第10話「なんか敬語を使いました」


「ぶは! くっせー…」


 今日一番の仕事は便所桶の交換だった。

 街が起き出す中、そこかしこの宿やら大きな家からビィトと同じように奴隷が桶を担いで出てくる。

 みんな一様に桶を担いでいる。


「知らなかったな…朝一番にうん〇の処理してたなんて」


 鼻をつまみたいが、両手に桶を抱えた状態ではそれもできない。

 えっちらおっちら運びつつ、宿の共同ため置き場に捨てに行く。生ごみなんかも一緒に廃られており物凄い悪臭が漂っていた。


 その近くでは囲いにいる大型ブタのモンスターがブヒブヒ言いながら、その悪臭漂うものを貪り食っている。


「これを頼むよ」

 豚に話しかけつつ、エミリィの朝いちばんやら、

 ベンのものがたっぷりと入ったそれをぶちまけていく。


「あー…もう…臭いが染みつきそうだ」

 不平不満を零してもどうにもならないが、ローブの下に着ていた一張羅いっちょうらのシャツがドロドロだ。


 洗濯をしたいが、奴隷が主人の服より先に洗うなんて許されない。


 実際、部屋に戻る前にエミリィから「お願い!」って感じで、服の洗濯を頼まれた。


 以前は、もう少し奴隷の数も多かったので仕事も分担できたのだが、先日エミリィを残して全滅して。

 以来、雑用は全てエミリィが熟していたそうだ。

 当然全部できるはずもなく、徐々に溜まっていく洗い物やらつくろい物などの数々。


 そこにベンの指示でスリの仕事なんかもさせられていたのだから、時間など早々あろうはずもない。


 とは言えベンが仕事を減らしてくれるはずもなく、気付けばエミリィはボロボロになっていたというわけ。

 前はもう少し身ぎれいだったらしい。


「はー……」


 他の奴隷使い達の連れている奴隷と一緒になって宿の隅にある洗濯場でジャブジャブと洗いつつ、こっそりと自分の服も付け荒いしておく。ついでに、エミリィの服も出させた。


 かわりに、自分の旅荷物の中から大き目のタオルを貸し出して着させている。

 エミリィが小柄なお陰で、なんとか際どい所は隠せているが色々怪しい姿だ。


 ビィトが洗い物をする近くで、エミリィも水場で仕事中。

 ベンの装備の手入れに、冒険で使う道具類の清掃だ。

 力仕事の洗濯に、細かい作業の多い小物の清掃。


 ちょうどビィトとエミリィで分担してうまくいっている。


 考えてみればわかること。

 小さな体のエミリィでは、服の洗濯も一苦労だったのだろう。


 身体強化を使いつつ洗濯すれば、ビィトにはたいしたことがない作業だった。

 適材適所ってやつだ。元のパーティでもさんざんやっていたので手慣れている。


「おわりっと!」

「え? もう終わったんですか!?」


 目を丸くして驚くエミリィ。信じられないと言った目だが、うずたかく積みあがった洗濯ものを見れば納得顔。


「これ、干してくるな。次の仕事があったら教えて」

「うん!」


 延々と続くかと思っていた仕事にエミリィは疲れ切っていたようだが、ビィトの仕事っぷりに明るい笑顔だ。

 その笑顔に機嫌をよくしたビィトは、空きっ腹にも拘らず鼻歌交じりにテキパキと洗濯物を干していった。

 ……地味に早い。


「へっ、機嫌良さそうだな、えぇー器用貧乏?」

 フンフン~♪ と謳いつつ物干を終えようとしているビィトにベンの奴が無遠慮に話しかけてきた。


「ご主人様が仕事探して右往左往してるのにガキと乳繰りあって結構な身分だな」

 乳繰りあってないっつの!


「何か用?」


 プイスとそっぽを向き、物干再開。


「このぼけ! 用がなくても奴隷は唯々諾々いいだくだくという事聞いてりゃいいんだよっ」

 ほれ…と言ってベンがビィトに紙を押し付けてくる。


「雑用が済んだら、それやってこい」

「……え?」 


 ベンから渡された紙は冒険者ギルドのクエストらしい。


「『ラージアントの駆除』って……」

 確か冒険者ギルドの出す定期クエストだ。Cランク以上を推奨する。中堅どころのクエスト。


「ガキ連れて行ってこい。俺は別の依頼を探してくる」

 それだけ言うと踵を返そうとする。


「待ってくれよ! これ依頼の受付終わって無い物だろ? 俺の冒険者ランクは───」

 仮免許だから受けられない。そう言おうとすると、ベンが振り返る。


 その顔は面白うそうなものを見る目で、

「心配すんな。あのガキは、あれでCランクだぜ」

 へへへ、お前より上だよ。と付け加えるのも忘れない。

「とりあえず、クエスト遂行中は呪印の制限を緩くしておいてやる。……逃げようとすんなよ?」


 そう言ってさっさと街に繰り出していった。


「逃げるなったって……」

 どうせ、呪印は消せないんだ。どこにいけるっていうんだよ……




「それにしても───」

 ……


「お兄ちゃん?」

 清掃を終わらせたらしいエミリィが駆け寄ってくる。






「───Cランクなんですね。エミリィさん……」

 なんとなく敬語を使ってしまったビィトであった。

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