第6話
「ささ、我らの城に着きましたぞ」
政秀は誇らしげに言うが。
掘っ立て小屋のような安っぽい屋敷がポツンと立つだけで、城というにはほど遠い。ふぞろいな柵で囲まれ、見張り台もぼろく頼りない。巡警の兵もいるが、どこか気の抜けた感じで緊張感も無い。
横手を見れば、見渡す限りの土手だ。
さんすけはふらふらと土手の方へ行き、ごろんと横になった。
例のごとく、政秀は慌てる。
「そんなところで寝られては困ります!ささ、城内へ入られましょう」
「いやじゃ。ここで寝る」
いつもの茶番問答を続けていると、
「おぉぉぉ大殿様ぁぁああのぉおお、ああ、お帰りぃぃ!」
見回り兵のすっとんきょうな声が響いた。
甲冑を着込んだむさ苦しい一団が、ドヤドヤと敷地内に入り込んでくる。既に酒をあおっている連中もいるのか、赤ら顔で大声をあげる者も多い。
先頭でひときわ大きな声を出す男がいる。動作がいちいち大ぶりで、笑い声もでかい。その男が「けえったぞ!あぢぃあぢぃ!」と叫んで鎧を脱ぎ始めた。
「大殿様!」
政秀が餌付けされた犬のごとく男の元へ駆け寄り、脱いだ甲冑を受け取る。
男は瞬く間に鎧を脱ぎ捨て、ふんどし一丁になった。
鍛え上げられた隆々な筋肉は汗にまみれ、星明かりで煌々と光る。
褐色の肌に粗野な口ひげを蓄えているが、目元はどこか穏やかで陽気さがあり、いかにもこの時代の田舎侍といったところだ。
男の名は織田信秀。
ここ清洲の奉行ということになっていが、実質城主として振る舞っているので肩書きは不明瞭だ。大殿様、と呼ぶものが多く、政秀もそう呼んでいる。
「大殿様!戦は勝ちましたか!?」
政秀が芝居がかった聞き方をした。
「大勝じゃあ!今川の兵をあっちゅう間に蹴散らしたわい!」
国盗りが男達の流行になりつつある。
下極上、などという言葉がもてはやされ、家臣が主君を倒す例もあるらしい。
しかし現実は小競り合いの田舎喧嘩が頻発しているだけだ。
信秀もその田舎喧嘩に熱中している一人だろう。
昨晩は北に出張って斉藤の田畑を燃やし、今朝は南に乗り込んで今川の根城を荒らし、日々小競り合いに夢中になっている。
なかなか成果には結びつかない。一時期はそれなりに領土を拡大したが、最近は負け戦も多く、徐々に領地を減らしている。今日は久々の勝ち戦なので、意気も揚々としているのだろう。
土手に寝転ぶさんすけを見た信秀は、自らも土手に行き、さんすけの横に寝た。
政秀があわてるのを無視して、二人は寝並ぶ。
「おでい」、とさんすけは信秀のことをそう呼ぶ。お父と書いておでいと読む。
「おでい、勝ったか?」
戦のことを尋ねた。
「勝った!」
「何人殺した?」
「たくさんだ!」
「どうやって殺した?」
「ヤリで突いたり、石で叩いたりだ!」
二人の会話はいつもこんな感じだ。
さんすけは具体的で端的なことを求めるが、信秀は大ざっぱで感覚的な話をする。
しかしなぜか会話は噛み合う。
他者への興味が薄い、という共通点もあるのかもしれぬ。
信秀もさんすけと同じく、他人への興味が薄い。話しを聞いているようで聞いていない。
親子ともに勝手気ままな性分であるため、不思議と会話の形になるのであろう。
さんすけ、と、信秀は我が子のことをそう呼ぶ。
「さんすけは、何してた?」
「とんだ」
「そうか」
「きはちもとんだ!」
「そうか」
気ままな会話はしばらく続いた。
「次の合戦はいつじゃ?」
さんすけが聞く。
「・・・」
信秀は答えない。いつの間にか眠っていた。
さんすけも、目を閉じた。
月明かりが草原に寝並ぶ親子を照らす。
ゆるやかな風に草木がゆれ、二人の呼吸に重なる。
遠いところで微かに響くグゥガァという音は、蛙の鳴き声だろうか。親子のいびきと似たような音がする。
「夕餉の支度が!できましたでござぁぁああある!」
政秀の大声で、親子はぱちんと目を覚ました。
さんすけの日々【織田信長が少年だった頃】 たんたん @supon777
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