3#『羆王』の匂いは風船のゴムの匂い

 びゅぅぅぅ~~~~~~!!


 ごごごごごごご!!!!!



 冬になった。


 外は激しいブリザードが吹き荒れ、1面をまっ白に染め上げていた。


 塒の洞窟の中、冬籠もりの『新生羆王』ボマイは『先代羆王』が生前に森じゅうを歩いて拾ったり、森の仲間達に拾ったのを授けられてかき集め、今では経年で劣化して固まった風船のゴムの忌まわしい匂いを嗅ぐまいと、鼻をフサフサとした体毛の中に埋めてグッスリと眠りこけていた。


 ボマイは夢を見ていた。


 子熊時代の頃の『新生羆王』ボマイの記憶を・・・



 ・・・・・・



 ぷぅ~~~~~~~~~~~~~!!



 まだ子熊だった頃の『新生羆王』ボマイは、『先代羆王』ボマイが鼻の孔と頬っぺたをパンパンに孕ませ、大きな赤い風船を膨らませているのをキョトンとはにかんで見詰めていた。


 「すっげぇー!父ちゃん!!僕の体より大きくなっちゃった!!」


 「できたーーーーぞーーーー!!こんなもんでないかーい!!

 お前も俺みたいにぃ!でっかぐゴム風船を膨らませられるようになるように、頑張らねばなぁーー!!

 坊主よ、おめーは『羆王』の後継ぎなんだからなぁーー!!」


 「このでっかい風船の中に、父ちゃんの息が詰まってるんだねぇー。」


 「手の甲で風船を掴むんだよぉ!!、爪を立てたら、「ば~ん」と爆発するからねえー!気を付けるんだよぉー!!」


 「はーい。」


 子熊時代の『新生羆王』ボマイは、父の『先代羆王』ボマイが爪で吹き口をきゅっ!と縛った大きな風船を、フサフサした前肢の甲でぽーん、ぽーんと付いて感慨深くフワフワとしたゴムの感触を感じていた。


 「なあ、坊主。大きくなってぇーーーもし俺みたいな『羆王』になったらぁーーーー、威張ってばかりじゃぁーーーー誰も付いていけないんだよーーー!!

 森の皆と遊んだりしてぇーーー!!交流をーー親睦をーーコミュニケーションを深めなきゃぁーー!!

 皆と親しく仲良くしなきゃーーー!!この森を司る『羆王』になる資格ないよぉーー!!

 威張ってばかりしてちゃーーみーんなお前にソッポ向くよーー!!」


 「父ちゃんーーー!!ごめん!!風船、爪で突っついちゃった!!」



 ばぁーーーーーーーん!!



 ・・・・・・



 「はっ!!」


 『新生羆王』ボマイは、目が覚めた。


 辺りは、真っ暗闇の洞穴。


 外の一筋の光が洞窟の一部を射す場所に、夢の中に出てきた『先代羆王』ボマイが膨らませて、子熊時代の自らが割った大きな風船の破片が、ゴムが経日で劣化して壁にこびりついてあった。


 「父ちゃん・・・」


 『新生羆王』ボマイは自らが冬篭りで寝ていた地面に、1つの萎んだゴム風船が転がっているのを見付けた。


 それは、ゴムが経日で劣化して土に還った『先代羆王』ボマイが集めた風船の中で唯一原型を留めているゴム風船だった。


 「俺に、膨らませられるかな・・・」


 『先代羆王』ボマイは、そっと大きな口を風船の吹き口に宛がって息をそっと吹いてみた。



 ぷぅーーーーーっ!!



 「膨らんだ!!俺の吐息で!!」

 

 興奮した『新生羆王』ボマイは、思わず爪から膨らませた風船を離した。



 ぷしゅ~~~~~~~~~~~~!!ぶおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~!!しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅる!!




 風船は、吹き口を後ろに洞穴中を右往左往に吹っ飛んで、ボマイの鼻先に堕ちた。


 「・・・この風船・・・この匂い・・・父ちゃんの匂いだ!!」


 実はこの風船。『先代羆王』ボマイが一度口を付けた風船だったのだ。


 奇跡的に、この風船だけゴムが経日で劣化せずに新鮮なままこの洞窟の中に転がっていたのだ。


 「この風船に、父ちゃんの匂いが染み込んでいる・・・。

 俺の中の『風船』に・・・父ちゃんの意思が吹き込まれていく・・・。

 父ちゃん・・・この風船を遺してくれてありがとう・・・」

 

 『新生羆王』ボマイの目から一筋の涙が溢れて嬉し泣きしながら、また風船を頬をめいいっぱい孕ませてひと吹きで膨らませては、吹き口を離して飛ばし、また膨らませて・・・


 「父ちゃん・・・風船ってこんなにも愉しくて、美しくて、素晴らしいンだね・・・

 父ちゃんより大きく膨らませようかな・・・」





 






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