第48話「なんか気合いをいれました」


「どういう意味だ?」


 珍しくベンが前のめりにビィトの話を聞こうとしている。

 それはビィトとしては望ましいことなので、驚きこそすれ特に反発することなく丁寧にベンに説明していく。それで納得してくれたら後の苦労が減る。


 多分、ベンもここに来る途中で色々学習したのだろう。

 ビィト自身はおごる気はないが、経験値は明らかにベンより上なのだ。それに戦力としてもベンよりは高い・・・・・・・と自負している。


「俺も多少の探知は出来る。それは『身体強化』を使って足裏の感覚を鋭敏にしたり、あるいは聴覚を上げたりと、色々方法はある」


「それで?」


「足裏の振動も、聴覚も……それを上回る・・・・・・ものがあれば感知が困難になる。つまり……」

「おいおい、まさか……水音がうるさくて聞こえないとか言うんじゃないだろうな?」


「…………その、まさかだよ」


 ち……マジかよ! とベンは毒づき唾を吐き捨てる。

 それだけならともかく、何故か──わざわざエミリィにかける有様。髪についた唾に困った顔の彼女は、それでも嫌な顔ひとつしない。

 ベン────こいつ……本っ当に嫌な奴だな。


「ご、ごめんなさい……」

 エミリィはベンに責められたと思ったのかシュ~ンとうつむく。


「エミリィが悪いわけじゃない。この地形のせいだ……エミリィは──」

「な、なに?」


 ふと思いついて確認する。


「──敵や罠の探知は……具体的にどうやっているんだ?」

 そうだ。

 ビィトのそれは、あくまで人の感覚器に頼るもの。


 だが、エミリィはそれだけではないと思う。

 彼女はシーフ系統の職業。それは感覚の鋭敏がことも重要だろうが、決してそれ・・だけではないはずだ。


 例えばスキル。

 

 「豹の槍パンターランツァ」のリズなら『殺気探知』なんてのを使っていると聞いたことがある。


 ならば、もしかするとエミリィのそれも五感に頼らないものかもしれない。


「えっと……探知のスキルはあります。でも───」


 ひとつひとつ話してくれるエミリィの言葉を聞いて、顔が青ざめていく。

 エミリィの話を聞いて落胆せざるを得なかった。


 スキルはたしかにあるのだが、

 そのどれもが──やはり五感に頼るものだ。


 『殺気探知』のような五感によらない───いうなれば第六感といったものがあればと思ったのだが……。


 いや、落胆してもしょうがないな。


「うん、十分だよ───『足音探知』『微動探知』『首魁の毒見番』『猟犬の嗅覚』『鷹の目』『熱探知』それに───『気配察知』か……」


 いずれも五感に頼るものらしいが……この場合『熱探知』と『気配察知』は通常の五感とは少しかけ離れている気がする。


「で、どうなんだよ?」

 イライラとしたベンが、エミリィはもとよりビィトにも詰め寄る。


「うん……水のせいで、匂いも音も───振動もかき消される。よほど近ければ別だけど……」


 「で?」鞭の柄で頭をコリコリとかきながらベンが先を促す。


「だから、エミリィには『熱探知』と『気配察知』を中心に使ってもらおうと思う」


 現状使えそうな探知はこれくらいしか思いつかない。


「あーあーあー、わかったわかった。じゃ―それで行け、いいな!」

 ビィトの意見を全面的に取り入れたらしく、そのままエミリィに丸投げするベン。


「エミリィ。できるかな?」

 ビィトはエミリィが気に病まないように軽い調子で聞く。


「は、はい……あまり得意じゃないですけど……」

 エミリィはスキルよりも、どちらかと言うと自分の五感を使った探知が得意なようだ。

 多分、両親譲りの才能はそういった鋭敏な感覚として受け継がれているのだろう。


 それに、エミリィはまだまだ発展途上。そう多くのスキルを習得しているとも思えないし、……多分、熟練度も低い。


 ビィトの場合は、パーティメンバーが頼りになっていたおかげで、ひたすら鍛える時間があった。

 だが、幼い頃から奴隷生活を送っていた彼女には、そんな時間──なかったに違いない。

 ちょっとだけ奴隷生活を送って分かったが……奴隷には、自由時間なんてものはないのだ。


 ビィトとエミリィの二人、

 「豹の槍パンターランツァ」での扱いは厳しかったけど、それでもビィトは自由に動くことができた。


 それに比べたらエミリィの置かれた環境は余りにも厳しい。

 それでも、B級の冒険者なみの腕前を持っているのだ。しっかりとした訓練環境があればどれほど化ける事か。


 エミリィを見ていると、容易に想像できる。

 ……多分、最強と呼ばれるクラスのシーフになることは請け負いだ。


「大丈夫……エミリィならできるさ!」

「う、うん……お兄ちゃんが言うなら……やってみる」


 グッと拳を握り、気合を入れるエミリィに、


「とにかく、それしか方法はなさそうだな。癪だが、テメェらの働きに期待してるぜ……ここを越えればゴールデンスライムの居る黄金の池だ」


 「気ぃいれていけやぁ!!」と、気合が全く入らないベンの叱咤を受けてビィトとエミリィは進み始めた。





「(なんでベンが締めるんだよ……)」ボソッ。

 まぁ、一応リーダーだけどさ。……と、柄にもなく不満に感じるビィトであった。


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