第43話「なんか生い立ちを聞きました」


 ──なぁ、エミリィ。



 そう問いかけるビィトの声が岩屋に静かに反響した。


 腹を満たすまで時間だ。ちょっとした雑談の様なもの。

 蟻の巣からとってきた果実に、多肉植物。


 分厚い皮のついた多肉植物は皮をむくのに時間がかかり、慣れた手つきで処理を行うビィトにも世間話をする余裕はあった。


「その……なんていうか、答えたくないならいいんだけど」

「お兄ちゃん?」


 口の周りをベッタベタにしながら、エミリィも鮮やかな手つきで多肉植物の皮をむいている。

 チラリと目を向ければ、彼女が使うナイフを始め、道具はどれも使い込まれていて、数年単位どころか数十年単位で丁寧に使い込まれてきたものだと分かる。


「いや……ここ数日、エミリィを見て思ったんだけど──」 

「???」


 そうだ、エミリィは……、

「──すごく腕が立つよね? 多分、Bランク相当の冒険者に遜色そんしょくないくらいには」

 エミリィ自身、冒険者カードを持っているが──額面上のそれよりも明らかに優秀だ。 ビィトはシーフ系の職業にそれほど詳しいわけではないが、上位互換とおぼしき存在として「豹の槍パンターランツァ」のリズがいる。

 あの無口な少女を思い出しながら、それとエミリィの仕事ぶりを比較すると、さほど違いがあるとは思えないのだ。


 もっとも、リズはシーフ系以上に攻撃もかなり多彩にこなすことができる。


 上位互換と言う以上に腕前は明らかにエミリィより上なのは間違いない。 あまり話をしたことがないので、彼女の生い立ちの詳細を聞かされていない。ただ、貴族であったジェイクの御家に古くから仕えている暗殺者の一族だという噂があるだけだ。

 もっとも、ビィトやリスティ、そしてジェイクの家はとっくに没落している。子息が冒険者に落ちぶれる程度には……。

 そう言う意味では、リズがジェイクに付き従う理由はわからなかった。奴隷身分であったらしいが、とっくに買い戻しているとも言う。


 ……いや、リズのことはいい。今は──。


「そんなことは……いつも、ベンさんや、今だってお兄ちゃんの足手まといです」

 シュンとしたエミリィ。

 ……大丈夫、少なくともベンよりは6000倍頼りになる。


謙遜けんそんしなくてもいいよ。エミリィは凄腕さ。……元Sランクパーティにいた俺が保証する」

 もっとも、俺自身はただの器用貧乏だけどね。……ふぅ。


「あ、ありがとうお兄ちゃん」

 照れ照れと、顔を赤くして視線を逸らし、多肉植物の皮を剥いて誤魔化すエミリィ。

 

 うん……ちょっと可愛いとか思ってしまった。


「それだけに……ちょっと気になって」

 そうだ……。


 リズは自分を買い戻すくらいには腕が立つ。

 それくらいならエミリィの腕があればできるだろう。 ……ドロップ品を集めることも──最悪スリで稼いでも良い。道義的にはアウトだけどね。 そもそも──。


「えっと……?」

「う、うん──その……なんで奴隷になったのかなーと」


 それもベンのような……奴隷を使い潰す真似しかできない最低野郎の道具として。 奴隷の中でも、かなり最底辺の奴隷として──。


「あ……う、ん」


 ちょっと暗い顔をしたエミリィが、剥き終わった多肉植物をシャリシャリと食べながら、


「……お父さんと、お母さんのせい……なの」

 ポツリと零すエミリィ。


「私のお父さんは──」



 バチ、バチと焚火の火が揺らめく中──、

 エミリィは簡単に語って聞かせてくれた。

 それは多肉植物を食べ終わるまでの短い時間。

 ビィトは皮を剥く手を止めて、静かに聞く事しかできなかった。

 

 シャリ……と、音を立ててエミリィが多肉植物を頬張りながら、ボソボソと話す内容は、彼女自身に何の罪も落ち度もない話。


 エミリィの父親はとある国で、国中を敵に回す大泥棒だったらしい。 とはいえ、その国では階級の低いものからは義賊扱い。そして貴族階級からは蛇蝎だかつの如く嫌われる……いわゆるダークヒーローのようなもの。だったらしいと──。


 その話が本当かどうかは知らないが、幼いエミリィは冗談交じりに話す両親の言葉を覚えていた。


 ……一方で母親はその国の騎士団の中でも比較的も規模の大きな警邏組織の団長だったらしい。

 当然いがみ合う二人の構図で、追うエミリィの母と、追われるエミリィの父。 それはまさにライバル関係のようでもあり、表沙汰にはならないものの──ちょっとした友情も育んでいたとか──。


 結局、いつしか恋に落ちた二人は、全てのしがらみを捨てて国外逃亡。その逃避行の果てにエミリィが生まれたらしい。


 そして、身元の怪しい二人ができる仕事と言えば危険な冒険者稼業のみ。


 この辺は没落した貴族である「豹の槍パンターランツァ」の境遇とあまり変わらないな。

 華々しい成功談や、勇壮な話の裏にある冒険者の末路なんて……。


 ……ポイッとを追加する。


 その薪に使った装備も、ここで哀れにも命を落とした冒険者の持ち物だ。

 ビィト達も、いつこの薪の持ち主の様になるか……命の保証なんてどこにもない。毎日が命を危険にさらす危険稼業。

 

 それが、エミリィの両親も身を投じたこの世界と言うわけだ。冒険者……あぁ無情。


「それで……この街に来た頃は、まだ二人とも元気だったの」

 仲の良い両親を思い出しているらしい。


 薄っすらと目に涙を浮かべながら思い出に浸っているエミリィ。


 けれども──、と彼女の話は続いた。


 最悪のダンジョン「地獄の釜」その深淵に至る途中で両親のうち、父は消息を絶った。

 辛うじて生き延びて生還した母親も、父の遺品を持ち帰るのが精いっぱいで……彼女自身も重傷で病を得ていたという。


 それからは、恐ろしい貧困のなかを生きた。

 多少あった蓄えも治療と回復のためにそのほとんどを吐き出した。それでも体調は万全とはいかず、化粧をして街角に立つしか仕事の無くなったエミリィの母。

 しかし、乱暴者も多い冒険者相手に素人がどうこうできるはずもなく、体の弱っていたエミリィの母は──あっという間に廃人同然となり、借金地獄。

 その果てに、少しだけ成長していたエミリィも、借金取りたちに体で稼ぐように強制されるが、その前に借金のかたに家財を奪われてしまい。最終的に住むところも失った二人は、……それからほどなくして母が貧困の果てに死に、──エミリィは人買いに引き取られたということ。


 手垢まみれの……父親の仕事道具だけは一銭にもならないのか、──それとも人買いにも情があったのか……。エミリィの持ち物として今まで持ってこれたらしい。


 点々と奴隷身分を行き交いしているうちに、両親から引き継いだ生まれ持った才能と、父親から冗談交じりに仕込まれた技術で、エミリィはシーフとして才能が開花した。 おかげで奴隷としてはソコソコ使える存在・・・・・・・・・として(それでも安い)売られて、気付けばベンのところでこき使われていたという事らしい。


 なんだかんだ言って……ベンのところには、今までの奴隷扱いのなかでは、かなり長い帰還過ごしているらしい。

 エミリィからすれば、比較的自由の多いベンのところはそれほど悪くないという。もちろん苛酷なことには変わりはないが……。


(ベンのところがマシだなんて……一体どれほど酷いんだ? 他の奴隷の扱いと言うのは……)

 

 ビィトからして、ベンに奴隷をするということはキツく辛いものであったが──これでマシだという。

 多数の奴隷を抱えていたころのベンのところは仕事の分担もできたので、遥かに楽だったらしい。

 だが、その日々の中でベンの奴隷が全滅し、エミリィただ一人になっていよいよ負担が集中し限界が見え始めていた。

 そんなころ、犯罪の片棒を担がされるところで───ビィトに出会ったのだとか……。

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