第45話「なんか出発しました」
お兄ちゃん……。
お兄ちゃん……!
(んん?)
「お兄ちゃん……起きて」
(リスティ……?)
うっすらと目を開けて、妹の姿を探す。
だが、そこは殺風景な岩屋の中で、妹であるリスティの姿はどこにもなかった。
(いや、寝惚けてるな──俺)
そうだ。ここは、グールシューターの岩屋。
そもそも、ここ何年もリスティは「お兄ちゃん」なんて呼んでくれない。
だからこの声は、
「お兄ちゃん、はやく起きて……」
ふぅ──と、息の降りかかる様に背筋に電撃が走る気がした。
ち、近いよ──エミリィさん!
開けた視線の先には、ボロを纏った美少女。
ちょっと困った顔が、悪戯心を刺激するがそんなことを考える状況ではなかった。
目を覚まさないビィトに、エミリィはユサユサと揺り起こそうとする。
「おはよ」
「あ! お、おはようございます」
昨夜のくっついて眠ったことを思いだした二人が顔を赤くして、いそいそと離れる。
それにしても、随分熟睡してしまったらしい。
見張りの途中でエミリィと交代したのだが、いつの間にか出発時間になっていたようだ。エミリィが気を利かせて眠らせてくれていたらしい。
一方で、既にベンも起き出しており、一人で朝食の準備をしている。
「おう、起きたか!? 早く準備しろっ」
起きて早々、ベンのだみ声だ。エミリィの可愛い声とはずいぶん違ってゲンナリとする。
「は、はい! お兄ちゃん、食事したら出発します……これ」
エミリィがビィトに向かい合いながら朝食を差し出してきた。
例によって──カビ……てはいないが、粗末な堅パンだ。それにドライフルーツと水。それだけ。
「ありがとう」
例を言って受け取ると、エミリィにこっそり蟻の巣で手に入れていた蜜を差し出す。
小瓶に入ったそれは全く劣化していないので、たいそう甘いだろう。
「(っ! ありがとう、お兄ちゃん!)」
ぎゅうう、と手を握られて感謝を告げられると、柄にもなく照れてしまった。
……それにしても、エミリィらの気配に気付くことなく爆睡していたようだ。あまりない経験だった。
……思った以上に疲労しているのかもしれない。
「(くぁぁあ───)
コキコキと首が鳴る。
妙な寝方をしていたのだろう、体の節々が痛い……。
いや、ダンジョン内で体を横にして眠ったのが随分久しぶりなのだ。「
というよりさせられていた。主に……暗殺者のリズと一緒だった気がする。
眠る時も即応体制をとるため、二人して座ったままだったり壁にもたれる程度。
チラリと
「早くしろ!」
ベンのダミ声に邪魔された。
うるさいな……。そう思いつつモソモソとパンを口に運ぶ。
体からは気怠さが抜けていなかった。
なるほど、横になって寝たほうが深い眠りつにつくという事か……ふわぁっぁ──。
「おら! ボサッとしてねぇで行くぞ」
ベンは自分だけ柔らかいパンと、炙った塩漬け肉で手早く食事を終えてしまった。
さっさと立ち上がり、先を行こうとするベンの姿に、慌ててビィトとエミリィは堅パンを口に詰め込み水で柔らかくしながら飲み込んだ。
奴隷二人の食事など気にもしていないのだろう。
そんなことなど構わずにベンは荷物と武器を持つとさっさと先に行く。
バタバタと準備を終えると、その後を追いかけるビィトとエミリィ。
それでも焦りは禁物。クルリと振り返ると、最後に忘れ物がないことを確認し、揃って焚火を消すと慌てて駆けだした。
「ベン! 単独行動は危険だ」
「ベンさん待ってください!」
タタタと岩屋の狭い回廊を駆け抜けると、ベンに追いつく。その途中でドライフルーツをエミリィに差し出すと彼女は酷く喜んでいた。
「おせぇぞ! 回収した物はもってきてるんだろうな!?」
わかってるよ──……そう言ってビィトはその場で回ってみせる。
背中に背負ったパンパンに膨らんだリュックに、そこに括りつけた盾や小さな武器。ポケットには装飾品やらの小さなものが。
腰にはいくつかの剣をぶら下げ、動きにくいことこの上ない。
「上出来だ!」
ニカッと笑ったベン。ちっとも可愛くない。
「とっとと、この辛気臭い丘を抜けるぜ」
そう言って地図をバサリ。つつーと彼が指さす先は──。
「鬼の巣……」
地図には、小鬼の絵柄が。
つまり、新たなゴブリンの巣だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます