第19話 Toxic
「お前たち、さっさと使えそうな物の怪を積め込みなさい」
「使えそうな物の怪って、どんな奴で?」
「そりゃあ、それなりにデカくて、だけど弱っちくて。とにかく”見世物”になりそうな奴よ」
「へい、分かりやした」
静まり返った村の上空に、大型の”機械トンボ”が数機降り立った。
”機械トンボ”の中から次々と降りて来た黒装束の男たちが、石になった物の怪や人間をせっせと”トンボ”の中に積め込み始める。村はあっと言う間に
「強い奴は、腕の二、三本折って構わないから。『物の怪狩り』に出す『商品』が、お客様を傷つけちゃ適わないからね」
オンモラキが村の様子を眺めながら、満足げに頷いた。そのオンモラキの腕の中では、フランと呼ばれた、
「……戦闘機に入り切らない分は、どうしやす?」
不意に黒衣の一人が、石になったがしゃどくろを振り返った。鬼子は慌てて頭を引っ込めた。向こうから、オンモラキの声が聞こえてきた。
「余った物の怪は、物の怪村に返すのよ。メドゥーサの仕業って、勝手に大騒ぎしてくれるからね」
「じゃあ、ここの村人は?」
鬼子は再び、恐る恐る顔を覗かせた。黒衣の前には、驚きの表情のまま固まった、桃太郎親子がいた。オンモラキは三日月型にニヤーッと唇を釣り上げ、愉しそうに目を細めた。
「まぁ、見てなさいな」
それからオンモラキは、桃太郎親子をその場に残すように指示した。物の怪を粗方積め込んだ戦闘機が飛び立つのを待って、彼女はフランにそっと耳打ちした。少女は眠そうに目を擦りながらも、ゆっくりと頭の布を外し始めた。
「あっ!」
っと声が出そうになるのを、鬼子は必死に堪えた。
「う……!」
すると、先ほどまで石像になっていた桃太郎が、呻き声を上げた。鬼子は暗がりに目を凝らした。残っていた黒衣がそっとフランの肩に手を置くと、二人はスーッと煙のように姿を消してしまった。目を覚ました桃太郎は、しばらく訳がわからないと言った様子で辺りを伺っていたが、やがて石にされた自分の母親を見つけて飛び上がった。
「お母さん!!」
「大丈夫?」
石像に縋り付く桃太郎に、そばにいたオンモラキがしたり顔で声をかけた。
「あなたは……!?」
「私はオンモラキ。空軍よ。物の怪たちの襲撃があったって聞いて、飛んで来たのだけれど……」
オンモラキは村の中央にある”機械トンボ”を指差した。桃太郎の顔がハッとなった。
「オンモラキさん……あなたが」
「大変ね。それ、あなたのお母さま? 物の怪にやられちゃったみたいね」
オンモラキが、悲しそうな顔を作り、母親の頬にそっと手を触れた。
「他の村でも、人間たちが石にされてるって報告を受けてるの。かわいそうに……」
「そんな……!」
桃太郎は慌てて鬼子のいる方へと走ってきて、丘から
「非道い……!」
焼け残った村にはあちらこちらに、石像と化した村人たちが残されていた。桃太郎は息を飲み、膝から崩れ落ちた。
「助かるんですか!? みんなは、僕の母親は……」
「えぇ、もちろん……石に変えてる悪い妖怪を見つけ出せれば、ね。そうだ。今度都で、天子様の午前で『物の怪狩り』を開こうと思うんだけど……」
わなわなと体を震わせる桃太郎の後ろで、オンモラキがうっすらと目を細めた。
「……憎い? 物の怪が」
「…………」
桃太郎は顔を青ざめさせ、しばらく虚空に目を彷徨わせていたが、やがて小さく頷いた。
「……はい」
その言葉を受けて、オンモラキの目が一層妖しく光った。桃太郎が唇を戦慄かせた。
「僕の母親を、生まれ育った村をこんな風にした、物の怪が……!」
「憎い?」
「憎い、です」
「そうね。憎いでしょう? もっともっと憎しみを言葉にしなさい。そうすれば、憎しみはあなたの中でどんどんと燃え盛るから。ホラ。あなたは、自分の村をこんなにした物の怪を、許せるの?」
「そんなバカな! 憎いに決まってる! 僕は、物の怪が憎い……!!」
「ンフフ……良い子ね。じゃあ、あなたに恨みを晴らす、チャンスを上げる」
「……え?」
ついにポロポロと涙を零し始めた桃太郎の耳に、オンモラキがそっと顔を近づけた。
「『物の怪狩り』に参加しなさい、桃太郎チャン。そこで、石に変えてる物の怪を見つけ出せたら、みんなを元に戻せるかも」
「でも……」
「良いのよ。私が話を通して上げる。悪い物の怪を憎んで、憎んで……あなたが大衆の前で悪者を叩きのめせば、きっとみんなスカッとするわぁ」
オンモラキがそっと桃太郎を包んで抱いた。オンモラキの羽の中で、桃太郎は静かに頷いた。
「……分かりました」
少年の出したその答えに、オンモラキは満足そうに妖艶な笑みを月明かりの下に晒した。
□□□
やがて桃太郎は兵隊に連れられ、”機械トンボ”に乗り込んで行った。
「さて……今度は”あっち”ね」
”トンボ”の影が見えなくなってから、オンモラキは空中でパンパンと二度手を鳴らした。すると、何もない空間からフランと黒衣が姿を現し、今度は石になった物の怪のそばへと近づいた。フランは再び頭巾を外し、物の怪を元に戻し始めた。やがて蛇が物の怪を舐め終わる前に、黒衣たちは再び姿を消してしまった。
「アレ!? ここは……!?」
こうして元の姿に戻った物の怪の一匹が、不思議そうに辺りを見渡した。
「ドジ踏んだねえ。アンタたち、またメドゥーサにやられたんだよ」
「あ、オンモラキ様!」
烏天狗がオンモラキの姿を見つけて、慌ててお辞儀した。それから驚いたように目を丸くして、静まり返った村を見渡した。
「メドゥーサってまさか……チクショウ、あいつは俺の弟じゃねえか! あっちも、こっちも……みんなやられちまってらぁ」
「手に負えないねえ、そのメドゥーサって奴は」
オンモラキはわざとらしく肩をすくめた。烏天狗は悔しそうに地団駄を踏み、それからおずおずとオンモラキを見上げた。
「あぁ、でもオンモラキ様……へへ。また、治していただけるんで?」
「良いけど、さ」
オンモラキが目を細めた。
「こっちも薬代やら、色々とかかるんだ。治すには、いつもみたいにそれなりの貢物がなくっちゃねえ」
「もちろんですとも。ありがてえ、ありがてえ。この辺じゃ石化の治し方を知ってるのは、オンモラキ様しかいねえモンですから。また『人間狩り』で、たんまりと資金を稼ぎやす……へへへ」
傅いた烏天狗がオンモラキを見上げ、下卑た笑い声を上げた。やがて烏天狗は石にされた仲間たちを抱え、急いで物の怪村の方へと飛んで行った。
「これで良し、と」
それぞれの方向へ飛んで行った者たちを見送って、オンモラキは「伸び」をするように、丘の上で大きく羽を広げた。
「さ、私たちも帰りましょう。早くシャワー浴びたいわ。火薬の匂いが着物に付いちゃう」
「全く。オンモラキ様も、オヒトが悪い……」
「あら。私はヒトじゃなくってよ」
術を解き、背後から姿を現した黒衣に、オンモラキは軽く嗤って見せた。
「似た者同士、気が済むまで憎しみ合っていれば良いわ。私はそれを有効に活用して、せいぜい愉しませてもらうから」
「このデカブツも、置いて行くんで?」
黒衣が、半ば呆れた顔で近くにあったがしゃどくろを見上げた。
「そうね……面白そうだから、頭蓋骨だけ運んじゃって。頭だけだったら、反撃されないから楽しいでしょう。
「分かりやした」
オンモラキがクスクス嗤った。それからオンモラキたちは夜空に羽を広げ、都の方へと飛んで行った。
鉄の紐で空に吊るされ、都へと運ばれて行く頭蓋骨の中。鬼子は黒衣たちに見つからないよう必死に息を殺した。
全てを見ていたのは、鬼子だけだった。
全てを聞いていたのも。
何故これほどまでに人間が妖怪を憎み続け、そして妖怪は人間を憎み続けるのか。
頭蓋骨の陰で、鬼子は自然と涙を零していた。
一連の騒動は、全てオンモラキが仕掛けた、罠だったのだ。
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