第29話「なんか潜伏しました」
水中のモンスターはしっかりと準備して戦うものだ。
「
ビィトなら言わずもがな。
「だから、俺が前に行くんだよ! お前らは体を張って護りやがれ!」
勝手なことを……! 見ればでっぷりとした腹をエミリィの頭の上に押し付け、ベンも道の先を窺っている。
「うお! すげぇ数だ……!」
チロチロと火が焚かれているので多数の生物───ゴブリンの影法師が谷の壁を踊っていた。
焼かれている肉の生臭~い油の臭いがここまで漂っている。
「……ど、どうするんですか?」
エミリィは不安そうにベンを見上げる。
少女とはいえ、エミリィとて女性。
彼女にとってもゴブリンは嫌悪の対象だ。囚われたらどうなるかなんて考えたくもないだろう。
それは男も同じだが…
「メシに夢中だ。今ならこのまま川沿いに抜けられる」
「本気か? 寝静まるのを待った方がいいと思う───」
「テメェは黙ってろ!」
シー、シー! とエミリィが口に手を当てて沈黙を促す。
というか、ヤバイ!
複数の焚火を囲んで滅茶苦茶大勢のゴブリンが車座になっている。
一部では酒のようなものを飲んでいるのか、フラフラの足取りで訳の分からない言葉でぎーぎーと甲高く叫んでいる奴もいた。
そして、
そのうちの、ビィト達が潜伏している場所の程近くにいた一匹が何気なく振り返った。
デコボコと不規則に映える角。焦点の合わない目に乱杭歯──と、どこにでもいるゴブリン。
だが、ここの奴らは、体の大きさが普通のゴブリンより一回り程大きく──子供のような大きさが標準のゴブリンとしてはかなり大柄だ。
そしてなにより体表が赤い……
クリムゾンゴブリンだ───
普通のゴブリンの進化系で、一般にはダンジョンにのみ生息しているという。
その強さといえば、ダンジョンの外であるフィールドで遭遇するゴブリンの比ではないもの。
比較するならば、フィールドに出現するオーガと遜色ない強さであるという……
そんな危険な奴がウジャウジャいるとか……さすがは世界最大のダンジョン、地獄の釜といったところ。
騒がしいベンの声を聞きつけたのか、
勘のいい奴がジロジロと疑わし気にこちらを見ているが、その時にはベンもエミリィも息を殺して静かにしている。
さすがにベンも今ばかりは顔面蒼白で汗だくだ。
……もちろんビィトも───
ヒョイ…と視線を元に戻すゴブリン。
途端にふー……と息を吐き出す面々は胸を撫でおろす。
「見ただろ……バレずに抜けるなんて無理だ!」
と小声で話す。しかし、ベンは強硬に自論を曲げない。と言うより、いつもの奴だ。奴隷に意見されるのが気に食わない、と───
よくこれで今まで生き残れたな…奴隷を使い潰すわけだ。
「俺の言う事を聞きやがれ!」
「静かにしてください! お願いですから!」
小声で
夜があるのかどうかは別だが……
ダンジョン生物であっても生き物である以上睡眠はとるだろう。
さっき見たときには眠りこけている奴はいないようなので、交代制で寝ているというわけでもなさそうだ。まぁここは奴らの巣だ、警戒する物などないのだろう。
とにかく寝静まるのを待とう。
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