第31話「なんか見つかりました」

 ───逃げろ!!



 

 誰の声か知らない。全員かもしれない。


 次に瞬間には、弾き飛ばされたかのように隠れ場所を飛び出た。

 一応は腐っても冒険者。一人で逃げるのが得策ではないと知っているのだろう。自然と単縦陣を組み、走りながら位置関係を整えていく。


 行く先など分からない。取りあえずはベンが自分を護れ! と命令するので奴隷である二人はベンを先頭に走らせつつ、殿しんがりをビィトが──その間にエミリィが立つ。


 幸いにもベンの足が一番遅いので置いていかれる心配はないが、その足の速度に全員が合わせなければならない。


「ベン! 道は罠がある───とにかく最奥へむかったほうがいい!」

 ここは盆地が故に、全方向からゴブリンに攻められる。それよりは奥を目指して地形を盾にした方がまだ戦える。


「うるっせぇ! 指図すんな奴隷ぃぃ!」

 くそ、こんなときまで───


「エミリィ! 横からくる敵にだけ気を付けて! ……後は俺がやる!」


 ギャアギャアと追いすがるゴブリン達。


 奴らの住処を突っ切っているのだ、後ろからだけでなく前はもとより、横からも次々に沸き出してくる。


 正面からゴブリンが来るたびに、ベンがかわして闇雲に方向転換するものだから、パーティは迷走状態だ。


 エミリィはナイフを口に咥えて両手を自由にすると、スリングショットを構えていた。


「よほはまはへて(よこはまかせて)!」

 モゴモゴと器用に話して見せる。

 それに親指を立てて了解の合図。


「くらえ!」


 走りながらも一度体制を無理やりひねって振り返ると、うしろ向きに走り、両手に魔法を灯す。


 驚くことにビィトは走りながらでも、詠唱無しで魔法を使える。

 しかも片手ずつ別の魔法を、だ!



 ……下級魔法ではあるけどね。



 とはいえ、器用なことに変わりはない。

 それこそが器用貧乏と言われるゆえんなのだが、…ビィト十八番おはこの両手魔法。


 下級魔法のみ!

 だけど、行使速度と連射には自信がある!


 大魔法使いみたいに広域を殲滅する様な魔法は使えないけど、牽制くらいなら───


「炎よ! 氷よ!」


 「豹の槍パンターランツァ」にいた時は補助に回ってばかりだったので、戦闘経験は乏しいものの、序盤での消耗を避けるためにダンジョンの初日なんかはビィトも戦闘の機会はあった。

 ……ジェイクたちに助けられてばかりだったけど、


「今は俺がやるしかない!」


 ドドン、ドドドドンと、右手に火球を左手に氷塊を生み出すと交互に射出!

 発射するたびに新たに生み出し、ベンたちと距離が開き過ぎない程度までは撃ちまくった。


「ビィト! 遅れるなっ」


 器用貧乏と呼んでいる暇もないのか、ベンが叫ぶ。


「わかってる!」

 身体強化も必要か……


 ダンジョン内では、普段から使用している全身を覆う身体強化魔法を戦闘用に切り替える。

 薄く全体を覆う下級の身体強化では効果が薄いので、全身ではなく局所に集中させるのだ。


 それもお得意の同時行使でやる。


 その間にも、ドカンドカンと下級魔法を連発。

 意外にも、ゴブリンは魔法耐性が弱いのか火球で燃えだし、氷塊で凍り付いている。


「時間っ、稼ぎならっ、なんとかっ、なるっ!」


 下級の身体強化を足に集中! そして内臓……肺だ!

 淡い光が全身から強化集中箇所へ移動すると、途端に足が軽くなったように感じる。


 そして、走りながらの魔法は流石に息が切れるが、肺を強化したとたんそれも収まる。


 その間も手を休めずに連射連射連射!

 両手で連打連打連打!


 これにはさすがのゴブリン連中も連続魔法には驚いたのか、追撃が鈍る。


 よし!


「足止めはできたっ! ベン! 突っ切ろう」


 チィと忌々しそうにしているもベンはビィトのいうとおり盆地を突っ切る。

 そして、そのまま最奥目掛けて走り抜けた───


 盆地からまた丘陵地帯に戻ると、盆地にいたゴブリンは途中であきらめたらしく、ある一定の所でギャイギャイと叫ぶのみで追撃してこなくなった。


「ゼェゼェ…」

「ハァハァ」


 ベンとエミリィが肩で息をしている。


「まいたみたいだな……」ビィトも額に浮いた汗を拭い、元来た道を警戒する。


「お、おめぇ……大した魔法を使うじゃないか!?」


 ベンは突然大声を上げると、ビィトをバシバシと叩く、

「器用貧乏で役立たずだって聞いてたけど……なるほど元Sランクパーティ所属か…」


 うん?


「いい買い物だったぜ」

 イヒヒヒと、実に楽し気に笑う。


「ただの火球と氷塊だよ…魔法耐性が低かったから偉く慌ててやがったけど、これなら魔法使いがしっかりしたパーティなら嘆きの谷の再踏破は簡単かもな」


 俺では無理だけど、と付け加える。


「あぁん? 何言ってんだおめぇ…」

 心底分からないと言った風情でベンは首を振りつつも、それ以上は特に言及することは無かった。


「ともかく、ゴブリンの野郎どもは諦めたみたいだしな。さっさと先に行くぞ」


 汗だくの割に元気なベンは今度は先頭に立って歩き出す。しかし、よく見れば足が震えているようだ。いくらAランクの冒険者のベンとは言え、クリムゾンゴブリンの群れは恐ろしかったらしい。

 それはエミリィも同じで、顔面蒼白だ。


「大丈夫?」

「は、はい」


 MAPを見れば『嘆きの谷』の第一関門を突破したに過ぎない。








 まだまだ先は長い……


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