第4話

日も暮れてさあ寝ようかと皆で横になった時、


「吉法師様あ、吉法師様あ」

外からしわがれた声が聞こえてきた。どこか間の抜けた響きで、さんすけの幼名をしきりに呼んでいる。


「またこんな所に入り浸って!」

声の主が現れた。八の字眉のくたびれた初老男。

さんすけに向けてがなり立てる。


「清洲織田家の若殿ともあろうお方が!かような汚い場所で!政秀は悲しゅうございますぅ!」


困り顔が板についたこの男の名は、平手政秀という。

豊富な教養が買われ、さんすけの傅役を任じられたが、まともな教育ができたことは一度も無い。書物も読まず講釈も聞かず、走り回るばかりの野生児に、ほとほと手を焼いている。


悲しいかな。政秀の役回りは、言うことを聞かぬ野猿を追い立てる哀れな猿回し、といったところだ。


「今日は信秀様がお戻りになられます。さ、さ、今すぐ帰りましょう」


「いやじゃ」


「そんなこと言わずに」


「いやじゃ。おれはここで寝る」


さんすけはまるで動かない。


「言うことを聞かぬなら・・・ここで腹を切りまする!」


政秀は短刀を取り出し、腹を切る素振りを始めた。

よくやる演技だ。さんすけは、それを見抜いている。


「ほ、ほ、本当に切りますぞ!」

ちらちらとさんすけを見ながら政秀がわめく。


「こ、こ、今回ばかりは本当に切り申す!そ、そりゃー!!」


「わかったわかった。帰る」

面倒になったさんすけは折れた。


政秀は満面の笑みを浮かべる。

「よき!よき!」

なにが“よき”か分からないが、彼の口癖だ。


子らは我関せずと寝る準備をしている。

さんすけと政秀の茶番は日常なので、気にとめるものはいない。

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