしんと静まりかえって、男六人には、ほぼ同じことが脳裏に浮かんでいた。


 一年前、公務員のどちらかというと若い六人が、終業時間もとっくに過ぎたころ、普段は入ることのできない大きな応接室に迎え入れられ、そして説明を受けた。

「元号が変わって十年になり、以前に比べ流通貨幣が減ってはいるものの、この国ではキャッシュレスが不思議なほど他の先進国と比べて進んでいない。我々としては、どちらかというと経費削減のため進んでくれればと思っている。そこで国として大規模な調査をすることになった。しかしこれは極めて精密な調査で、実際の流通貨幣に発信機を付けて追跡調査をするという手法だ。そう、貨幣の改造はもちろん違法だ、だが国益にかかわることだから仕方がないのだ。現在、硬貨用の発信機はほとんど出来上がっており、あとは紙幣用の最終段階といったところまで来ている。それで、君たちにはその追跡調査のをやってほしい、「信頼できて、口が堅い人間」だとみこんでだ。よろしく頼む」

 

 口が堅いとは物の言いようで、どちらかというと友達が少ない、という方がわかりやすいと思う。その時お互いの顔を見たが、雰囲気も含めよく似ていた。

「この人たちとやっていけるのか」と不安もよぎったが、

「それは自分に言っているのも同然「」とピンときた。

そうしてやってきたこの準備の一年、色々あったが、連帯もできているとは思う。

頑張ったのだ。開発費に膨大な金額がかかるからと、将来的な経費は削減された中「始まったら、これとこれがいるよな」と想像力を働かせて必要なものを集めた。基本みんな帰宅部か文化部系なので、この体育会系の乗りというものは、憧れでは実はあった。「青春かも」と笑いあったりもした、この部屋でだ。しかし


「橋の開通みたいなセレモニーをやれとは言わないが、ひどすぎないか? こっちは絶対家族には言えない仕事をしてるんだ! くそ」

唐さんはそう言いながら、いかにもサッカーは苦手ですというようなフォームで宙を蹴った。彼も最初は寡黙な人だった、でも基本みんながそうなので、誰かが犠牲になるように、なるべくして、文句を口に出す係となったのだ。するとイーサンが


「いいじゃないか、逆にみんなで仲良く始めよう」と格好のいいことを言った。みんなが内心

「絶対に名前に引っ張られているけど、それでこれだけ人間が変わるのは面白い」とひどくバカにしたわけではないことを考えていると、すっと怒りが解けた。


イーサンとはスパイ映画「ミッション インポッシブル」でトム=クルーズ演じる主人公の名前だ。しかし何故彼がこのあだ名に至ったか、それを説明しなければならない。


 日本の流通硬貨は今時点でも六種類。丁度六人なので、じゃんけんで決め、負けた人間はやっぱり一円になった。しかしこの六人は人間性だけで集められたのか、困った問題が起きた。六人のうち名字のツーペアーが二組、要は同じ苗字だらけなのだ。下の名前で呼ぶほど親しくないし、下の名前も親まで似ているのか、どちらかというとオーソドックスで、発せられた音で即座に誰なのか聞き分けづらいようだった。そこで「コードネームを付けよう」となったのだ。しかし彼らもよく考えていて、基本誰が何の担当か即座に分かった方がいいので、担当硬貨から名前を付けようということになった。硬貨の表は数字が付いていない方なので、そこから導き出すことにした、すんなり決まった順から、


五百円    桐(きり)さん そのまま絵柄から

一円     若(わか)さん 若木の模様なので、アルミさんは却下

五十円    菊(きく)さん 菊が描かれているから

百円     おー(う)さん 桜花(おうか)から、さくらさんより呼びやすい

十円     唐(から)さん 平等院鳳凰堂と唐草模様だから色々案が出たが

       本人がまあこれでいいだろうということで


五円     イーサン    稲穂と双葉


で、最初は「稲(いね)さんでいいじゃないか」とみんな笑いながら言ったが、「それは」と本人がひどく難色を示したので「フタバさん」「いふさん(稲のいと双葉のふ)」とか色々な案を出した。だんだん面倒になり、菊さんだったかが

「いーさん、でよくない?」と少々投げやりの案を出した。そんな風だったので本人も納得するはずもないが、おーさんが


「いいじゃない、トムクルーズの役の名前だから」


本人はあまり映画を見ない人間なので、スマホで映像を見せて説明すると

「それでいい」

とすんなり決まった。男というものは男性俳優の誰が好きとはなかなか言わないものだが、ハリウッドの超大御所有名俳優の役柄と同じ名というだけで、こんなにもうれしいものなのか、とこの後びっくりするような展開が待っていた。


 正直言って、最初一番困ったのが「イーサン」だった。とにかく口数が少なすぎて、指示待ちの冴えたるものなのか、動きも鈍かった。でもこの名前を襲名した途端、本当に、信じられないかもしれないが、その数分後から見違えるように動きが良くなった。次の日に至ってはもう別人、案も次々出して

「多分、いや絶対に金属探知機がいることになると思います」と映画のようなことも言い出した。しかし考えてみると一理あるので、持っている部署に借りれる算段はすることにした。多分すべてのミッションインポッシブルは見終えて、もしかしたらトップガンまで戻っている可能性があるが、今のイーサンは確かに、この部署のホープになりつつある。


 色々あって、これからが本番になるのだから気を引き締めなければと六人は思った。発信機付きの硬貨はそれぞれ十枚ずつしかないが、きっとそんなに簡単ではないだろう。

誰かが自分の硬貨を持ってきたので、みんな習ってそうした。割合は決めていた、自分の担当硬貨を五枚、他のものを一枚ずつ。ちょうど昼前だ、早速流通させることができる。チャラチャラときれいな音がする、硬貨はほとんどが新品ではないし、どこに発信機が入っているかも、逆に調べないようにともいわれた。気が付いたら円陣を組んでいて、それぞれの片手に十枚の硬貨

「さあ、がんばろうな」

「そうだな」

「これからもよろしく」

「きっとやれるさ上手く」

「掛け声なにがいい?」

「うーん、いくぞー、オーでよくない」

「おーねぇ」

「んじゃ、おーさんが、いくぞー係で」

「いいねそれ」

「うんうん」

おーさんが言った。

「いくぞーーー」

「オーーーーーー」

ビルの中では不釣り合いな声が響いた。




  







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る