第24話 The Choice Is Yours
『さぁッ!! 場内は俄然盛り上がって参りましたッ!!』
歓喜と悲鳴が入り混じる観客席を、実況の陽気な声が盛り立てて行く。だが観客はもう、ほとんど誰も実況の声など聞いていなかった。今や全員が総立ちになり、
『御安心くださいッ!
拡声マイクから放たれた音声は、再び湧き上がった絶叫に掻き消された。
桃太郎の放った
『……ご、御安心下さいッ! 恐らく皆様がお怪我を負うようなことは……多分……もしかしたら……』
「逃げろォーッ!!」
何処で、観客の一人が叫んだ。
晴れ渡った青空に、吹き飛ばされた
『……ご、ごご御安心下さいッ!
メキメキと鉄骨がひん曲がる音がして、隕石のように降り注いだ怪物の頭部が実況席を押し潰した。
□□□
入り混じる血と火薬の匂いに、油断すると意識が持って行かれそうになる。半壊した
「グオオオオオオッ!!」
硝煙の中、悪意に満ちた咆哮が轟き、二つになった頭で
「おかしいな……アイツ、攻撃を受ける度に大きくなっていってる気がするぞ」
桃太郎が、その言葉とは裏腹に、嬉しそうに笑みを浮かべた。実際
「グオオオオオオオオオッ!!」
「……そうか。『悪意で出来た怪物』……周囲の”悪意”や”邪気”を、食べてるんだ」
桃太郎が両手に剣を構え、納得したように頷いた。
「困ったもんだ。僕が悪意を持って接すれば接するほど、向こうは強くなるのか」
すると、”食事”中の
「どっちにしろ、あっちも限界みたいだな。 ……ん?」
桃太郎が怪物を切り刻まんと勇ましく駆け出そうとしたその時、ふと誰かに足首を掴まれた。
「……行くな」
地べたから嗄れた声を出したのは、犬神であった。傷だらけで倒れた犬神が、最後の力を振り絞って、桃太郎を足止めした。
「お前も、逃げろ……。アイツは、お前がどうこう出来る相手、じゃ……」
「犬神さん。今の僕には、これっぽっちの”悪意”もありません」
桃太郎が肩をすくめて、屈託のない笑顔を見せた。
「ただあの化け物からみんなを守りたいという……”善意”だけです。今アイツを倒せるとすれば、僕だけだ」
「オイ! 小僧、よせ! 行くな……」
「いいや」
桃太郎は血走った目で、足元にすがりつく犬神の手を振り払った。
「僕は、行くよ」
□□□
暗く、
それでも鬼子は溶かされる痛みも、熱も恐怖も悲しみも、何も感じちゃいなかった。
未だ彼女の瞳に焼き付いていたのは、先ほどの、変わり果てた親友の首。
やがてふつふつと彼女の腹の底から湧き上がってきたのは、底知れない”悪意”だけであった。
「よくも……」
周囲の燃えるような熱さと相反して、鬼子の体は、彼女の心はどんどん冷たく凍りついていった。彼女の後を追って、同じく怪物に食べられた死体の山が、次々に胃酸の海へと落ちてきた。鬼子が顔を歪ませ、ギリギリと奥歯を噛み締めるのに呼応して、
気がつくと鬼子は全身の毛を逆立て、声にならない叫び声を上げていた。
たちまち胃酸の海は荒波を立て、怪物の体内は激しく揺れ動いた。天地がひっくり返るほどの嵐の中、鬼子が己の悪意に身を任せ、怪物の体内にその爪と牙を突き立てんと再び吠えた時……ふと、彼女の足首を誰かが掴んだ。
それは、鬼美だった。
”そっち”に行くな、鬼子。お前はいいから、落ち着け……。
実際にそう言われた訳ではない。
だが確かに鬼子は掴まれた腕から、そこから感じる熱から、鬼美の言葉を聞いた。
「うん……」
嵐の中で、鬼子は一人静かに頷いた。それからゆっくりと、彼女の血走っていた目が元に戻っていった。
そうだ。
心臓を潰されない限り、鬼は生きている。
まだ鬼美ちゃんは死んじゃいない。外に出れば、
「オイ!」
落ち着きを取り戻した鬼子の腕を、かっぱえびが上から引っ張った。
「何ボーッとしてんだよ! 熱いわ!」
「……うん」
鬼子が少し目を丸くして頷いた。それに、自分はまだ独りじゃない。そう思った途端、鬼子の胸にどんどん勝手に湧き上がってきたのは、今度はどうやら”悪意”ではなさそうだった。鬼子はそれが嬉しくて、ちょっぴり目に涙を浮かべた。鬼子の気持ちを知ってか知らずか、かっぱえびが胃酸の中で慌てて唾を飛ばした。
「行くぞ、鬼子! チクショウ、こんなトコに居たら溶けっちまう!」
「……ううん」
鬼子が涙を拭いて、今度はゆっくりと首を横に振った。
「鬼子、行かない」
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