第3話

「き」

さんすけが唐突に発した。


「あ?」

子らがいつも通りの反応をする。意味不明だから詳細語れ、という促しである。


「あたらしい」

「柿か?」

「そうだ」

「どこだ?」

「寺だ」

「いこう!」


さんすけ達は柿を盗む遊びをよくやっている。

寺や農家に忍び込み、柿を奪って食う。浮浪児たちの食料調達という現実的な目的もある。


「柿の木がある寺を新たに見つけた、盗りに行こう」とさんすけが発案し、子らが「行こう」と同意した――

さんすけ達の会話を意訳するとそんなところだ。



寺らしきものは、村からやや離れた山間部にあった。

廃墟に近いぼろ屋であるが、鬱蒼とした木々に覆われたかやぶきの屋根が、どうにか寺の体裁を保っている。

柿の木は、寺の斜め向こうの敷地内隅につったっていた。


鮮やかな橙色の実たちが輝いている。

木の幹は相当に高い。そして太い。


さんすけがよじ登ろうと試みた。

しかし、すべる。足や手をかける隙間が無い。幹が太いので、身体を木に巻き付けることもできない。

子らが何人か挑んだが、みな、すべる。

登るのはあきらめるしかなさそうだ。


一番背の高い少年が手を伸ばし、飛んでみた。

が、柿の実は遙か遠くにあり、届きそうにも無い。

手に木の棒を持って飛んだが、なおも距離がある。


さんすけが思いっきり木を蹴り上げた。

しかし、実は枝に固く根付いている。

ちょっとやそっとの力では落ちてきそうも無い。


登るのもだめ、手を伸ばすのもだめ。蹴ってもだめ。


はて、どうするか。


「さんすけ、わしを担げ」

きはちが言った。


「あ?」

どうするんじゃ?という顔でさんすけが答える。


「わしがさんすけの上に乗る。体をかがめてくれや」

言われたとおり、さんすけは体を低くして、きはちを肩車するように担いだ。


さんすけときはちの合体により、それなりの高さにはなった。しかしまだまだ柿には届かない。


「わしの合図で飛べ。一、ニ、の三、で飛ぶんだぞ?」

馬上の人となったきはちの指図に、下のさんすけはうなずく。


「それ、一、二の・・・」


サン、に合わせてさんすけが飛んだ。同時に、きはちも体を浮かせて飛んだ。


きはちの体はかなりの高さまで上がったが、それでも実には届かない。


二人は何回か跳躍を試みる。


子らはハラハラしながら二人の様子を見守った。

さんすけときはちの連携飛びで、上に乗るきはちが柿に届きそうではある。

しかし、きはちに腕は無い。いったいどうするのか?


さんすけが再度跳躍した、その時だった。


「ぶららららら!」

奇声をあげたきはちが、頭から柿の枝へと突っ込んだ。

木全体が大きく揺れ、ぽとり、ぽとり、と二個ほどの実が落ちてくる。


さんすけは目を見開いた。

子らもあっけにとられぽかんと口をあける。


「もういっちょいくぞ。飛べやさんすけえ!」

「おお・・・おう!」


二人は息を合わせ、再び跳躍した。


「ぶらららららああ!」

飛び上がったきはちは、頭突きをするが如く、柿の枝に突撃した。


ぽとり、ぽとり、ぽとり。

実がさらに落ちてきた。


「おお・・・!!」

見守る子らが感嘆の声をあげる。


「それ!飛べや!飛べや!飛べや!飛べやああ!さんすけえええ!!」

「おおう!」


二人は何度も跳躍を繰り返した。


さんすけから発射されたきはちが、鉄砲玉のように枝に突っ込み、そのたびに実が落ちてくる。


枝がきはちの頭や顔に刺さる。少し流血しているではないか。

しかしなんのその、きはちは何度も頭突きを繰り返した。


「ぶらららららあああ!!」

きはちの奇声は遙か遠くの山々までこだまするようだった。



やがて、ほぼ全ての実が木から落ちた。


「すげえな!きはち!」

子らがきはちを褒め称える。


きはちは鼻息をふーふーいわせながら、興奮のため怒ったような表情でいる。


「すげえ!すげえ!」

きはちの頭をなでながら、子らはなおも褒め続けた。

少し照れたのだろうか?きはちの頬が赤くなった。


子供たちが柿を手に取り帰ろうとした、その時、


「ぐあぁらああ!がきゃどもおお!」

寺の方から怒声が響いた。

住職と思しき坊主のじじいが出てきた。

もの凄い形相でさんすけたちに向かってくる。


「にげろ!」

子らは一目散に走り出す。



両手いっぱいに柿を抱えた子らは、自分たちの住むねぐらへと帰還した。

着座するなり脇目も振らず、一斉に柿に食らいつく。

むしゃむしゃ、がりがり。

皮も種もおかまいなしに囓る、囓る。


ちょうど夕暮れ時で、やわらかな西日がさんすけたちを染め上げた。

柿の実と夕陽が重なり、美しい朱色の情景を作り出す。


「うめえな!」

さんすけが言った。


「うめえな!」

きはちも言った。


「うめえ、うめえ!」

子らがみな言った。

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