第16話:ギルド本部

「さて、今日は……っと」


 朝。

 目が覚めると、窓からの日射しを感じる。

 軽く身体を伸ばすと、完全に目が覚める感じがする。

 

 身体は定期的に動かさなければすぐに鈍る。

 特に、剣を扱うのであれば、一日の差が命に関わることになる。

 さて、日課のストレッチをしていると、ドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼いたします、レオン様」


 入ってきたのはエリーナの侍女であるファティマだ。


「どうした?」

「エリーナ様のご命令で、朝のお手伝いをいたします。よろしいですか?」

「……そうなのか」


 普通、親族と言えども自分の侍女を寄越すというのは珍しい。

 基本的に、王族それぞれには、少なくとも一人の侍女や専属の補佐官が存在する。


 というよりも……


「いや、ここは公宮のはずなんだが……エリーナはどうした」

「エリーナ様はもう少し後なので。エリーナ様より先にご尊顔を……じゅるり」


 だからってなぜここにいるのやら。

 そして、ファティマがキャラ崩壊しているように見える。

 無表情ながら器用に涎を垂らすという、全く意味不明な表現は慎んで欲しい。


 大体、俺の担当は……


「おはようございますレオ……ン……様」

「……だから、ノックして入れと……」


 ノックなしでゆるふわ系メイドが入ってきた。

 彼女はミリアリア。俺はミリィと呼んでいるが、本来彼女が俺を起こしに来るのだ。

 そして、既に部屋にいるファティマを見つめ、愕然といった顔をしていた。


「なっ……なっ……!」

「あら、おはようございます」


 対するファティマは涼しい顔だ。気にしていないとも言う。


「あ……はい、おはようございますです……って、なんであなたがいるんですか!?」

「おや、はしたないですね大声を出して……当然朝のお手伝いのためです。ついでに生着替えのがぶり付き……もとい、眼福……見守るためです。その程度も理解できないとは……殿下のお付き失格ですね」

「なんか危ない人がいましたぁ!? そっちの方が失格ですよぅ! というかそんな……うらやまけしからん事を……」


 一瞬沈静化したミリィだったが、やはりファティマがいることは驚きなのか、すぐに声を上げる。

 そしてそんなミリィの態度を見ながら、さりげなく毒を吐いて攻撃をするファティマ。

 ミリィが詰め寄り、ファティマが柳に風と言わんばかりにスルーする。


 色々危ない発言があった気がするが、俺は何も聞いていない。

 とにかく、その間に俺は着替える事にした。


「あ、レオン様! 勝手に着替えるなんてルール違反ですよ!」

「何がルール違反だ」

「フギャッ!? ……うぅぅ……ヒドいですよぉ」


 ミリィにデコピンをする。

 額をさすりながら涙目のミリィと、それを見ながら無表情に「ざまぁ」見たいな顔のファティマ。

 大体、何がルール違反だ、何が。「うらやまけしからん」なんていう二人に慮る必要などない。

 

「やはり、ここは私が」

「お前もエリーナのところに戻れよ」

「これは姫殿下の勅命ですので」

「勝手に勅命にするなよ」


 こんなやりとりをここ数週間・・・繰り返しているのだ。

 よく飽きない、と感心するというか呆れるというか……

 まあ、慣れてきた自分がいるというのが何とも言えない。


 さて、新年まであと一か月強。

 今日は魔導具ギルド本部に顔を出すことにしている。


 実は、いまだに魔道具ギルドに顔を出していない。

 そのため、「いい加減に来てくれ」と連絡が来たのだ。

 何をするのか聞いてみたところ、先日の件のお礼と、本部マスターとの顔合わせだそうだ。

 ふと、ノエリアさんは元気にしているだろうか……などと考えながら外出の準備を整える。


「おやおや、私たちがいるのに他の女性の事を考えられているのですか?」

「えっ、えっ、そうなんですかぁ?」


 いや、確かにその通りではあるが。

 何故気付くのやら。


「その通りだな」

「なっ! ……所詮私は遊びなのですね……」

「人聞きの悪いことを言うなファティマ……あまり遊んでいると……」


 ――ガチャッ。


「レオン、ファティマを見ていませんか……しら……」

「「「…………」」」


 ドアが開いて、薄い青を基調としたワンピースを着た女の子が入ってきた。エリーナである。

 侍女兼護衛であるファティマを探しに来たのだろう。


 ファティマを見ると、無表情ながら「まずい……」と声が聞こえてきそうな雰囲気で冷や汗を垂らしていた。

 ほら見ろ。自分の仕事をさぼっているから見つかるんだ。 


「というかエリーナ、いきなり供も連れずにやってくる王女がどこにいるんだ。それにノックくらいしてくれ……」

「ここにいますわ。そしてノックについては関係各位と調整の上善処しますわ」

「…………」


 政治家発言である。

 というか、暗に「しません」と言っているな。


 再度言うが、こんな状態が数週間・・・起きているのだ。

 もう、諦めても良いだろうか……


 * * *


「それで、今日は魔導具ギルドに行くのだったかな?」

「はい、ウィル叔父様」


 王宮で朝食を摂っていると、国王である叔父上からそう聞かれた。

 今日こそ行かなければ、もう時間が無いし、「はよこい」という魔導具ギルドの圧力もあるからだ。


「まあ、実力があるとはいえまだ子供だ。本来外に出るような年齢でもないんだ。ガインと共に必ず動くんだよ、いいね?」

「ええ、勿論です」


 こうやって心配してくれるウィル叔父様には感謝だ。

 ……少し心配性に過ぎる気がするだが。



 さて、今日は通常の服だけでなく、質素なものも持っておく。

 といっても、恐らく庶民からすれば立派な服なのだろうが。

 たぶん大商人の子供とか、貴族に繋がりがある人とみられることだろう。

 普段と違い、装飾が少ないが、本当はこのくらいが良いんだよな……


 【ストレージ】に服と自分のものとなってしまっているミスリルの細剣をいれ、腰には短剣を装備しておく。

 もしも何か危険があれば、すぐに戦えるようにしておくのは当然のことだ。


 ガインは今の時点で普段の鎧ではなく、簡素なレザーアーマーを着用し、護衛の冒険者のような姿である。

 

「しかし……言っても無駄だとは思いますが、できるだけ面倒には関わらないでくださいね」

「そうは言ってもな……別に望んで絡んでいく訳じゃないんだが」

「引き寄せ体質ですですからね……」

「嫌なこと言うなよ……」


 確かに俺が出る度に何か起きている気がする。

 といっても、元々出かける理由が何か目的がある以上、何か起きても仕方ないと思う。

 仕方ない。仕方ないんじゃないかな。


 さて、東西に延びる大通りは王城の前を通っている。

 前も話したように、西側より東側が上位地区である。

 ちなみに南北については、北は商業街、南が住宅地である。

 王城に近い中心部が貴族街であり、外が一般地区となっているが、魔導具ギルド本部は一般北東地区にある。

 つまり、立地的には良いところにあるわけだ。


 そこまで向かう方法として、王城から歩くか、途中まで馬車で行って歩くかどちらかである。

 本当は王城から歩く予定だったが、それはやめてくれと止められてしまったのだ。



 一般街と貴族街の境目。

 そこには一軒の宿屋が建っている。

 馬車に揺られてしばらくすると、その宿屋の裏に馬車を寄せ、宿に入る。


 別にこれという特徴が無いのが特徴の宿で、名を「憩いのやどりぎ亭」という。

 何故特徴が無いのかというと、立地が非常に良いわけでもなく、食事が際立って美味しいというわけでもなく、これと言った名物があるわけでないからだ。


 とはいえ………


「いらっしゃいませ……あら」

「世話になります」

「二階の奥、十番よ」


 宿屋の女将が、ガインをみて少し驚いた顔をする。が、すぐに受付をするでもなく部屋を告げた。


 実はこの宿屋、別名を「お忍びの宿」と言い、王族がここに入って変装したり、服装を変えてお忍びで街に繰り出すための中継地点として知られているのだ。

 と言っても、これを知っているのは王族と極一部の貴族と近衛騎士であり、普通は単なる宿屋である。


 ちなみにここを教えてくれたのは、国王である叔父上であったりする。

 ……一体これまでどれだけ使ってきたのやら。

 服を着替えながらそんなことを考える。


 着替えたら部屋を出て、今度は表から出て行く。

 王都に住む人々が、貴族も庶民も行き交う道。

 時間を気にする人、空を見上げて天気を気にする人、何をしようかと考える人。


 そんな人混みの中を、魔導具ギルドに向かって歩く。

 どのギルドにも指定の看板が存在するので、見分けは簡単に付くのだ。


 ちなみに、冒険者ギルドが盾と一本の剣。

 道具ギルドは歯車とスパナ。

 製薬ギルドがポーションの瓶だったかな。

 鍛冶屋はハンマーだ。


 そのように看板が決まっている以上、間違うことはない。

 そして魔導具ギルドはご存じの通り、歯車に三角帽と杖である。


 しばらく進むと高級商業街になり、目当ての建物を見つける。

 扉の前には看板があり、それに「魔導具ギルド本部」という文字が書かれている。


 ドアを開けて中に入ると、エクレシア・エトワールのギルドよりも広く、人も多いことが分かる。

 そして、奥の方の工房に目を向けると、色々な道具が置かれており、職人が忙しなく動いているのが見える。


「ようこそ、『魔導具ギルド』の王都本部へ。ギルドは初めてでしょうか?」


 ギルド内を見回していたら、受付カウンターに立っていた受付嬢がこちらに気付いて声を掛けてきた。

 中々礼儀正しい人だ。子供相手なのにきちんとした敬語で話しかけてきている。

 普通なら色々話も聞いてみたいのだが、あいにく時間が無いので要件に入ることにしよう。


「王都本部は初めてです。すみませんが、ノエリアさん……エクレシア支部ギルドマスター、ノエリア・エスタヴェはこちらに?」

「……恐れ入りますが、何のご用件でしょうか? あるいはどなたかのご紹介状をお持ちですか?」


 しまった。いきなりノエリアさんを呼んでしまったため怪しまれてしまったようだ。

 そりゃそうか。いくら何でも子供が支部とはいえギルドマスターを知っているんだから。

 そう考えながら、【ストレージ】から一つのメダルを取り出し、受付嬢に渡した。


「これを」

「? はい……って、これは……! ……失礼いたしました、こちらにお入りください」


 渡したメダル。

 実は、馬車の中でノエリアさんから渡されたものだった。

 

 ―――――


「はい、レオンくん。これをあげるわぁ」

「何ですこれ?」


 手渡されたのは、金属製のメダル。

 材質は、少量のミスリルと銀、そして金メッキといったところか。

 直径としては4cm程度で、魔導具ギルドの紋章と、『マイスタークラスⅡ』という文字が表に彫られている。

 裏を見ると、シリアルナンバーのような数字数桁と、本名が書かれていた。


「良い材質ですね」

「でしょぉ? でもぉ、ギルドではとっても"大切"なものなんだからぁ」

「どういうことです?」


 わざわざ大切という部分を強調して言う辺り、何か特別なものなのだろう。


「これはぁ、どこへ行っても魔導具ギルドがあるところではぁ、所有者の立場が証明されるものなのぉ。そしてぇ……」


 そして?


「表に彫られているようにぃ、どの程度の実力を持つ魔導具職人なのかが分かるものなのよぉ~」


 間延びする喋り方なので緊張感が失われるが、つまりこのメダルがあれば魔導具ギルドでは職人の一人と見なされる訳か。

 ここに書かれているマイスタークラスというのがそのランクということなのだろう。


「ちなみに数字が小さい方が上位よぉ。クラスⅡであれば大体、ギルドの主任職人といったところかしらぁ。王都本部へ行く時にはぁ、受付に見せるのよぉ」


 ―――――


 そのようなわけで、受付嬢が顔色を変えるのも当然なわけである。

 そのまま、中に通され、会議室のようなところに入った。


「あらぁ、来てくれたわねぇ」

「やっと来られたよ、ノエリアさん」


 声を掛けてきたノエリアさんに返事し、近くの席に座る。

 会議室にはノエリアさん以外にも、何人か座っていた。

 その中で、正面に座っていた老人が口を開く。


「ようこそおいでくださった。このような歓迎となってしまい、大変申し訳ない」

「いえ、これもこちらが望んだことですので」


 なんとなく見覚えのある老人だ。

 恐らく彼らは俺の本当の立場を理解しているのだろう。

 だが、ギルドでは目立ちたくないので助かるのだ。


「さて、此度の件では素晴らしい才能を示してくださったことに感謝すると共に、多大なるご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げたい。すまなかったと思うております」

「それに関しては、こちらも然るべき準備をする必要があったのと、最終的には良い結果となったため、何も言うつもりはない。それよりも、例の魔導具を開発するに当たり材料を融通してもらった事に礼を言う」

「はは……勿体なきお言葉」


 話し始めが礼とお詫びという、なんとも堅苦しいところからスタートな訳だが、恐らくこの老人が統括マスターなのだろう。

 ドワーフよりは細身だが、大柄で、ただ脚がない代わりに金属製の多脚の椅子に座っていた。


「さて、自己紹介がまだでしたな。儂はアロイジウス・マイネッケ。魔導具ギルド本部、統括マスターをしております」


 そう言って老人が頭を下げる。


「レオン――いや、レオンハルト・フォン・ライプニッツだ……失礼だが、マイネッケというと……」

「おお、そうです! エクレシア支部のフォルクハルトは儂の弟ですぞ」


 まさか、フォルク師匠のお兄さんだとは。

 道理で見覚えがあると思った。


「師匠の兄上殿か。フォルク老には大変世話になっている」

「こちらこそ、良い弟子が出来たと、大変な喜びようで……なにぶん礼儀に疎い部分もあるかと思いますが……」


 確かに立場でどうこう接し方がかわる人ではないが、それも含めて師匠だと思う。

 下手に立場によってころころと反応が変わる人より、どんな相手にも変わらない人の方が信用できる部分があるのは事実なのだ。


 さて、しばらく自己紹介と、今回のマジックポットの件、真空ポンプの件を話していると、統括が眉間に皺を寄せながら、何かを考えている表情になる。


「……実は、今回お越し頂きましたのが、今回の道具ギルドとの案件だけでなく、もう一つの理由があるのです。というよりも、出来ればもう一つの方がなお重要な案件でして」

「成る程……なんだ?」


 どうも今回呼ばれた理由というのは、単なる顔合わせではなかったようだ。

 ただ、その顔つきを見る限り、単なるお願いではなく、面倒な事を頼む時の顔のようだ。


「儂ら魔導具ギルドは、宮殿からの命で旧世界の遺跡を発掘しております。そして多くの場合、魔導具も発掘されるのですが……その解析を手伝って頂きたいのです」

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