閑話休題

昔々あるところに……。

 昔々あるところでのおはなしです。

 とある小さな村に、腰の辺りまである長く赤い髪をした、大変美しい少女がおりました。


 少女の名前はフランと言って、まだ幼いながらも気立てが良く、明るい性格で町の人気者でした。フランは誰にでも親切で、困っている人がいたら手を差し伸べずには入られません。そんなフランのことが、町のみんなはとても大好きでした。


 ですが、これが大層気に食わなかったのが、西の森に住む若き魔女・ガーナでした。ガーナは腰の辺りまである長く青い髪をした、大変美しい少女でした。ガーナは物心ついた時から由緒正しき魔女の家系で、修行のために親元離れ、森の片隅に一人ひっそりと暮らしていました。

 孤独に囲まれ、魔法の訓練に明け暮れたガーナは、みんなにチヤホヤされているフランが憎らしくってたまりません。フランの周りには、いつもたくさんの子供たちが集まり、大きな笑い声の花が咲いています。それを森の木陰からこっそり眺め、ガーナはギリギリとハンカチを噛んでいました。



 ある日、とうとうガーナは怒りが収まらなくなって、フランに呪いをかけることにしました。


 『誰かを助けたり、親切にしたりすると、体が”ばけもの”のようにみにくくなってしまう』呪いです。


 ガーナは三日三晩家にこもり、魔法のなべをグツグツと煮込んで、呪いの毒薬を作り上げました。これで、フランは町中の嫌われ者になること間違いなしです。ドロドロのばけものになってみんなに石を投げられるフランを想像して、ガーナは一人クックッと笑いました。



「もしもし。フランちゃん、フランちゃん?」

 次の日、ガーナはフランの周りに誰もいない時を見計らって、こっそりと彼女の家に近づきました。

「あら、ガーナさん? 今日はいかがなさったの?」

「いやなに、昨日スープを作ったから、ぜひフランちゃんにもおすそ分けしようと思ってさ」

 ふだんから二人は、あまり仲が良いとは言えません。ガーナが急に話しかけてきたことに、フランもさすがにちょっと驚いた様子でした。だけどガーナには、ある考えがありました。


 いきなりだとさすがに怪しまれるだろうから……まずガーナが、自分で毒入りスープを飲み干して見せました。ガーナ自身は、自分に呪いがかかっても痛くもかゆくもないと思っていました。彼女は誰かに親切にしたり、優しくするつもりがこれっぽっちもなかったからです。何も知らないフランは両手を上げて、にっこりとほほ笑みました。


「まぁ、ありがとう! ガーナさんって、とっても優しい方なのね」

「冷めるといけないから、今のうちにお飲みなさいな。ホラ、ホラホラ」

 ガーナは笑いをこらえながら、赤いマグカップをフランに差し出しました。フランはガーナが見ている前で、何にも疑いもせず、呪いの毒薬を飲み干してしまいました。

「ありがとう、何だかとっても……味付けなのね」

 お世辞にも美味しいとは言えないスープを飲み干し、フランはパチパチと瞬きを繰り返しました。その様子を見て、ガーナはニンマリと笑顔を作りました。フランは、スープをもらったお礼にと、昨日庭で採れた野菜をおすそ分けしようと、キッチンに引っ込みました。ところが……。


「あら、あらあら!?」

 フランがお礼をしようとすると、呪いのせいで、彼女の赤い髪の毛がたちまち毒々しい蛇に変わっていくではありませんか。びっくりして腰を抜かすフランを置いて、ガーナは大きく高笑いして、鼻歌を歌いながらスキップで家まで戻りました。



 それから三日と経たないうちに、町からフランのすがたは消えてしまいました。

 あれほど笑い声があふれていた町の広場も、今では、どんよりと静まり返ってしまいました。皆、町に突然現れた、謎のばけものに恐れおののいていたのです。


「目玉がたくさんあるんだよ! 顔だけじゃなく、背中にも、足にも……一目見ただけで、ゾーッとしちゃうよ!」

「真っ黒なつばさに、するどい爪とキバ。あんな恐ろしいもの、初めて見たわ」

「何より、髪の毛が蛇なんだ!!」


 町中の人々は、口々にばけものについて叫びました。

 大人たちは心配して、子供たちが外で遊ぶのを禁止しました。ばけもの騒ぎは、新聞やテレビで毎日のように大げさに報じられました。ある時はライオンのたてがみを持っていただの、またある時は蜘蛛の足をぶら下げていただの……その目げき談は、日に日にひどくなって行きました。


 こうなると、笑いが止まらないのは、ガーナです。

 ばけものの正体がフランだと知っているのは、彼女だけでした。フランがいなくなったのを、町の人々はばけものに食べられてしまったのだ、と思っているようでした。

「いい気味よ! 少しは反省するといいわ、フラン!」

 ある夜、ガーナは上機嫌で、ばけものがひそんでいるという、町外れの洞穴へとこっそり様子を見に行きました。


 ガーナが洞穴に近づくと、地鳴りのような不気味な鳴き声が奥から聞こえて来ました。奥には、変わり果てたフランがいました。フランの呪いの痕はすさまじく……髪の毛は蛇になり、狼の顔にライオンのたてがみ、コウモリのつばさなど……彼女はとても見るに絶えないみにくいすがたになっていました。


 暗い洞窟の中に、ちっぽけな少女と、みにくいばけものすすり泣きがこだましました。


 ガーナは洞穴の一番奥で身を縮めている、巨大な芋虫のようになってしまったフランに向かって叫びました。

「ザマァみろ! アンタが悪いんだからね。みんなからチヤホヤされて、イイ気になって」

 冷え切った洞くつの中に、楽しそうなガーナの声と、悲しそうなばけものの鳴き声が響き渡ります。フランはやがて体をおののかせ、入り口に立つガーナに触手を伸ばしました。

「何? 何の真似?」

 ガーナはとっさに魔法の杖を取り出し、身がまえました。

「私に、復讐しようってわけ?」

 ガーナが苦々しく毒付き、唇を歪めました。もしも襲ってくるようだったら、すぐに退治してやる。ガーナはそう思い、杖をフランに向けました。


 しかし、伸びて来た触手はガーナを叩き潰そうとも、握り潰そうともしませんでした。その代わり、ボコボコと泡が立ち、触手からさらにタコの足のようなものが生えて来ました。

「ひっ……!?」

 突如変わりゆく怪物のあまりのおぞましさに、ガーナは思わず悲鳴をあげました。

 それでもフランは、彼女に触手を伸ばすのをやめません。

 そんなことが何度も繰り返されるうちに、ガーナはとうとう首をかしげました。

 触手が伸びるそのたびに、フランは悲鳴を上げ泡を立て、ますますみにくいすがたに変わって行きました。

「まさか……アンタ」

 そうしてようやく、ガーナはあることに気がつきました。



 フランが、こうして見ている間にも姿を変えて行っているのは、

 『呪い』のせいなのだと。


 『誰かを助けたり、親切にしたりすると、

 体が”ばけもの”のようにみにくくなってしまう』呪い。



 そう、ばけものは、フランはガーナをとしているのではなく、彼女をとしていたのです。

 どんどん姿をみにくくしていくのは、彼女がたとえばけものになっても、人に親切にするのをやめようとしないからなのです。


「やめてよ……!」

 そのことに気づいた時、ガーナはたちまち顔を青くし、唇を震わせました。


 ガーナには、目の前のフランの行動が、理解できませんでした。

 自分が怪物にされてもなお、誰かを、自分を助けようとするフランが、信じられませんでした。ですが、フランの姿は今もこうしてグツグツと泡を立て、どんどん形を変えて行きます。

「もうやめなさいよ……どうしてそんなことができるのよぉっ!?」

 ガーナは杖を握りしめたまま、尻餅をついて後ずさりました。

 そんなガーナの様子を心配してか、フランはさらに姿をみにくくして行きました。ガーナは震えながら、杖を剣のように構え、泣き出しそうになるのを必死にこらえました。


 このままではフランは、ばけものは変身を続けて、洞穴を突き破ってしまう。

 早く彼女の呪いを解かないと、ガーナもまた、大きくなったばけものの下じきになってしまいかねません。


 あぁ、だけど。


 もしガーナが呪いを解くだなんて、そんななことをしてしまったら、彼女自身も呪いによって、みにくいばけものにされてしまうでしょう。ガーナは杖を構えたまま、ガタガタブルブル震えました。


 その時です。

 突然、洞穴の中がシーンと静まり返りました。

 ばけものは、今にも泣き出しそうなガーナの様子を見かねてか、触手を伸ばすのをピタリとやめてしまいました。


 あぁ、だけど、だけど!


 そんなばけものの『親切』が、逆に『呪い』を深めていくことになったのです。

 ばけものは今や頭を天井につけ、今にも地面を突き破らんとするくらい、大きく変形してしまいました。ガーナはもうこらえきれなくなって、とうとう泣き出してしまいました。

 どんなにみにくいすがたになっても、自分を助けようとするフランに、ガーナの心は激しく打ちのめされました。ばけものになったフランよりも、人間のすがたをしている自分の方が何だかすごく感じられて、ガーナはわんわんと泣き続けました。

 涙でにじんだ景色の中で、ガーナは杖を振るいました。

 すると、杖の先から青白い光が飛び出し、フランの触手はたちまち人間の腕へと戻りました。その代わり、今度はガーナの足がタコのように変形しました。ガーナがフランの呪いを解くたびに、フランは徐々に人間のすがたを取り戻し、逆にそのによってガーナがみにくいばけものになって行きました。

 

 やがてフランが、その体のほとんどを取り戻した時、

 フランもまた、声を出さずに静かに泣いていました。


 暗い洞窟の中に、みにくいばけものと、ちっぽけな少女のすすり泣きがこだましました。


「ガーナさん……」

 フランが、目にいっぱい涙をためてガーナに訴えました。

「もう、やめて。このままじゃ、貴方が……」

 ガーナは、フランの呪いを解くたびに自分がばけものへとすがたを変え、今では彼女の方が大きくみにくいすがたになっていました。だけどフランに呼びかけられても、ガーナは杖を振るうのをやめませんでした。泣きながら、必死に杖を振るい続けました。ツノが生え、キバが生え、爪が伸び……やがてギョロリとした目が三つ、顔に出来たところでガーナはとうとう力尽き、杖を取り落としました。


 ガーナはフランが引き止めるのもかまわず、大きな呻き声を上げ、ばけものの体を引きづって洞穴から逃げるように走って行きました。その頃には、フランはもう、髪の毛が蛇になっている以外はきれいさっぱり人間へと戻っていました。フランは逃げ出したガーナのことを思い、しばらくその場にうずくまったまま、ポロポロとなみだをこぼしました。




 ばけものになったガーナは町を離れ、遠くへ遠くへと逃げ続けました。ばけものが世界のどこかにすがたを現すたびに、人々は必死になって彼女を追い払いました。フランもまた、正体を隠し自警団に加わり……ガーナを退治させないために……彼女を追いかけ、遠くへ遠くへと旅を続けました。


 昔々、あるところでのおはなしです。

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