第23話 21st Century Schizoid Man

 始めの黄色い子鬼は、握った刀で首を一閃した。

 ドチャッ、と血飛沫を上げ、果実が潰れるような音がして、子鬼の首が闘技場リングの端へと転がって行った。


 二匹目に仕留めたのは、一つ目小僧だった。

 返す刀で切り上げて、その小さな胴体を真っ二つにした。


 一匹仕留めると、壁や床に隠されていた鉄格子の向こうから、次の“獲物”が現れる仕組みだった。それと同時に、たくさんの近代兵器が桃太郎のために与えられた。烏天狗は空をちょこまかと舞い、中々すばしっこい奴だった。隙を付いて吹き抜けから外へ逃げようとする烏天狗を、桃太郎は手にしたショットガンで撃ち抜いた。


 塗り壁は、その巨体で倒れかかってきて、桃太郎を押しつぶそうとした。そのあまりにも原始的な攻撃方法に一瞬呆気に取られたが、彼は気を取り直して武器を電動ドリルに持ち替え、分厚い灰色の壁に巨大な穴を開けて見せた。


 次の武器は、火炎放射器だった。桃太郎が辺りを見渡すと、闘技場リングの壁の向こうから、細長い白い布がヒラヒラと飛んでくるのが見えた。どうやら布部分を顔に巻きつけて、窒息死させるつもりらしい。苦笑を堪えつつ、桃太郎は火炎放射器のスイッチを入れ対象を焼き払った。


 ろくろ首、雪女、一本足の唐傘お化け……次々に現れる物の怪たちを、彼は容赦なく屠っていった。その度に歓声が大きくなっていって、何だかとても良い事をしているような気がしてきて、彼自身も次第に気持ち良くなっていった。気がつくと彼の足元には、湖のような血だまりが広がっていた。


 だけどそれでも、桃太郎の中の恨みは、一向に晴れはしなかった。


 逃げ惑う管狐に、ガトリングで無数の穴を開ける。

 猫又の皮を、アーミーナイフで剥ぐ。

 人魚の口に槍を突き刺し、火炙りにする。


 それでも桃太郎の中にある怒りは、膨れ上がって行くばかりであった。斬っても斬っても……一度火のついた復讐心は、ひび割れた洋盃に水を注ぐかのように、歓声ではいつまでも満たされはしなかった。


「はぁ……はぁ……っ」

 遠く離れた観客席から、微かに聞こえてくる興奮と熱狂の渦。無邪気な喝采が、底に溜まった悲鳴や呻き声、助けを呼ぶ叫び声をかき消して行った。それでも、どれだけ息が上がっても、桃太郎は何かを振り払うかのように、只管最先端の近代殺戮兵器を振るい続けた。積み重なった死体の山を一瞥し、桃太郎は唇の端についた返り血をペロリと舌で舐め上げた。


……どうせこいつら、元々人間じゃない。

悪いのは向こうだ。先に傷つけられたのは、こっちの方だ。

だからどれだけ傷つけたって、構うものか。



 額に流れる血と汗を拭い、桃太郎は決意を新たに、力強く剣を握り直した。しかし、次の獲物が床から上がってきた瞬間、彼は一瞬動きを止めた。


「テメぇ……!」

「……犬神さん」


 見知った顔の登場に、大観衆にどよめきが走った。次に姿を現したのは、かつての海軍のトップ、犬神艦長であった。犬神は数週間前からは考えられないほど痩せ細り、やつれきっていた。しかしそれでも犬神の瞳の奥は、桃太郎に負けないくらい怒りの炎を燃やしていた。犬神は周りに積み重なった物の怪たちを見渡し、低い唸り声を上げ、ギロリと桃太郎を睨み付けた。


「オイ若造。今すぐ、その剣を下ろせ」

 だが桃太郎は犬神を無視して、一歩ずつジリジリと彼に歩み寄った。

「自分が何をやってるのか、分かってんのか……?」

「さぁ……僕も正直、“物の怪”って言うくらいだから、どんな化け物が出て来るかと思ったら」

 桃太郎は両手で剣を握りしめたまま、小さく肩をすくめた。


「……拍子抜けですよ。小豆を洗ったり、枕をひっくり返したり。それで人間をどうこうしようだなんて、全く間抜けな連中もいいとこだ。一体僕が何をやらされているのか、どうか犬神さんが教えてくれませんか?」

「……母親を、石にされたそうだな?」

 犬神の息遣いが、次第に荒くなってきた。桃太郎は、自分よりも二倍も三倍も大きな犬神を見上げ、ピクリと体を動かした。


「今お前がやってんのは、それと同じ事だよ!」

「貴方の伝説も、人気も全部……僕がにして上げますよ」


 犬神の咆哮が会場に響き渡り、牙を剥き出しにして桃太郎に突進してきた。鋭い牙と銀色に光る剣の切っ先がぶつかり合う瞬間。桃太郎は肉を断ち骨を砕く愉悦に震え、静かに笑みを零した。


□□□


「……何か言いたそうだね」


 桃太郎が、白い犬“だった”ものの上に腰掛けて一息ついていると、黄色い子鬼の首が彼を睨み付けているのに気がついた。山の中から首を引っ張り上げると、黄色い鬼娘は桃太郎を毒々しい目で見上げ、ぺッと唾を吐き捨てた。


「……鬼め」

「お互い様じゃないか」

 子鬼とは対照的に、桃太郎はまるで一仕事やり切ったように、さわやかな表情を浮かべていた。だがその表情とは裏腹に、返り血を浴び、全身を真っ赤に染め上げた彼は、今やどこからどう見ても修羅そのものであった。

「全く、君たちの生命力のしぶとさには、恐れ入るよ」

 髪の毛を掴んで首を持ち上げ、桃太郎が褒めるような、呆れたような声で語りかけた。


「首をちょん切ったのに……鬼って、一体どうやったら死ぬのかな?」

 桃太郎の目の前で、蹴鞠ほどの大きさの首がゆらゆらと揺れた。


「頭を潰してみるとか、心臓を突き破るとか、腑を引っこ抜くとか……」

 子鬼は何も言わなかったが、その表情がほんの少し苦悶に歪むのを、桃太郎は見逃さなかった。


「それじゃあ一つひとつ、順番に試して行こうか」

「や、やめ……!」

 桃太郎が剣を握り直した、その時だった。突然割れんばかりの拍手とともに、再び機械仕掛けの床が動き始めた。開いて行く床の大きさから見て、今までで一番大きな“獲物”には違いなかった。


「やれやれ。まだ終わりじゃなかったのか……」

 程なくして、せり上がってきた床からドス黒い“獲物”の頭が見え始めた。真っ黒な塊は、たちまち会場の五階席にまで届きそうなほどの全長を露わにした。桃太郎に握られた黄色い子鬼が、途端にガタガタと震え出した。そのあまりの歪さと大きさに、観客からも悲鳴が上がるほどだった。


「……だって悪いのは全部、向こうじゃないか」


 桃太郎はしかし、嗤っていた。誰もが怖気付く巨大な化け物を前に、それでも彼は嬉しそうにブツブツと、独り顔を歪ませていた。

「僕の村を襲ったくせに。悪い鬼は、懲らしめられて当然だ。昔からそう決まってるんだ。僕がやってるのは、正しい事なんだ」

「鬼め……!」

 最早焦点の合っていない目を、フラフラと虚空に彷徨わせる桃太郎を見上げ、子鬼の首は改めて驚いたようにそう呟いた。

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