第3話「なんかお金をスられました」

 イテてて…………


 み、鳩尾みぞおちに───!


 ぶつかってきたのは、ちょっと信じられないくらいの美少女。

 まだまだ子供だということを差し置いても、あと2、3年もすれば驚くほどの美貌びぼうに化けるだろう。そう思わせるものだった。


 ここらでは珍しい赤髪に、場違いなくらい美しい碧眼。

 それがドアップで近くにあるものだから、妙にドギマギしてしまった。


「いよぉ……『器用貧乏』じゃねぇか!?」

 ヒョイっと少女を猫でもつまむように、軽々と担ぎ上げたのはガタイのいい禿おやじ。

 その顔をビィトは知らないが、向こうはこっちをどこかで見知っていたのだろう。


 摘みあげられた少女は、恐怖なのか体をプルプルと震わせている。

 離れてしまうと……彼女の全身が───その姿がよく見えた。



 一言で言えばみすぼらしい。



 ボロボロの衣服に、泥汚れ。手や足にはかせの跡が見て取れる。

 フワッと漂うのは垢じみた匂いだ。


 近くで見れば美少女なのに、離れると……

 なるほど、これは小汚い子猫のようだ。


「何か用ですか」

 痛む腰をさすりつつ、少女を担ぎつつニヤニヤと見ている禿げに、嫌悪もあらわに見返す。


「あ゛? なんだその目は? ただの無職が偉そうだな、おい」

 急にすごんで絡んでくるやからに、内心しまったと思った。


 それに、周囲の冒険者がヒソヒソと話をしてるのが耳をつく。


 「おい、奴隷使いスレイヴマスターのベンだぜ」「万年B級の?」「最近じゃ、奴隷を使いつぶして、なんとかA級になれそうなんだとか……」「おいおい、この前10人ほどの戦闘奴隷を連れてなかったか?」「全滅だよ……」

 と、何やら物騒なささやきが……


「きいてんのがゴルァ!」

「すみません……」


 ビィトは、とくに反論もせずに素直に謝る。

 別に謝る理由もないのだが、身内でもない人間と無為にトラブルを起こす気もなかった。


 無意味だし……なにより、没落貴族で穀潰ごくつぶしであったビィトには、この手の処世術はいつものことだ。


「ち……覇気がねぇ野郎だ! …行くぞ!」


 ベンは少女を乱暴に地面に下ろすと、グイグイと強引に手を引いて、引き摺るようにして連れていく。

 その途中で、何が気に障ったのか、乱暴に少女を蹴り飛ばしている。


 ボールのように舞った彼女が別の冒険者に激突している───…なるほど、さっきの衝撃はあれか。


 哀れに感じながらも、涙目の少女の背を見送るしかできない。

 「奴隷使いスレイヴマスター」と言われるくらいだ。冒険者としての戦いは奴隷を使っての戦闘なのだろう。


 ……なんで少女を? という気もしたが───あ?


 別の冒険者にぶつかっていた少女が、目にもとまらぬ速さで、その冒険者のポケットから財布を抜き取っているのが見えた。


「え?」


 なにか、既視感デジャブを覚える姿に、ビィトは思わず懐を探るが───


「な、ない!!」


 あるはずの財布がない。

 ……られた!!


「「「ギャハハハハハハハハハ!!」」」

 その様子に、周囲の冒険者が笑い転げている。

 だから気付いた。


 ……あの少女はベンの仲間、グルなんだと───


「ひーひっひっひ……呆れた元Sランクさんだね~」

「あんな初歩の手にひっかかるなんてな!」

「「な、ない!」だってよ~! ぎゃははは!」


 ビィトは知らなかったが、これが「奴隷使いスレイヴマスター」の常套手段じょうとうしゅだんらしい。


 ……ビィトは、慌てて追いかけようとしたが抜け目のないベンは既に姿を眩ました後だった。


 今から追いついて問い詰めたところで、財布は捨てられ証拠はないだろう。


 お金にサインなど入れているわけもないのだから、

 知らぬ存ぜぬを貫かれればどうにもできない。騙されたものが悪いというのが冒険者の常識……そして、この町の常識だ。





 ビィトは有り金すら、すべて失ってしまった。


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