第2話

湖をあとにしたさんすけは、村へと降り立った。

少年の姿を見た大人達は、ひそひそ話をする。

「あれがうつけか・・・」「まるで乞食じゃ」

関わってはいけない、面倒に巻き込まれるのはごめんだ・・・大人達は少年を避ける。


「あ!さんすけ!」

子が、声を上げた。


大人とは反対に、子らはさんすけを見つけるなり集まってくる。


「さんすけじゃ!」「さんすけえ!」

わらわらと十歳前後の子が集まり、あっという間に小さな集団になった。


ほぼ全員が、浮浪児だ。合戦で親を亡くした者、捨て子同然の者。

村の端の掃きだめのような場所に集落らしきものを作り、かつかつと必死に生きている。


「なにをやってた?」

子らがさんすけに尋ねる。


「とおくにとんだ」

「え?」

「とおくにとんだんだ」

「なにがだ?」

「一番とおくにとんだ」


「わけがわからんよ」

子らはにぎやかに笑った。


さんすけの言うことはいつも不明だ。物事の結論だけを話す癖がある。

だけど面白い。

聞いているだけでわくわくするような不思議な重力がある。


さんすけはなぜか子らを惹き付ける。

特段面倒見がいいわけではない。自分のことしか考えない勝手気ままな性分なのだが。


その理由がわかる挿話を一つ。


きはち、という少年がいる。

親と両腕が無い。

腐った犬の死体を食っていたところを、さんすけに見つけられた。


さんすけは言った。

「おまえ、なぜ腕がない?」


残酷な問いかけかもしれない。しかし素直な疑問でもある。

さんすけと一緒にいた子らも、同じことを思った。


(なんで腕がない?)


皆、好奇の目できはちを見た。


きはちは答えた。

「生まれつき、なか」


さんすけは一言だけ放った。

「ああそうか」


生まれつき腕が無い。だから今も無い。それだけだ。

以来きはちは、さんすけらと共に行動している。


さんすけの口癖である「ああそうか」。

そこには全てを納得させてしまう不可思議な響きがあった。腕が無かろうが住む場所が酷かろうが関係無い。

現に、きはちはいとも簡単にさんすけに懐いた。


ありのままに人を受け入れる、などという感傷じみたものとは違うし、子供特有の無頓着さとも異なる。

さんすけは、要は他人に興味が無いのだ。他者への干渉が無い。

その無関心は、気楽さにつながる。


孤児や障害のある子らは、常に世間から後ろ指をさされ、時には迫害されながら、身を潜めて生きている。


その状況を「ああそうか」で流してくれるさんすけの無関心に、子らは安心するのだ。精神がふわっと軽くなり、妙にのんきな気持ちになる。


十前後の子らのことだ。そのような心の機敏が意図的にあるわけではないだろう。

無自覚に居心地の良い関係を築き、ごく自然に小さな集団を形成している。

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