◆豹の槍3◆「なんで使えない!」
「ジェイク! 上……いえ、右からも!」
「ちぃ! リズ! 上を抑えろッ!」
「はい!」
地獄の釜──中層部。
兼ねてより最深部をアタックしていた「
彼らは、そこに生息する鳥型のモンスター、ガーゴイルと激戦を繰り広げていた。
立体的な動きで襲いかかるガーゴイル。
五機編隊が二個!
シュパンッと空気を斬る擦過音とともに、リズの放った手裏剣が急降下を駆けてきたガーゴイルを迎撃する。
一投擲で5発それぞれ5匹に着弾し、奴らは耳障りな泣き声をあげて地面に墜落した。
一方でジェイクは水平飛行で吶喊してくるガーゴイルを最低限の動きで躱し翼を切り裂く地面に縫い付ける。
続く、4機編隊も変わらず切り落とし危なげなくこの場の敵を殲滅した。
「敵影なし……! ジェイクお疲れさまでした」
結界を張って
「あぁ……どうだそっちは?」
ジェイクがくいっと顎で示す先。そこにはズタズタになった若い男が一人と複数の冒険者風の男達がいた。
「だめですね……即死だったようです」
余り残念そうに見えない様子でリスティは首を振る。
「ち……つかえねぇな! 残り何人だ?」
「5人ですね……ちょっと、何よその顔は!?」
リスティはまるで物でも数えるかのように男達の頭数を報告した。
それを苦々しく見ている男達。
彼らは一様に山の様な荷物を担いでいるが……。
パーティーメンバーというには少し様子がおかしい。
「半分にまで減ったか……」
クソッ! と吐き捨てるジェイクだが、その半分というのはおそらく5人の男達のことだろう。
つまりここに来るまでに彼らは10人いた……。
「リズが遊撃に回れるのはいいが、これでは……な」
ズタズタになった男も同じように荷物を担いでいたが、かなり激しく攻撃を受けたのだろう。その荷物の中身が凄まじく散乱していた。
ポーションや傷薬等の医薬品のほかに、予備の武器、着替え、そして──大半が糧秣だ。
その散らばった糧秣から、堅パンを取るとリズとリズティに放り投げる。
ジェイク自身はワインの瓶を取り、口でコルクを抜くと水がわりにグビグビと飲み始めた。
「ぷぅ……食っとけ。こいつの荷物は再分配して、無理な分は放棄するしかねぇ」
その言葉に、男達が猛然と食って掛かる。
「お、おい! まだ先に進むつもりなのか!」
「俺達を何だと思ってる!?」
「こんな場所だなんて聞いてないぞ!」
「ふざけるな! 何人、死んだと思ってるんだ!」
「俺はもう帰るぞ!!」
ギャーギャーと騒ぎだした男たちにジェイクが苛立ちを隠さずに言う。
「うるっせぇ、たかが
その威容に一瞬で静かになる。
ジェイク自身が殺気すら漲らせているのだ。
「……くそ。まだ半分でこれか……」
うんざりした顔で言うも、彼の歩みは止まらない。
「ほらぁ、早く荷物集めなさいよ!」
リスティはポーター達の尻を叩いて促す。
渋々従っているが彼らの雰囲気はどんよりと暗い。
しかし、ここで逃げ出す選択もできない。なにせ最強最悪のダンジョンの奥地まで来ているのだ。
ジェイクたちにとってはまだ半分なのかもしれないが、ポーター達にとっては未知の領域だ。
彼らにとって、脱走しても帰ることなど敵わない領域まで来てしまったということ……。
まるで奴隷のように陰鬱な表情で荷物を集めるとトボトボとジェイク達のあとを追うしかなかった。その後には死体と回収しきれなかった荷物が残されたが、きっとすぐに魔物が綺麗に片づけてくれることだろう。
ポーター達はトボトボ歩く。
得体のしれない化け物の視線を感じながらトボトボと。
トボトボ、
トボトボと…………。
一方で、先を行くジェイク達はリズが荷物持ちの任務から開放されたため、軽装で行動できることから、さぞかし快走できるかと思いきやそうもいかない。
たしかに、彼女が罠探知や索敵を行うのでジェイク達3人は危なげなくモンスターを駆除しながら進むことができていた。
だが、いかんせんポーター達5人の動きは素人のそれで結局は彼らの歩みに合わせるしかない。
さらには、戦闘を避けて走り抜けてしまえばいいような場面でも、彼らを護りきるとなると、結局は殲滅せざるを得なかった。
ドロップ品は増えてはいるが、それでさらにポーター達の荷は重くなり足も鈍る。
途中途中で櫛の刃がかけるように一人、また一人と命を落とすものも出てきた。
さっきのように荷物が無事なのはまだいい方だ。
時には荷物ごと行方不明になったり食われたり……その分ドロップ品も生活用品も失われていく。
多分この先もだろう。
ポーター自身も食事をとるし彼らの荷物もある。
その減少分などを考えるととても最深部に行けるような状態ではなかった。
しかし、先の失敗を踏まえて、大金をはたいて物資を揃えてポーターを雇ったのだ。
ジェイクとしては何としても成果を出したかった。
少なくとも、ビィトを解雇するよりも、さらに先へと到達しなければ、奴をクビにした自分の判断が間違っていたことになる。
それだけは認められない。
「ぎゃあああああああ!!」
また背後で悲鳴があがる。
結果を予想して思わず天を仰ぐジェイク。
──クソ!
最後尾を護衛しているリスティは何をしている!!
今さらながら結界を発動し、攻撃を防いでいるのが見えたがもう遅いだろう。
そう思っている矢先に、ジェイクの頭上を荷物を持ったままのポーターが一人、大型のガーゴイルに連れ去られていくのが見えた。
足をばたつかせているも、がっしりと頭を抑え込まれている。
それにあの高さじゃ……もう無理だろう。
「どうしますか?」
「いい。先を行こう」
敵は、あの大型固体だけらしい。
ならばポーター一人が精々叫びまくってくれれば魔物はそっちに吸い寄せられるだろう。
尊い犠牲って奴だ。
「わかりました……」
リズは余計なことは言わない。
……いい子だ。
そっとリズの頬に手を触れるが、彼女は不思議そうな顔をするのみ。
「おい、リスティ! もういいから先へ行くぞ!」
「はーい! ……ほらぁ! さっさと歩きなさいよ!」
誘拐された仲間を見捨てようというのだ。ポーター達は信じられないという顔をしているが、リスティにゲシゲシと背後から蹴られれば進むしかない。
(くそ……ポーターどもではダメか……。次は戦える冒険者を雇った方がいいな)
ビィトの代わりを、と思い大量のポーターを雇ったのだが、……ここまでくれば流石にジェイクでも失敗を悟る。
身を護れる──戦うポーターでなければダメだ。
チラリと脳裏には、山の様な荷物を担ぎ──一切の不満を漏らさないビィトのことが思い出したが、直ぐに頭を振ってその面影をかき消す。
ここが分水嶺だと……。
まだジェイクは気付いていなかった。
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