第25話 We Are The Champions
「チッ……あの
瓦礫の山の中から、象二頭分ほどの大きさのコンクリートを押しのけて、猿田彦が顔を覗かせた。彼の後ろには、帝が険しい顔をして座り込んでいた。
「大丈夫ですかい? 天子様」
「フム……よもやこの会場を壊すとはの。
帝は煙たそうに咳き込みながら、服に被さった大量の埃を払い落とした。帝の周りには、身を挺して瓦礫から主君を守った黒子や女たちが、岩に潰されて苦しそうに喘いでいた。
「く……苦しい……ッ」
「助けて……天子様……」
「豪鬼を呼べ」
足元の呻き声を無視して、帝が猿田彦に告げた。猿田彦は驚いたように目を丸くした。
「良いんですかい? あの
「構わん」
帝は横たわる黒子の上に腰掛け、愛用の
「”悪意”には、”悪意”をぶつけようぞ。これほどの大立ち回り、見逃すなんて勿体ないじゃろう」
「しかし……」
「心配するな。万が一のことがあろうとも……」
地獄の入り口に腰を掛け、帝が不敵な笑みを浮かべた。
「……この
□□□
「グオオオオオオオオオオオッ!!」
観客たちは、今や逃げるのも忘れ、固唾を飲んでその様子を見上げていた。怪物が再生するよりも先に、目にも留まらぬ速さで剣を振るう少年のその姿は……まるで地獄に仏、あるいは戦場に咲いた花、はたまた鎮魂のための
「行けーッ!!」
「負けるな、小僧ーッ!!」
やがて観客たちは、自然と桃太郎を応援し始めた。
「がんばって、お兄ちゃあん!」
「化け物を、ぶっ倒せぇッ!!」
声援はそこで途切れる。遥か上空を漂っていた
「……聞こえるか、この声援が」
「グオオオオオオオオオオオオオッ!!」
薄暗くなってきた空に向かって雄叫びを上げる怪物を、桃太郎は静かに見上げ、ゆっくりと顔の前に刀を掲げた。
「これが、僕にあって君にないもの……」
ひい、ふう、みい……合計九つに”再生”した尻尾が再び桃太郎めがけて振り下ろされた時、彼はすでに駆け出していた。
「うおおおおおおおおッ!!」
「グオオオオオオオオオオオッ!!」
気がつくと、桃太郎も叫び声を上げていた。ミシミシと軋んだ音を立て、刀にヒビが入って行く。桃太郎が渾身の力を込めて刀を
「……これが人間の底力ッ! ”正義”の勝利だッ!!」
パキン!
と、小さく刀身が折れる音がした。
途端に頭部から銀色の光が溢れ出して、
□□□
「はぁ……はぁ……!」
どれほどの時間が経っただろうか。すでに陽は沈みかけ、橙色に光る夕日と、深い青に染まった星空が、人の手の届かぬ遥か彼方で複雑に混じり合っていた。
「思い知ったか、怪物め……っ!」
それもそのはず、桃太郎は未だ誰も成し遂げていなかった、”怪物退治”をやってのけたのだ。
桃太郎と
最後の最後に立っていたのは、人間の、まだ幼さを残す一人の少年であった。桃太郎が勝利の雄叫びを上げ、拳を天高く突き上げた。その拳に応えるように、崩壊した瓦礫のあちこちから、爆発するような歓声が湧き上がった。
「いいぞーッ!」
「良くやった!!」
「よっ! 日本一っ!!」
「ありがとう! 桃太郎さん、ありがとう!!」
歓声は渦のように広がって、やがて悲鳴やら叫び声やらを飲み込んでいった。その場にいる全員が、怪物の上に立った少年を感謝と尊敬の眼差しで見つめ、英雄として褒め称えていた。
鳴り止まない賞賛の中で、桃太郎は拳を掲げたまま息を整え、晴れ晴れとした顔で
「僕の……人間の”善意”が、届いた……。”悪意”に、勝ったんだ。誰も勝てなかった化け物を、とうとう僕が殺した……」
「違うよ」
すると、桃太郎のすぐ近くで、聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。桃太郎の笑顔が微妙に凍りついた。
「誰だ……?」
桃太郎が拳を掲げたまま、辺りを見渡した。怪物の周りには、瓦礫に埋もれた観客たちが、未だに彼に拍手を送っているだけだった。
「善悪に、勝ち負けなんか無いよ……。この子は、心臓を抜かれたから、一時的に動かなくなったの。ただそれだけ。鬼とか物の怪は、心臓が弱いのが多いから……」
「一体どこに……!?」
少女のくぐもった声が、徐々に桃太郎に近づいてきた。桃太郎は声のする方に目を凝らした。すると、夕闇の中、
「君は……!」
桃太郎は目を見開いた。現れたのは、見覚えのある少女……ついこの間、妖怪に襲われていたところを保護したはずの少女だった。雷模様の『布』に身を包んだ少女は、
「……何もそこまですること、ないと思ったの」
「なんだって?」
「ったく、”河童使い”が荒いぜ」
すると少女の隣にいた桃色の河童が、ブツブツと吐き捨てた。
「逃げりゃあ良かったのによ。オイラが血管の中を泳いで、心臓まで連れてったんだぜ?
「さっきから一体何を言って……」
「ガーナ!!」
桃太郎が戸惑いを隠せずにいると、今度は頭に蛇を生やした少女が、どこからともなく怪物の死体に駆け寄ってきて、動かなくなったその大きな顔にしがみ付いた。
「ガーナ! お願い、返事をして! ガーナ! あぁ、そんな……!」
「大丈夫……大丈夫よ」
鬼子がそんな蛇少女を見下ろして、優しくほほ笑みかけた。
「この子の心臓は、まだ動いてる。助かるよ」
「本当……?」
「ケッ。”この子”ってガラかよ」
かっぱえびが倒れた
「
桃太郎が、三匹を見下ろして顔を歪ませた。
「君は……君たちは、物の怪の仲間だったのか……!」
鬼子はそんな桃太郎を真っ直ぐ見据えて、静かに、しかし力強く語りかけた。
「桃太郎、さん」
「……?」
「あなたが”化け物”と呼ぶモノにだって、その”化け物”を大切に想っている、
「な? だから、オイラ言っただろ」
鬼子のすぐ脇で、かっぱえびが「やれやれ」と言った様子で肩をすくめた。
「コイツは”お鬼よし”を通り越して、バカなんだって。こんだけデッカくなっちゃった化け物、退治した方が世の為だって、そりゃ誰だってそう思うよ。人間の為にも、物の怪の為にも。だけどそれをしないのが、
「ちょっと、かっぱえびさん!」
「助かるのね……? ガーナ、あぁ良かった……」
蛇少女が、ようやく安堵の表情を浮かべた。
「桃……いや、鬼子ちゃん……」
そんな中、桃太郎はまだ拳を掲げたまま、呆然と三匹を見下ろしていた。
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