◆第6話◆「なんだかなぁ、リズを治療しないと」

「くっだらない茶番はそろそろ終わりにしてよ、まったく───」


 リスティがビィトの背嚢を勝手にバラシて、ゲシゲシと足で雑に半分に割っていく。

 そんでもって、


「ほら、貸しなさい───」


 ビィトの持っていた古い契約書を勝手に拝借すると、

「ちょっと文言変えるわよ───ここを削って、」


 契約書は羊皮紙なので、ナイフで削ることができる。

 そして、重要な文言はそのままに、空白やらベンのサイン等を削ってリズの譲渡書を作成していくリスティ。

 

 ボケらーとそれを見守ることしかできないジェイク達とビィト達。


「───ん。これでいいんでしょ? ほら、さっさと足出しなさいよ。腐って臭いんだから」


 ポイっと、契約書をビィトに投げ渡すリスティ。その流れでリズの足に回復魔法を駆けようと歩み寄る。


 呆気に取られていたビィトは慌ててその内容を流し見すると、ビィトの物資とリズの譲渡条件が書き添えられている。


 ベンの項目が雑に削られ全てビィトに置き換わっている。

 つまり、ビィトがリズとそして、エミリィを保有することが正式な書類として残ったことになる。


 これを契約の魔法にするか、役所かギルドに持っていけば正規文書になるわけだ。


「あ、あぁ……これで、いいのかな?」

「それでいい──────リスティ、リズはもう奴の物だ。アイツの仲間に構うな」


 リズはビィトの物に……。

 それをリスティが治すのは許さんということか。


「もういいよ。俺がやるから───!」

「ビィトさま───きゃ!」


 肩を竦めているリスティを押し退けると、ビィトはリズの足を無造作に持ち上げる。

 あまりに自然過ぎる動きにリズも反応できなかったらしく、顔を赤らめてプルプル震えていた。


(リズにしては反応が……?)


 ごめんね、と心の中で謝りつつ彼女の足を診断していく。


 う、

「こ、これは…………」


 見た瞬間から、相当な重傷だと分かる。

 何かに齧り切られたらしい傷跡と毒の注入痕……。

 そして、止血による壊死───。


 微かに漂う腐敗臭から、通常の処置では切り落とすしかないだろうと思う。


 だけど、

「時間がかかるけど、大丈夫───治してみせるよ」

「ビィト様……」


 涙を浮かべた表情で、リズがウルウルとビィトを見上げている。


 えっと、そんな顔をされるとやりづらいんだけど……。


「ちょ、ちょっと痛いかもしれない……。傷を少しづつ治していくから色々触るけど、他意はないからね!」


 負傷箇所を確かめつつ、腐敗した組織を少しずつ削って治していくのだ。


 さすがに腐った肉を元に戻すことはできない。

 だけど、健康な部位から少しずつ治していくことなら出来るかもしれない。


 リズの足の、まだ壊死していない部分に指をあて、下級の回復魔法を施していく。


 下級魔法の『小回復』であっても、熟練度はMAXなので、回復速度と局所的な回復量はかなりのものだ。


 惜しむべくは余り大きく掛けてしまうと、大した回復量にならないことだろうか。


 それでも連射は可能なので、後方から支援するには十分に使えるのだが───今回のような重傷を治すには不向きといえる。


 リスティの高位回復魔法なら一発なんだろうけどな。


 っと、

 ───よし……ここだ!


 触診で血流のある個所を探り当てると、そこから伸ばしていくようなイメージで回復魔法を施していく。

 すると、壊死した組織がポロポロ押していく。


「ッ!」


 リズが顔を赤くして、プルプルと震えている。


(痛いんだろうな……)


「エミリィ。ポーションを出してくれる?」

「むー…………」


 ブスッと頬を膨らませたエミリィが不機嫌MAXといった顔でポーションをくれた。

 なぜか手にペチン! と叩きつけるように。


「ど、どうしたの?」

「知らない!」


 ふん、とそっぽを向くエミリィだが…………何なのこの子?


「相変わらずねー」


 買い取った物資を物色していたリスティが、ニヨニヨと笑いながらビィトの脇を足でくすぐった。


「ちょ、やめろって!───あと、リスティ、あんまし食べすぎるなよ……」


 よくわからない妹はこの際無視して、

「───リズ。痛いんだよな……。気休め程度だけど、ポーションを飲むといい」


 栓を抜いて差し出すと、リズは恐縮して受け取る。

 ジッと赤い顔のまま上目遣いでビィトを見ると、恐る恐るといった様子でポーションに口を付けた。


 コクリコクリと嚥下していく様子が、妙に可愛い。


「甘いです……」


 甘いって……?

 ポーションが?


 あー、そうか。

 ギルド製じゃない、市販のポーションは混ぜ物が多いからな。

 買い物をよくわかっていないジェイクが、適当に街買いしたんだろう。


 パチ物のポーションは、味をごまかす為に、蜂蜜や砂糖を混ぜているのかもしれない。


(あれじゃ、見た目ほど効果はないかもしれないな……)


 真っ赤な顔をしたリズの様子を気にしながら、足を治していくビィト。

 腐った組織は回復と共に剥離していくが、骨や太い血管に近い場所は頑固に残り続ける。

 それを解毒魔法を駆けながら氷魔法で冷やし、こそげ落としていく。


 冷やせば多少痛みは緩和されるし、組織の剥離も容易だ。


 リズはずっと赤い顔でプルプルと震え、ギュッと目をつぶっている。


(ずいぶん痛いそうだけど……………………───あれ? リズって、たしか)


 痛みを耐える訓練も受けていたはずじゃ?


 んん?


「リズ──もしかして、もの凄く痛い?!」


 痛みに耐えられるはずのリズがこうして顔を紅潮させているのだ。もしかすると想像を絶する様な痛みがあるのでは?!


「バーカ。リズが回復治療くらいで根を上げるわけがないだろうが」


 ジェイクは小馬鹿にしたような目をビィトに向けると、また興味を失ったようにガクリと項垂れる。

 あれでいて、強化薬の反動がきついのだろう。


 リスティが、ジェイクを回復させようか迷っていたが、すぐに食事に興味を取られて干し肉やナッツを齧り始めた。

 片手にはワイン付き。


 ───オッサンか、お前は!


「リズ、痛かったら言ってね? 少しずつ治していってもいいから」

「だ、大丈夫です……。その、えっと───。手、手が……」


 モジモジしているように見えるリズ。

 まぁ、リズに限ってそんなこともないだろうけど。


「手? あぁ、ゴメン。なるべく直接触れた方が魔法の通りがいいんだ。君も知ってるように俺の魔法は下級魔法だからね」


 威力も射程も短いんだ───ごめんよ。


「あぅ。そ、そうですよね…………。い、いえ。その───わ、私臭いですよね……すみません」

「え? いや、まぁ、組織が壊死してるから、それはしょうがないよ。でも、なんとか治して見せるから」


 額に浮いた汗を軽く拭うビィト。

 単純に連射すればいい攻撃魔法と違って、重傷者を徐々に治していくのはビィトも初めての経験だ。


 しかも、組織を少しずつ回復させるものの、壊死した細胞も除去しなければならないので、非情に繊細な処置が求められる。


「ふぅ……」

「むー……! 手、触れなきゃダメなの?」


 エミリィがプックーと頬を膨らませている。

 さっきから何なのこの子!?


「なに?! 別に変なことしてないよ! 結構慎重な作業なんだから邪魔しないでよ」

 ちょっとイライラしているなと自覚しつつも、エミリィのよくわからない態度の相手をしているのもわずらわしい。


「あう……ごめんなさい」


 シュンとしちゃったエミリィ。

 だけど、そのフォローをしている暇はない。


 リズの足の治療に手いっぱいで他のことが全て煩わしかった。


 なんとか、足の半分くらいまでは解毒し、組織の修復も終わってきた。

 齧り取られた肉もゆっくりと盛り上がり、傷跡も整形されていく。


「もう少し……。頑張って、リズ」

「は、はい!」


 もう顔面真っ赤かのリズがこっちが見ていられない程、痛々しい。

 頭から湯気でも吹き出しそうだ。


 毛布を顔の半分まで上げて表情を隠し、「うー……」と呻いている。

 やっぱり痛いんだろう。


 だけど、これ以上回復速度を速めるわけにもいかず、リズの忍耐に期待してビィトは繊細な治療を施していった。


 そして、かなりの時間が経過したころ、ようやく最後の傷跡が修復され綺麗な肌が戻ってきた。

 毛穴すら復帰しているのだから、もう大丈夫だろう。


 傷口の具合を確かめるべく、彼女の足をスリスリと触れていると、リズがもう限界とばかりに「あふぅ……」と、白目をむいて座ったまま失神してしまった。

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