第20話 Centerfold

「それじゃあ、フラン。頭巾ターバンをお取り」

 オンモラキが、赤い目をした少女の頭をそっと撫でた。彼女オンモラキの顔には、真っ黒な眼鏡サングラスがかけられていた。フランが頷きゆっくりと頭巾ターバンを外すのを見て、物陰から覗いていた鬼子は慌てて目をぎゅっと閉じた。



 鬼子をぶら下げた戦闘機は夜通し飛び続け、戦火に包まれた村から、争いとはまるで縁の無さそうな活気溢れる都へと辿り着いた。その間、鬼子は一睡も出来なかったが、明け方になり飛び込んできたネオンサインに、彼女はすっかり眠気も吹き飛んでしまった。


 初めて見る、人間の都。


 突き立てられた墓標のように、地面から空へと伸びる巨大なビル群。

 太陽の光とはまた別の、赤だったり青だったり、足元に無数に広がる人工の星屑たち。

 黒いシルエットに身を包みながら、街中が、まるで生き物のようにゴウゴウと唸り声を上げていた。


 で星空を見上げた時とはまた違う、黒く渦を巻いて飲み込まれていくような光景に、鬼子は思わず息を飲むのだった。


 やがて戦闘機はビル群の中でも一際高い、都の中央にそびえる”城”へと入っていった。それから何人もの黒子たちが石像になった物の怪を戦闘機から担ぎ出し、巨大な倉庫へと運んだ。鬼子は唖然としながら倉庫を見渡した。犬神の艦で見た格納庫よりもさらに何倍も広い、こちらは最早鬼ヶ島が丸々入ってしまいそうな、それほどの広さを誇る倉庫であった。

 開閉式の天井から次々と倉庫に戦闘機が出入りし、その片隅には、オンモラキが全国からかき集めたであろう物の怪の石像が、小高い山のように乱雑に積み上げられている。鬼子は鬼ヶ島で見た死体の山を思い出し、少し吐きそうになった。彼女は声を上げないように必死に息を殺しながら、髑髏の右っ鼻の穴の部分で、小さなその身を精一杯縮こめた。



「良い子……良い子ね」

 やがて向こうから、オンモラキの悦に浸った声が聞こえてきて、鬼子は恐る恐る細目を開けた。

 倉庫の中央では、頭巾を被り直すフランと、血のように真っ赤な液体が満たされた小瓶持ったオンモラキの姿が見えた。反対の手には、だらりと口を開き、首を地面に垂れた蛇の死骸が握られている。透明な小瓶の中に入った赤い液体が、天井から差し込む朝日に照らされてキラキラと輝いた。

 オンモラキが石像の一体物の怪に近づき、小瓶の中の液体を一滴垂らした。すると、それまで石だった一つ目小僧がシューッ、シューッと赤い煙を上げ、見る見るうちに皮膚の表面が溶け出して行った。硬い石像から、生身の体を取り戻していくその様子を、鬼子は固唾を飲んで見守った。


「上出来ね。行きましょう、フラン」

 オンモラキは小瓶の中身の具合を確かめると、満足げに頷いて、フランを引き連れて奥へと引っ込んで行った。代わりに一つ目小僧の元に大柄の黒子たちがやって来て、彼を小さな檻の中へと押し込むと、オンモラキたちとは逆方向へと担いで行った。


 オンモラキたちの姿が見えなくなって、鬼子はから、じっと倉庫内に目を凝らした。


 倉庫では大勢の黒子たちが、『危険石蛇体液』と書かれた巨大な樽を背負い、そこから伸びた水管ホースを片手に液体を石像に浴びせている。水を浴びた石像たちは、先ほどオンモラキがやったように、次々と体を取り戻して行った。さらに他の黒子たちは、元通りになった物の怪を檻に詰め込み、に乗って奥へ奥へと運び続けていた。


(鬼美ちゃん……どこだろう?)

 鬼子は必死に首を伸ばし、親友の姿を探した。

 石像は次から次へと運ばれて来るため、広い倉庫内にまだたくさん残っていた。積もり積もった山の中から連れ去られた鬼美を探し出すのは、一筋縄では行かなそうだった。もしかしたら、もうどこかへと運ばれてしまったのかもしれない。でも、一体へ?

「それにしてもよぉ……」

「!」

 不意に後ろから声が聞こえて来て、鬼子は慌てて首を引っ込めた。


「何も全部が全部、に出すワケにも行かねえンだからよォ。こんなデカブツ、壊しちまった方が早くねーか?」

 いつの間にか背後にいた黒子が、がしゃどくろの頭を見上げながら呆れたようにそう呟いた。

「バカ言え。デカイ方が、見応えがあるだろうが。壊すならアッチの小さい奴よ」

がこんなに多かったら、客も何が何やら分かんねぇだろうしな」

「まぁ最後にはマシンガンでまとめて粉々にするんだけどよ」

「チゲエねえ」

 広々とした倉庫内に、黒子たちの乾いた笑い声が響き渡った。


「かといってチンタラやってたら、いつまで経っても終わらねえわ」

「よし、んじゃ使なのは、処分すっか」

(大変……!)

 彼らの立ち話に耳を澄ませながら、鬼子はサッと表情を強張らせた。

(急いで鬼美ちゃんを見つけないと……あいつらに、粉々にされちゃう!)

 黒子たちが鼻歌を歌いつつ、四方八方からが石像がしゃどくろに向かって驟雨シャワーを浴びせ始めた。中にいた鬼子にも、雨のように粘った液体が降って来る。次第に、足元に蛇の体液が溜まり始めた。鬼子は身動きしないように注意を払いながらも、急に、何だか鼻がムズムズして来た。


「ん?」

 不意に黒子の一人が、怪訝そうな声を上げた。

「どうした?」

「何かさっき、このドクロの中から物音が聞こえたような……」

 その言葉に、鬼子は心臓が口から飛び出るかと思った。

 さっきから蛇の体液を全身に浴び、くしゃみが出そうになっていた。コツコツと床を叩く靴の音が近づいて来て、向こうから伸びて来た人影が、縮こまる鬼子の上に覆い被さった。

(もう、だめ……っ!?)

 鬼子が我慢しきれず大きく口を開け、人影が中を覗き込んだその瞬間。

(シッ。静かに)

 後ろから突然水槽のようなものを頭に被せられ、鬼子はその中にくしゃみを発射した。さらに鬼子は足を引っ張られ、一気に液体の中へと引きづりこまれた。


「……何かいたか?」

「インや……誰もいねえ」

 がしゃどくろの中を覗き込んだ黒子が、まだ納得いかない様子で首をかしげた。

「妖怪でもいたんじゃねえのか? へへ……」

「うっせ。妖怪なんて、そこら中に掃いて捨てるほどいるじゃねえか。あぁ、ったく。ここは血の池地獄みたいで、気持ち悪いったらありゃしねえ」

 鬼子は、床に溜まった赤い液体の中に身を沈め、黒子が去っていくのを息を潜めてじっと待った。


「……っぷはぁ!」

 やがて、人影が完全に去った後。

 鬼子はようやく水中から顔を出し、思いっきり酸素を吸い込んだ。

「鬼子、お前……!!」

「あなたは……!」

 すると水中から、何だか懐かしい声が飛んで来た。鬼子は自分の足を引っ張った物の怪を振り返って、思わず目を丸くした。


「かっぱえびさん!!」

「お前、おいらの腹ン中でしやがったな!?」


 そこにいたのは、桃色の、海老の外殻を身にまとった、珍妙な物の怪であった。

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