第15話:王族との一日
王城内、「王宮」。
ここは王族のみが利用するエリアであり、もし王族以外が入るとすれば特定の部屋のみで、それも特別な許可を得た者だけである。
例えば、教師。
貴族階級は勿論のこと、王族ともなれば専門中の専門、そしてマンツーマンの授業となるので、選ばれるのは特に信頼の置かれる者だけでが教師になることが出来る。
大抵は、王族との姻戚関係が家系内に存在する家や、上級貴族でも王都在住の法衣貴族の子弟が選ばれる。
さて、第一王子であるヘルベルトには本日歴史の授業が取り決められていた。
教鞭を執るのは、内務閥の中でも特に国史編纂に携わる老齢の貴族だ。
「さて、ヘルベルト殿下。我がイシュタリア王国の成り立ちの復習ですぞ——」
という言葉から始まる。
「(俺、この授業嫌いなんだよ……)」
「(何故です?)」
「(眠くなる……)」
ヘルベルトは基本、座学が苦手のようだ。
特にこの貴族の話が苦手らしい。
「本日は、王子殿下、王女殿下のみならずライプニッツ公子殿下もおられますからな。この爺、張り切らせていただきますぞ!」
なんか講師のお爺さん貴族がやる気を出してしまった。
「まず、このイシュタリアが『騎士王』と『魔導師』によって建国された、これはお話しした筈。では、何故、そしてどこから彼らはやってきたのでしょう? 如何ですかな?」
どうも、誰かの答えを待っているらしい。
ここは答えておくか――
と思い、手を上げようとしたところ。
「はいですの!」
横にいるエリーナが手を挙げた。
「ふむ、ではエリーナリウス王女殿下」
「彼らは旧世界の滅亡の生き残りであると言われていますわ。そして、諸説ありますが、その旧世界の崩壊の原因である『魔王』と戦ったと……」
「その通りですな。さて……このように魔王と戦い——」
あ、これはいかん。
なんでヘルベルトが嫌がるのか分かってきた。
しかし、しばらくこれは続くだろうな……
そして、1時間後。
「——ということなのです。お分かりになりましたかな」
「……ああ」
「……そうね」
「……ええ」
「……(放心)……」
「……十分すぎるほどのご説明、ありがとうございます」
ヘルベルトもルナーリアも、エリーナでさえ返事がワンテンポ遅れる。
アレクに至っては放心状態である。この子はまだ文字からだろうな……
「いえ。この老骨も、いつまでも生きられるわけではありませんからな。このようにして次世代の若者たちに、歴史を語り継ぐのが使命なのです! では!」
そう言って、部屋から出て行くご老人。
そして、何故誰しもこの人の授業が苦手なのに、受け続けるのかが分かった。
とにかく話の区切りがあまりない。
質問も少ない。
難しい用語も多い。
あまり話のテンポも変わらない。
でも、有り余る熱意だけは年々増していき、自分の年齢による限界が近づいているのでますます内容を詰め込んでいる。
そのある意味一途さというか、必死さ故誰も断らないのだろう。
「……お疲れ様でした、ベルト兄上」
「……本当にな」
「……これ、きついわね」
「……良い経験でしたわ」
「……きしおー……まおー……がおー……」
* * *
・王宮内、「白鳥の間」
俺たちは、王宮内のとある広間に来ていた。
名を「白鳥の間」と呼び、常駐する楽師団による音楽会や、ダンスの練習に主に利用されるところである。
「さ、次はワタシの番ね! ダンスレッスンよ!」
「まだこっちの方が身体動かすから楽だな」
「うーん、ちょっと身体がほぐれてませんの」
「ダンスかぁ……」
三者……いや、四者四様と言うべきだろうか。
ルナーリアはダンスが得意のようだし、ヘルベルトは身体を動かすのが好き。
エリーナは恐らく問題なしだが、少しストレッチをしている。
アレクは……この子、本当に不器用なのだろうな。大丈夫か? 不安そうである。
しばらくすると、講師である貴婦人が入ってきた。
「あらあらあら、本日は多いですわねぇ! ヘルベルト殿下にアレクサンド殿下まで。そしてこちらは……あらららら? もしかして、ライプニッツ家の!? これは喜ばしいですわねぇ! お目にかかれて嬉しいですわねぇ!」
ものすごく速いテンポで喋られたので、一瞬理解するのにタイムラグが。
そして、タイムラグの原因は喋りの速さじゃない。姿だ。
背が高く、独特の縦ロールにされた薄紫色の髪。
と言うより、もはやドレッドにすら見える。
そして非常に珍しい、極彩色の羽根飾り。
金と、宝石の輝かしいモノクル。
紫色のドレス。
奇抜というか、趣味が悪いというか、でもそれが非常によく似合っているというか。
多分この格好はこの人しか出来ないのではないか、という雰囲気。
「よろしくお願いします、クラリッサ先生」
「ご無沙汰しておりますわ、ムザート伯爵夫人」
呆気にとられ、何も言えない男性陣に代わり、女性陣二人が挨拶する。
そして、この二人の口から出た言葉からすると……
「もしかして……クラリッサ・フォン・ムザート伯爵夫人ですか?」
「ええ、ええ! 仰るとおり! 私こそはクラリッサ・フォン・ムザートですわ! そしてやはり! セルティック公女殿下の弟君の!」
「ええ、レオンハルト・フォン・ライプニッツです。以後、お見知りおきを」
やはりそうだ。
王都で最も有名で、最も腕の良いダンス講師。
以前、ディティユ男爵夫人の話にも出て来ていた方だ。
丁寧に、全身に意識を巡らせて挨拶をする。
爵位の関係上、下手に深く礼を取ることは出来ないが、相手は当主夫人でもあるので、適度な挨拶にまとめる。
だが、美しく見えるように、指先の動きまでもしっかり意識する。
「流石はレオンハルト殿下! 素晴らしい挨拶ですわねぇ! ではではでは、早速パートナーを分けましょうね。今回はヘルベルト殿下はルナーリア殿下と、レオンハルト殿下はエリーナ殿下と、まず踊ってくださいな!」
あれ、アレクはどうする?
「アレクはどうするのです、先生?」
「アレクサンド殿下は、まずステップの練習からですわ! でもまずは、二組のダンスを見て学ぶのです!」
「僕はダンスはそこまで……」
あまり期待されても困るので、そこまで得意じゃないですよ感を出してみる。
「何を仰っていますのかしら! オーレリアがあれだけ褒めていたのです、そんなはずありませんわ!」
……ちょっと「オーレリア」の発音がやたらと巻き舌だったな。
そんなくだらないことを思いつつ、退路がないのが分かったので大人しくエリーナと組む。
勿論エリーナと組むのは嬉しいのだが。当然。
「まずはヘルベルト殿下! 始めますわよ!」
宮廷楽師団の演奏と共に、二人が踊る。
ヘルベルトは年齢にしては身長があり、鍛えているからか背筋が通っており綺麗な踊りになる。
ルナーリアは流石の一言につき、軽々とステップを踏みながらも、指先まで全身を意識しているのが分かる。
1曲踊り終わると、ムザート伯爵夫人が二人を褒めた。
「すっばらしいですわ! 流石は殿下たちですわね! さあさあさあ、次はレオンハルト殿下ですわよ!」
そんな期待する目をされても……
「じゃあ……エリーナリウス王女殿下、1曲お相手願えますか?」
「ええ、お願いしますの」
一般的なワルツに合わせてステップを踏み、踊る。
社交ダンスではないので、あまり大仰な動作は出来ないが、だからこそ全身を意識しつつ踊る。
指の先まで、つま先の角度まで、神経を張り巡らせるかの如く。
でも、お互いの目を見ながら、逸らさずに。
緩やかに、でも一本調子にならないように。
しかし、姉であるセルティと踊った時には感じなかったが、美少女と共に踊るというのはドキドキするな。
勿論感情なんておくびにも出せないが、エリーナとのダンスはほっとしつつもドキドキする。
そんな事を考えていたら、エリーナが小さな声で話しかけてきた。
「ふふっ、なんかドキドキしますの。普通、お兄様相手なのですが、とっても暖かいですわ……」
「……本当だね。僕も同じ気持ちだよ、エリーナ」
一瞬ドキリとして息を呑んでしまったが、誤魔化しつつ話す。
でも、どうやらバレていたらしく、わざとエリーナが顔を寄せてきた感じが……
「オホン」
ふとした音に意識を戻される。
どうも既に曲が終わっていたらしい。見かねたムザート伯爵夫人が咳払いをしたようだ。
「素晴らしいダンスでしたわよ、お二方。でも、あまり二人だけの空間を作っては……」
「す、すみません!」
「ご、ごめんなさいですの!」
慌てて二人で謝る。
お互い気付いていなかったというのが、失敗だったな。
「いえ……あまり下手にそんな事をされていては、陛下に睨まれてしまいますわ、公子殿下」
「確かに……ご忠告ありがとうございます」
確かにあまりエリーナと近付きすぎていると、陛下が睨んできそうだ。
それに、陛下にも政略的にどことの繋がりを重視するかなど、お考えがあるだろうからな。
「(親父は怒ると思うか?)」
「(うーん、不機嫌にはなりそうね。でもお母様たちなら……それにレオンが相手だし、良いんじゃない?)」
「うわぁ……すごいねぇ」
ヘルベルトとルナーリアがこそこそとなにか話し合っている。
そして、やはり約一名はズレている気がする。
「さあ、アレクはどうする?」
「え、ぼく!?」
ヘルベルトたちはスルーして、アレクに話を振る。
現状アレクはパートナーがいない。
どちらと踊るつもりだろう?
「ぼくは……まだ、あまりやってないんだ」
「そうなのか?」
「うん……」
おや、アレクはこれまでダンスの練習はあまりしていないらしい。
「さてさてさて、ルナーリア殿下はいつものようにレッスンですわ。今日は新しいステップと動きですわよ!」
「はい、クラリッサ先生!」
隣ではルナーリアへの本格授業が始まっていた。
そうなると俺たちは何をするか……
「そうだアレク。どこまで出来るか、見せてごらん」
「え? ……でも」
「誰も最初から得意なわけじゃない。
「ええ、勿論ですわ。アレク、踊りましょう?」
流石はエリーナ。俺がして欲しいことをすぐに読んでくれた。
今はアレクの練習に付き合うことにしよう。
「ベルト兄上は、動きを見て、指摘したいポイントを考えてください」
「おうよ! そういえばレオン、さっき『俺』って言ってたろ? その方がいいと思うぜ!」
「え!?」
しまった。
言葉遣いには気を付けていたのに。
「いや、責めてるんじゃないぜ? お前結構俺たちにも敬語だろ? 唯一エリーナ……ああ、アレクもか、二人にはタメ口だが、それでも少し固いからな? 別に気にしなくていいんだぜ」
「しかし殿下、公家としては……」
「いや……俺たちは基本的に同格だぜ? どっちも殿下だしな」
「……マジで?」
「おう」
まさかの同格宣言。
いくら王族といえども……と思ったが、そういうものなのだろうか?
ある意味敵わないな。
こういう人が、王になる器なのだろう。
以前——
騒がしく、全く威厳を見せない。
でも、しかるべき時は王になる。
そんな懐かしさを覚えながら、アレクの練習を見守った。
* * *
「ど、どうだった……?」
「うん、頑張ったな。ちょっと緊張していたみたいだが、足運びも十分、テンポも悪くない」
アレクが踊り終わったので、評価する。
アレクは自分で言うほど苦手には見えない。
ちょっとぎこちないが、それでも五歳が踊るには十分すぎるほど上手だった。
「まあ、後は音楽に上手に乗ることだな。今回音楽はないが、リズムが少しずれていた。そこの辺りはエリーナがカバーしていたが、このままだとエリーナ以外で踊ると上手くいかないかもな」
「うう……そうなんだ」
可哀想だが、今のうちに練習すれば十歳のお披露目で恥を掻かなくて済むからな!
と言っても、現在楽師団は姉のために演奏をしている。
アレクの練習のために音楽を付けたいが、今は難しいのだ。
あとは、誰かが演奏するしかない。
しかし俺は前世でも、演奏スキルなんてほぼなかったし、今でこそ少しは習っているものの、楽器はまだそこまで出来ていないのだ。
そしてなんでもできるとかいう、そんなチート能力は無い。
簡単にインストールとかできたら良いのになあ……
……インストールねぇ。
まさかとは思いながらも、念のためヘルプを見てみる。
(【ヘルプ:インストーラ】)
=========================================
$ユーザ 【ヘルプ:インストーラ】
《お探しの条件に以下の内容がヒットしました》
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
[1]スキルパッケージインストーラを使用する
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
[2]インストーラ対象を指定する
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
=========================================
なんか出てきたよ、出てきちゃったよ。
明らかに[1]だよな。
大体、スキルパッケージってなによ。
まあいいや。
(【セレクト:1】)
=========================================
$ユーザ 【セレクト:1】
・スキルパッケージインストーラを使用する
スキルパッケージを自身にインストールするには、
【インストール-スキル:[パッケージ名]】で可能。
パッケージ内容により、管理者権限を
必要とするものもある。
=========================================
お、おう。
またなんとも簡潔で無駄のないご返答でしょう。
そして管理者権限って。
それよりもスキルパッケージについて調べるか。
どこかからダウンロードでもするのだろうか?
(【ヘルプ:スキルパッケージ】)
=========================================
$ユーザ 【ヘルプ:スキルパッケージ】
・スキルパッケージ
様々な端末の持つスキルのパッケージデータ。
各端末に接続することで、スキルパッケージを
手に入れることが可能。
但し、各端末のカーネルエリアのスキルについては
自端末へのインストールは不可。
=========================================
うーん、なんでこう……すんなり説明されていないのだろうな。
「端末」って……多分人間のことだと思う。
そしてカーネルエリアって、普通触っちゃだめだろう。
しかし、このスキルがあると、ほかの人のスキルを自分が使えるようにできるということだろうか。
なんというか、これ本気でチートだと思う。
逆にここまでチートだと、使いたいと思えなくなる不思議。
でもな……
「どうしたんですの、レオン?」
「エリーナ……」
考え込んでいるように見えていたのだろう。
エリーナが少し心配そうにこちらを見ている。
「あ、あの……やっぱりぼくは……」
ちょっとアレクが涙目になっている。
うーん、流石にそんなに不安にさせるわけにはいかない。
「エリーナは何か楽器は弾ける?」
「そうですわね……
「お、でもそれはすごいな」
クラヴィコード。
鍵盤楽器の一種であり、ピアノの祖先ともいうべき楽器である。
構造としてはピアノに似ているものの、まだ簡易的で、音量があまり出ない。
だが、この場所でアレクの練習のために弾くにはもってこいだろう。
しかし当然俺は弾けないわけで。
「でも、アレクと練習するには、私が相手をする必要がありますのよ?」
そうなんだよな……
「ベルト兄は?」
「俺は……弾けなくはないが、流石にワルツなんて弾いたことねぇよ」
うーん。こうなったら……
「エリーナ、ちょっと協力してくれないか?」
「あら、どうしたんですの?」
「実は、俺の魔法を使えば、俺も弾けるようになる……かもしれない」
「本当ですの!?」
「でも、相手側への影響がわからないんだ」
もう少し先にヘルプで見ておくべきだったかもしれないが、とにかくやってみようと思う。
この魔法を使う際には「やってみる」ことばかりだ。
恐らく危険性はないと思う。だが、それでもエリーナへの影響が絶対にないとは言い切れない。
それに、エリーナが嫌がるかもしれない。
「構いませんわ!」
「え? いいの?」
「だって、レオンの魔法ですもの。
「それは勿論だ。ただ、エリーナと……なんというか、魔力で繋がる状態になるんだ。それでもいいかい?」
「それこそ、何の問題もありませんわ」
エリーナの青いサファイアのような瞳からは、唯々信頼を感じる。
……これは失敗できないな。
「ちょっと手を出してくれるかい?」
「こうですか?」
「ああ。さあ、繋げるぞ――【コネクト】」
=========================================
$ユーザ 【コネクト】
Connecting……
"エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア"
=========================================
そう言って魔法を発動させる。
【コネクト】はその名の通り、俺という"端末"から、エリーナという"端末"に接続するための段階。
手に触れて発動してしばらくすると、お互いの手が白く光る。
《"エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア" と接続しました》
「んっ……なんか、レオンと、手じゃないところで繋がっている感じがしますわ……これがレオンの魔力ですの?」
「うーん、そういうことなのかな……でも、確かに自分じゃなくて、別の何かを感じるな……これがエリーナと……」
ちょっと俺が発言すると危ない感じがしたので自主規制する。
いや、確かに五歳程度で何を言うかと言われそうだが。
「さて、次の段階だ――【チェンジディレクトリ:エリーナ】」
あれ、反応しないな。
どうしたらいいかな?
「【ポジション:カレント】」
=========================================
$ユーザ 【ポジション:カレント】
…… /王城/王宮/白鳥の間
=========================================
んー……
普通はこれで移動できていたと思うのだが……
本気でわからん。
と、ここでふと気づいた。
俺、自分とかエリーナの方じゃなくて、この部屋とか、場所しか見れていないな……
自分自身のスキルなど見たこともなかったから、これでは相手のスキルを見る方法がわからない。
うーん、どうしたものか。
エリーナとの接続は完了しているけれども、その上でエリーナのパッケージを閲覧するには……
「【ヘルプ:コネクト】」
=========================================
$ユーザ 【ヘルプ:コネクト】
・コネクト
他端末との接続を確立するコマンド。
接続後、【アクセス】にて内部閲覧可能。
=========================================
まだコマンドがあったか……
「【アクセス:"エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア"】」
さあ、どうだ!
=========================================
$ユーザ -> "エリーナリウス・......イシュタリア"
=========================================
お、これでいけるか?
しかし、接続相手の名前が長いと省略されるのか。
「【ファインド -すべて:スキルパッケージ】」
=========================================
$ユーザ -> "エリーナリウス・......イシュタリア"
【ファインド -すべて:スキルパッケージ】
《お探しの条件に以下の内容がヒットしました》
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
武術スキル ・短剣術 ・細剣術
楽器スキル ・クラヴィコード ・ヴァイオリン
礼儀作法
=========================================
よし、あった。
ヴァイオリンもあるな。
「【コピー:"クラヴィコード"】」
《スキル:"クラヴィコード"をコピーしました》
「【ペースト:ストレージ】」
《スキル:"クラヴィコード"をストレージにコピーしました》
ストレージにはスキルパッケージもペーストできるらしい。
後は自分にインストールするだけだ。
「【チェンジディレクトリ:ストレージ】【インストール -スキル:"クラヴィコード"】」
一瞬で発動させることは出来ないが、それでも有用な魔法だ。
特にアナウンスは流れないが、終わったのだろうか。
そんな事を考えていたら、
=========================================
$ユーザ 【インストール -スキル:"クラヴィコード"】
《スキル:"クラヴィコード" 展開中……》
《スキル:"クラヴィコード" インストール中……》
《スキル:"クラヴィコード" インストール完了》
=========================================
今終わったらしい。
「レオン? 大丈夫ですの?」
「ああ、大丈夫だ。……だれか、クラヴィコードを」
王族がいるところには必ず誰かしら付いている。
そのため、こちらが声を出して簡単に指示すると、すぐに動いてくれるのだ。
こういうところは、王族の有り難いところというか、王宮の凄いところだな。
すぐにクラヴィコードが準備されたので、簡単に弾いてみる。
もちろん前世で全くピアノに触れなかったわけではない。だが、やはりスキルの力だろうか、中々思った以上に指が回るのだ。
少し思い出しながら、某有名な新年のコンサートで演奏されることの多い曲を弾いてみる。
あれはワルツ曲の中でも緩やかに感じるので、ダンスしやすいのではないだろうか。
「よし、こちらの準備は問題ない。アレク、いいか?」
「う、うん。だいじょうぶ」
「エリーナ?」
「ええ」
エリーナが頷いたので、曲を弾き始める。
どうしてもピアノではないし、あれは本来オーケストラ曲だから音の厚みについては仕方ないが、練習する分には良いだろう。
リズムを意識しながら弾き続ける。
結局、正午頃までアレクの練習に付き合いながら、時にはルナーリアのパートナーをし、時間を過ごすことになった。
* * *
「さて! ここまでですわよ王女殿下。よく練習されました! 今度は——」
ムザート伯爵夫人のレッスンが終わり、アレクの練習も終える。
途中でアレクからヘルベルトに交代し、見学しつつ足運びを意識させたり、リズムの取り方や表情など、一通りアレクの練習をすることが出来た。
「——そして、レオンハルト殿下も、よくアレクサンド殿下を教えられましたわね。流石はセルティック公女殿下のパートナーだけありますわ!」
「ありがとうございます、ムザート夫人」
「そしてアレクサンド殿下。レオンハルト殿下は中々厳しかったでしょうが、そうやって辛い練習を超えてこそ、なんですのよ? 次回は殿下も参加することをお勧めしますわ!」
「は、はい! なんか、たのしくなりました!」
お? ダンスを楽しめたのであればよかった。
かなりスパルタだったと思うが、なんだかんだ付いてきた根性は素晴らしいと思う。
それに、特に運動神経が悪いわけではないので、本当に練習次第なのだろう。
「ではこれにて、私は失礼いたしますわ。ご機嫌よう」
「ご苦労様、またよろしくお願いします」
ムザート夫人を見送った俺たちは、白鳥の間を出て休憩する。
一旦、皆で王宮内の居室に戻ることにした。
「さて、これで午前中の予定はほぼ終わりかな?」
「ええ、そうですわね……少し休みましょうか?」
確かに少し疲れた。
少しお腹に何か入れておきたいな。
* * *
「皆様、お帰りなさいませ。紅茶と軽食を準備しておりますので、こちらへ」
居室に入ると、一人のメイドが出迎えてくれた。
年のころは、ミリィと同じくらいだろうか。
褐色の肌、ブロンドの髪に紫色の瞳。体形も年齢以上に女性らしい。
「ありがとうファティマ……さあ、お兄様もどうぞ、ファティマが準備してくれていますの」
「ああ、いただこう」
彼女の名前はファティマというらしい。
しかし時間を見計らって準備しているとは、できたメイドである。
「レオン、ここに座ってくださいな」
「ありがとう、エリーナ」
何故か俺はエリーナの横である。
「本日は、コールマン商会より最高級品のダージリンを仕入れてございます」
おや、銘柄というか、種類は聞き覚えのある名前だ。
まさかこの世界でもそう呼ぶとは……
そして軽食はサンドイッチと言うべきだろうか?
ボイルしたソーセージをスライスしたものに、塩漬けのキャベツや野菜が挟まっている。
何となく、ホットドッグを思い出した。
ソースは何というか、オニオン系のもので、甘味と独特の風味が美味しい。
皆で軽食を取りながら、午前中の話をする。
「しかしレオンは面白い魔法を使ってんな。結構いろいろできるんじゃないか?」
「そういうが、白属性だから使いづらい部分もあるんだ。それに詠唱より、手順を踏むのが意外と面倒だからな」
「ふーん、そういうものなのか」
俺の魔法についての話だったり。
「流石レオンだったわね。エリーナともタイミングぴったりだったし。アレクも上手になるわよ、きっと」
「あ、ありがとうルナねえさま」
「今のうちに練習しておけば問題ないさ、そう思わないかエリーナ?」
「ええ、もちろんですわ」
ダンスだったり。
紅茶を楽しみながら、会話に花を咲かせる。
お互い、あまり同年代と多く付き合うことがないため、いや、ほぼ皆無のため非常に楽しい時間を過ごすことになった。
「さて、午後からはどうするか……」
「そうですわね……
「……実践だがな」
エリーナは午後から魔法の訓練を一緒にしようと言ってきた。
なんというか、彼女はやはり俺に近いというか、早熟なためか学ぶ内容も独特だ。
しかし、これまでは母上としか訓練してこなかったし、それこそ普通の魔法の訓練を見たことがないので、見学させてもらうことにする。
「エリーナの番だし、午後からは魔法の訓練といこうか」
「おう! 俺の必殺技を見せてやるぜ!」
この王子は……
ヘルベルトはなんというか血の気が多いのではなかろうか。
「わたしも練習しなきゃいけないのよね……というかヘルベルト、そんなことしたらまた怒られるわよ?」
「げ……それは勘弁」
いったい何をしでかしたのだろうか。
とにかく、午後からの予定が決定したため、俺たちは王宮を出て、魔導師団の訓練所に移動を始めた。
=*= =*= =*=
王城内、「魔導師団本部」
この王城は、宮殿以外にも複数の建物を保有しており、騎士団——特に近衛騎士団の宿舎や訓練場はかなりの規模である。
だが、それ以外にも様々な建物があり、宮廷薬師のための建物や、錬金術師の研究棟、治療魔法の使い手が詰める治療棟など存在している。
そのうちの一つ。
それが、「魔導師団本部」である。
数多というわけではないが、魔法使いと呼ばれるものは存在する。
だが、その中でも優秀であり、国家に忠実な魔法使いたちを総括して「魔導士」と呼ぶ。
そこには、騎士団より少ないが、強力な戦力がおり、日々訓練と研究に携わっている。
その魔導士たちを統括し、指揮するのが「魔導師団本部」である。
そして当然、本部付のメンバーはエリート中のエリート。
特に、幹部クラスはその中でもレベルの高い魔導士である。
その本部の中で、黒いローブを纏った男性が、目の前に立つ騎士に対して口を開く。
「……あの方々が訓練を希望されていると?」
「ええ、そうです」
「……構いませんが……危険ではないでしょうか?」
この黒いローブを着た男性は、この魔導師団のトップ。魔導師団長であった。
名を、ロナルド・フォン・アーミティッジ。
爵位は名誉子爵という立場である。
彼は今、非常に悩んでいた。
この国の王族が、それも子供たちが、魔導師団の訓練施設で魔法の訓練をできないかと、騎士を通して頼んできたのだ。
頼んできた、といったが、元々平民で、魔法の実力で名誉爵位を得て貴族の仲間入りを果たしたロナルドにとっては命令に等しい、と感じていた。
それに、以前第一王子がやらかしたこともよく知っている。
なにせ、ロナルド自身が王子を焚き付けたようなものだったからだ。
結局、訓練施設が一部破壊されたため自分たちの訓練が滞ったということになった。
基本的に訓練施設は魔法障壁が存在し、ちょっとやそっとの魔法で破壊などできるはずもない。
それを、焚き付けたとはいえまだ若い……いや、幼い王子に一部とはいえ破壊されたのだ。
その時の驚きと、後始末による胃痛は今でも覚えている。
そのため、騎士に危険がないかどうか聞くしかなかった。
「そう心配はいらないと思いますが……一応障壁を強めていただければ助かります」
「ですよねぇ……」
溜息をつきながら、これからの予定の組み直しに頭を悩ませるしかなかった。
=*= =*= =*=
「さあ皆様、まもなく魔導師団本部です」
そう口を開いたのはエリーナの侍女であるファティマ。
ちなみに彼女は、ファティマ・アンデルスといい、侍女だけでなく護衛としての役割も担っているらしい。
聞いたところによるとエリーナより七つほど年上であるらしいので、ミリィと同い年ということだ。
にしては、成長著しいという感じである。
年齢以上の落ち着きにしても、能力にしても……色々と。
「ファティマがどうかしましたの?」
「ん? いや……うちのメイドと同い年にしては落ち着いていると思ってな」
ファティマを見ていたのがエリーナに気づかれた。
少しドキッとしてしまったのは内緒である。
その気持ちは見せないようにしながら無難に答えておく。
「あら、そうでしたの……てっきり『スタイルがいいな』とか思っていたのかと」
「……はは、まさか」
うん、女性は怖い。
子供だろうと侮れないよ、本当に。
「どうしたの、二人とも?」
『なんでもない(ですわ)』
ルナ―リアがこちらの話し声に気づいて尋ねてきた。
彼女は特に何も気づいていなかったようだ。
ちなみに言っていなかったが、現在馬車で移動中である。
特に王宮から遠いというわけではないが、子供で王族という立場上、別の建物へ行くには馬車を使うようにということらしい。
そうしないと、万が一の場合が困るからだそうだ。
……というものの、俺やエリーナが何も抵抗できないとは思えないのだが。
そんなことを考えていたら到着したようだ。
馬車から降り、念のため周囲を警戒しながらエリーナに手を差し伸べる。
「ありがとうございますわ」
「ああ」
そんなやり取りをしていると、ルナ―リア、ヘルベルト、アレクサンドの順で出てくる。
「アレク。基本的にヘルベルトが最後に出てくるようにするんだ。ベルト兄も、最後に出るように心がけてくれ」
「え? なんで?」「いや、別にいいだろ?」
この二人は……
「お兄様、そしてアレク。基本的に立場が上になればなるほど最後に出る必要があるんです。お兄様は第一王子、いずれは王太子なのですから、アレクが先に出なくては」
エリーナが二人に言い聞かせている。
「そんなこと言ってもよ……ならレオンも後だろうが」
「俺は第二公子だから、一番序列は下なんだよ。それに……」
そう。
俺は公家の第二子。王位継承権も彼らに比べれば下になる。
「それに……なんだよ?」
「こう見えて気配には敏感なんだ。そうなれば俺が先に出た方がいいだろう?」
「うーん……まあ、そうか……?」
ヘルベルトが微妙な顔をしているが、そういうものだと考えてほしい。
というか、この中で実力で並べれば俺、エリーナときて、しばらく後ろにヘルベルトだろう。
アレクに至ってはまだ戦力外と言っても間違っていないと思う。
「とにかく、気を付けるようにしてくれ。そう思うだろう、ファティマも」
「ええ、殿下の仰る通りかと」
ファティマに振ってみると、案の定同意を得られた。
「分かったよ、ファティマもそう言っているなら間違いないな」
そうヘルベルトが口を開いたため、この話はこれまでとなった。
そのまま、魔導師団本部に入る。
すると、すぐに一人の男性——黒いローブを着た男性がやってきた。
「ようこそいらっしゃいました、ヘルベルト殿下、ルナ―リア殿下、エリーナリウス殿下、アレクサンド殿下、そして……レオンハルト殿下」
「突然すまない。本日は魔法の訓練を皆で行おうと思ってな」
黒いローブの男性に向かって、ヘルベルトが声をかける。
普段の口調に比べ、威厳を持たせたような言い方だ。
……子供なので、微妙に迫力に欠けるが。
「は、そのようにお聞きしております。こちらへ」
黒いローブを着ているということは、かなりの上位者であることがわかる。
少なくとも【
魔導師団は、階級ごとにローブの色が分かれている。
それは入団時や、定期的な試験によって判別される能力、練度に応じて変化するのだ。
そして、その階級は絶対ではない。
場合によっては昇格、残留、降格と変わっていくのだ。
勿論、皆が一生懸命に努力するため、まず降格はないのだが。
ちなみに、青→赤→紫→黒の順で階級が上がる。
青は【
赤が【
紫になると【
そして、最上位の黒が【
そのため、目の前で先導している男性は、最上位クラスに属する存在だということがわかる。
……まあ、母であるヒルデは【
引退した場合、その時の最終階級を以後も名乗ることができるとのこと。
そう考えると、母の階級の高さと魔導士としての能力の高さがよくわかる。
……よく、そんな相手と戦っているよな。
そんなことを考えながら歩いていると、黒いローブの男性が口を開いた。
「さて、王家の皆様とはすでにお会いしたことがございますが、殿下はお初にお目にかかりますね……魔導師団長のロナルド・フォン・アーミティッジと申します。レオンハルト殿下のお噂はかねがね伺っております」
「ああ、初めましてロナルド殿。レオンハルト・フォン・ライプニッツです。……噂というのは初耳ですが」
いったいどこの誰が噂をしているのだろう。
人をなんだと思っているんだか……
そのまましばらく歩くと、目的地に到着する。
そう。魔導師団の訓練施設だ。
大体、特にこれといった噂なんてないと思うが。
「いえいえ、殿下が魔導具ギルドで開発された物の話は有名ですよ?」
「そうなんですか?」
「ええ。それこそ、色々な方面から良い評価を受けているそうですし。それに、殿下の属性を考えれば、非常に納得の出来る方向性でもありますのでね」
「ああ、なるほど」
白属性を持った以上、それを活用する場所を見つけることは重要だ。
その点母の伝手ではあるものの、魔導具ギルドとの接点を持つことが出来たのは感謝である。
もちろん、このまま魔導具職人で終わるつもりはない。
何故白属性が、普通の属性魔法を使えないのか、その辺りの解明もしてみたいのだ。
「ちなみに殿下。一つお願いがございます」
「なんです?」
「殿下は間違いなく公家の方です。である以上、我らのみならず下の爵位に属するもの全てに対してそこまで丁寧に対応されない方がよろしい……いえ、対応すべきでないかと思います」
「……うーん」
はっきり言って、分からない理屈ではない。
ライプニッツ家は公爵家と名乗ってはいるが、それは普通の公爵とは異なる。
王族である公家なのだ。
である以上、それに然るべき口調であるようにと言うわけだろう。
「確かに、レオンの口調……というか態度は丁寧すぎると思いますわ」
「そうか?」
「ええ。いくら年齢が上であっても、立場上相手の顔色を窺う事は出来ませんし、そうすべきではありませんわ。である以上、相応の口調や態度を心がけるべきですわよ?」
エリーナからもそう指摘される。
いや、極力前世みたいな言葉遣いにならないように注意しなければと思って、変えていたんだけれど……
「……エリーナこそどうなんだ?」
「
エリーナも普段から丁寧なので言い返してみたが簡単に逸らされた。
いや、確かに女性はお淑やかさとか求められるので、そっちの方が正しいのだろう。
「……分かった。心がけさせてもらおう、ロナルド殿」
「ええ、よろしくお願いします殿下」
しばらく行くと、訓練施設に到着した。
魔法の訓練といっても、その種類は様々だ。
例えば実践訓練。
的に向かって、どれだけ正確に、素早く、適切な威力で放てるかというのは非常に重要だ。
そして、それは日頃からの訓練がものをいう。
ただ、的にばかり放ったとしても、実際には動いたり、高低差があったり、室内だったりと状況によって異なる。
それに応じて適切な対応が出来るように、この施設には様々なロケーションモデルが存在する。
他にも、魔法陣の描き方であったり、詠唱について実際に練習したり、そのような訓練も行われている。
ただし、ここはあくまで宮廷魔導師団の訓練施設なので、基本的な部分より、応用的な部分の強化を目的としているのだ。
とはいえ、王族の場合はこの宮廷魔導師団からの訓練を受けることが出来る。
本来は、洗礼を受ける十歳頃からなのだが。
「さて、一応確認ですが、皆様はご自身の属性をご存じですね?」
『はい』
ロナルド師団長の問いに、皆頷く。
「では、それぞれ一名ずつ担当を付けさせて頂きます。皆様の属性に合わせた担当です……レオンハルト殿下は私が」
それぞれ担当者が付くようだ。
安全に訓練する上では必要だろう。
でも、出来れば皆で訓練をしたかったんだが。
「ロナルド師団長」
「なんでしょうか?」
「今日訓練を受ける理由としては、親族である我らが親睦を深めるためだ。担当が付くのは問題ないが、できる限りお互いに見える形で訓練をしたい」
今日の目的を告げる。
今日は、あくまで王族としてお互いを知るための時間だ。
もちろんこれから一緒に過ごす時間が増えるとは思われても、やはり時間を無駄にはしたくないのだ。
「ええ、もちろんです。ただ……」
なぜかロナルド師団長が言い淀む。
「ただ?」
「ヘルベルト殿下は……少し危険ですよ?」
『えっ?』
ロナルド師団長の一言で皆がヘルベルトから一歩距離を取る。
「なっ!? お前ら酷いぞ!」
「ベルト兄は……何をしたんだ?」
抗議の声を上げるヘルベルトは無視して、何をしたのか聞いてみる。
「実は以前……いえ、訓練の最初の頃、高威力の風魔法を使われまして……」
「……あー」
なんとなく分かった。
風魔法というのは、範囲型のものが多く、それは高威力になるほどその傾向が強くなる。
つまり調子に乗ったヘルベルトが、思い切り威力が高い魔法を放ってしまって、被害が出たのだろう。
確かに訓練施設の一部が、どことなく新しく感じる。
「……災難だったな」
「……いえ、私が焚きつけたのも悪いんですよ。年齢にしては平均以上の魔力と、制御力を持っておられましたから」
確かに、ヘルベルトは高い魔力を持っていることが分かる。
ざっと見た限りで、中級クラスの魔導士と同じくらいだろうか。
そして、高威力――つまりはそれなりに上位の魔法の場合、それなりの魔力と制御力があれば発動できるのだ。
なんとなく、魔導師団長に哀れみを覚えてしまったのは内緒である。
「さて、始めましょうか」
「そうだな」
そのようなわけで、皆で訓練をすることになった。
ただし、どことなくヘルベルトが距離を取られていた気がするのは間違ってはいないと思う。
* * *
「では殿下、よろしいですか?」
「ああ」
現在俺は、ロナルド師団長と向かい合わせに立っている。
何をするかというと、基本的に放出系魔法を使わない白属性なので、正面から見てどの程度の魔力を持つのかや、制御できているかを見るのだ。
「ではまず、【身体強化】から」
「ああ――【身体強化】」
魔法を発動させると、自分の体内で魔力が循環しているのが分かる。
もはやこの循環も呼吸に等しいレベルで行える。
「おお、素晴らしいですね。そして魔力も適度に無駄なく循環されている……そのお年でここまでされるとは、素晴らしいですね」
「まあ、これは慣れだろう? 恐らく普通の貴族より魔法を使う頻度は多いからな」
魔導具を作るにしても、魔力は必要だ。
しかも放出でない以上、十分な制御能力も必要なので、この程度は朝飯前だ。
それからもしばらく白属性である【キュア】や【速度強化】などを見せていく。
「うーん、レオンハルト殿下には教えることがありませんね……どの魔法も非常に上達しておられるし、発動も速い。流石はヒルデ様のお子だ」
「ありがとう」
母が先代魔導師団長ということは有名な話だ。
当然ロナルド師団長が知っていてもおかしくはない。
「ところで……」
「ん?」
エリーナたちの訓練を観ようかと思い、周りを見渡していたらロナルド師団長がさらに声を掛けてきた。
「恐れながら……殿下は、白属性の基本魔法以外にも、何か能力をお持ちだと思うのですが」
「……!」
まさか聞かれるとは思わなかった。
危うく表情に出るところを、抑え込む。
「……何故、そう思ったのか教えてくれるか?」
「……では、やはりお持ちなのでしょうか?」
「さて……どうかな。白属性自体珍しいだろう?」
あまり能力は大っぴらにはしたくない。
下手をすると、監視とか、幽閉とかになりかねない能力だからだ。
探るような問答である。
「……確かに珍しいですが。ただ、多くの場合白属性は、他の能力を持つものです。特に……宝珠の色が
「なるほど…………つまり、俺もそうだった、と?」
「ええ、仰るとおりです」
そういえば、聞いたところによると適正判定の宝珠は王都に送られるそうだが、こういうことだったのか。
そして、何故このようにわざわざ聞いてくるのか考えてみる。
そうすると、ふと思ったことがあった。
宮廷魔導師団は国の組織。
出来るだけ優秀な人材や、逆に問題となりうる能力を持つものを管理、あるいは監視する。
わざわざ適性判定を受け取るのはそういうことだろう。
そして……国に仇なすならば、最終的には処理することもあるのではないか。
そして、恐らくそれは間違っていないだろう。
そうであれば……
「確かに特殊な能力を持つのは事実だ。だが、この点については叔父上……いや、陛下に相談した上で……だな」
「そうですか……いや、確かに仰る通りです。失礼いたしました」
この能力は特殊だ。
合意の元だがスキルを閲覧し、自らに取り入れる。
認識できている場所に、移動する。
物を奪い、隠す。
使い方を誤れば最悪であり、凶悪な能力。
そして、俺自身は既に人をひとり、手に掛けている。
このくらいはロナルド師団長も知っていておかしくはない。
だが、それだからこそ。
この能力については、陛下に相談した上で考えるべきだし、下手に公開すべきではない。
とはいえ、不安を持たせておくのはよくないな。
「……だが、それも務めだろう?」
「はっ……?」
「有益な人材は国のために手に入れ、有害な人材は適正に処理する……それも宮廷魔導師団の仕事ではないのかな」
「…………はっ」
やはりな。
恐らく疑問で投げかければ惚けられる。
だが、俺は断言に近い言い方をしたから、それを認めたのだろう。
だから俺は口を開く。
「案ずるな。俺はイシュタリア公家の一員だ」
「殿下……?」
「竜旗に傅き、その元に戦い、守り……そして、死ぬ。それ以外のどの旗にも俺は跪かないし、竜旗を貶めるものを、俺は決して許さない。それが『イシュタリア公家』に名を連ねるものの務めであり、誓いだからな」
【ウォーターボール】を発動させたまま「見てくださいなー!」と手を振ってくるエリーナや、【サイクロン】を発動させてドヤ顔を向けてくるヘルベルト。
そんな二人に呆れたような顔をしながらも、楽しそうに【ライト】を浮かべて練習をするルナ―リア。
一生懸命【ファイアボール】の練習をしているヘルベルト。
彼らを見ながら思う。
俺が新たな生を受け、この立場を得たことには意味があるのだ。
まだその本当の意味は見通せなくても、出来ることを全力でする。
今は、彼らと共に道を歩み、そして彼らを守ること。
全ては、イシュタリアのために。
そう考えていたら、隣に立っていたロナルド師団長が微笑んだ。
「……はい、殿下。殿下のお心のままに」
=*= =*= =*=
夜。
王城内、「宮殿」。
コンコン。
扉を叩く音がする。
「なんだ?」
普段は何人もの人員が働くこの部屋も、既に夜となると誰もいない。
いや、誰もいないわけではないが、補佐官と護衛である近衛騎士のみである。
近衛騎士を身近に置く人物。
それは、特定の一族――いや、人物のみである。
つまりは、国王。
ウィルヘルム・アダマス・カッセル・イシュタリア、その人である。
そして、この部屋は彼の執務室であった。
そして、そんな夕方までは大勢の貴族たちが仕事をしているこの部屋に、わざわざ夜に来る人物。
扉の外に立っている護衛騎士が一人入ってきて告げる。
「宮廷魔導師団、ロナルド・フォン・アーミティッジ子爵がお見えです」
「通せ」
ウィルヘルムの簡潔な言葉を受け、護衛騎士が外に立っている人物を中に入れる。
「陛下」
「よく来た。しばし待て」
「はっ」
ウィルヘルムは、書類に目を通しながら入ってきた宮廷魔導師団長であるロナルドに声を掛ける。
そのまま書類にペンを走らせ、最後に印を押すと、それを補佐官に渡す。
その間、ロナルドは扉の近くに立ち、声が掛かるのを待つ。
「待たせたな」
「いえ、私こそこのような時間になり、申し訳ございません」
「そうか……――近くに」
「はっ」
ロナルドがウィルヘルムの執務机に近付く。
ウィルヘルムは顔を上げ、両手を組み、椅子に深く腰を掛ける。
「では、報告を聞こうか――どうだった?」
「それでは……レオンハルト殿下でございますが、非常に強い魔力をお持ちです。恐らく、適性判定の時以上に、魔力が強くなっておいでかと」
「ふむ、流石はあの二人の子供だ。やはり血筋だろうかな」
ロナルドは、レオンハルトを間近で見、感じた事を報告していく。
魔力の強さ、制御力、熟達度など、年齢以上のものを持っている事のありのままを報告する。
「そして、
「ふむ」
「生憎、殿下からは答えて頂けませんでした」
「そうなのか?」
「はい」
ロナルドは続ける。
「恐らく、殿下はとても強力な――それこそ強い影響を持つものをお持ちなのでしょう。それはこれまで見られなかった
「そして? どうしたのだ?」
「……そして、その点を殿下自身理解しておいでです。かつ、我ら魔導師団の
「……そこまでも、か」
ウィルヘルムが溜息をつく。
レオンハルトの話は聞いていた。それこそ、父親であるジークフリードから何度も。
そして起きた先日の事件。
そこでの戦いも、それまで現してきていた知性も。
でも、それすら所詮は
そう思わされた故に、ウィルヘルムはこう尋ねる。
「では、レオンハルトは――イシュタリアに害なすと思うか?」
これこそ、聞きたくなくても聞かなければいけないこと。
そのためにも、魔法の訓練を許可したのだ。
だが、ロナルドの出した答えは簡単だった。
「あり得ないと思います、陛下」
「……ほう? 何故だ」
「殿下自身が宣言されました……が。恐れながら陛下、これは直接レオンハルト殿下に確認なさった方が良いかと」
「む? そうなのか?」
「はい」
ロナルドは思っていた。
昼、レオンハルト殿下が『竜旗の元に死ぬ』と言った時。
その、はっきりとした誓いに心を打たれたのだ、と。
それは、ただの幼子が憧れや、大人の真似をして言ったものではなく。
全てを賭けて、全力を尽くすと誓った一人の王族の宣言だったから。
「……あの方は、全てを賭けてイシュタリアに尽くされるでしょう」
「……そうか」
ほっとしたような、少し苦笑の混じったような笑みを浮かべながら、ウィルヘルムは天井を見上げ、新たな甥に思いを馳せる。
ロナルドを退出させ、考えを深める。
彼はどう生きるのか。
どれほどの存在になるのか。
イシュタリアへの想いとは。
色々な事を考えながら、呟く。
「……正式に、迎え入れる準備をせねばな。セバスティアン」
「はい、陛下」
ひっそりと隣に佇む補佐官の名はセバスティアン・ベルグラーノ。
レオンハルトが聞いていたら、「惜しい!」と言いそうな名前である。
そんな補佐官から渡された一枚の書類にペンを走らせ、印を押してから返す。
「早朝に宰相にも回せるように頼む」
「もちろんです、陛下」
そうやって、何かの準備を済ませてから、二人は執務室を出て行った。
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